1. コラム

松坂に120億円を払えたのはなぜ? (上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 米大リーグ(MLB)は、ポストシーズンに入り、ワールドチャンピオンを目指して、熱戦が繰り広げられています。

 元西武ライオンズの松坂大輔投手が移籍したボストン・レッドソックスは所属するアメリカンリーグの東地区で地区優勝し、3年ぶりのワールドチャンピオン目指して駒を進めました。

 そのレッドソックスが松坂投手を獲得するために5111万ドル(=約60億円)もの巨額の入札金を投じたのは記憶に新しいところです。6年総額5200万ドルの年俸を加えると、合計1億311万ドル(=約120億円)を松坂投手に投資する格好になりました。

 それに比べて、日本のプロ野球(NPB)はどうでしょうか。2007年シーズン年俸総額トップの読売ジャイアンツは、各球団のスター選手を集めながら、40億8286万円にとどまっています。年俸最下位の東北楽天ゴールデンイーグルスにいたっては、わずか17億2810万円です(ベースボール・マガジン社調べ)。松坂投手の入札金60億円だけ見ても、今年のNPBにおけるどの球団の年俸総額をも軽く上回っているわけです。

 日米の資金力の差に驚かされますが、それにしても、一体どのようにして100億円を超える巨額の投資を回収するのでしょうか。「きっと、投資回収の秘策があるのだろう」と勘ぐった人も少なくなかったかもしれません。

「松坂効果」はほとんどなし!?

 MLB球団の収入源には、(1)チケット販売、(2)メディア権利料(テレビ放映権・ラジオ放送権など)、(3)スポンサーシップ、(4)グッズ・飲食販売の4本柱があります。この主要事業で、かなりの「松坂効果」があったと考えがちです。

 ところが、結論から言うと、主要な収益源にはほとんど「効果なし」と言えます。

 球団収入の柱であるチケット販売ですが、レッドソックスは2003年シーズン途中からホームゲームのチケット完売記録を更新中です。つまり、松坂投手が入団しても、日本人をはじめとする松坂ファンが観客動員を押し上げる余地はあまりないわけです。

 メディア収入は、日本で放映する権利料が球団収入にならない構造になっています。既に日本でのMLB放映権は電通が持っており、2004年からの6年契約総額2億7500万ドル(約320億円)という巨額の権利料は、MLBの収入になります。

 企業が払うスポンサーシップ料も同様です。超人気球団であるレッドソックスは、既に多くの企業とスポンサー契約を結んでいます。しかも、企業を1業種1社に絞って、複数年の契約を結ぶことが基本ですから、松坂投手の入団に合わせて日本企業がすぐに割り込めるわけではないのです。

 グッズ・飲食収入にしても、以前から球場は満員の状態が続いていることから、松坂投手が入ったからといって、球場内での購買が増える可能性は小さいわけです。「インターネットで日本人が松坂グッズを買うはずだ」と言う人もいるかもしれませんが、実は、オンラインのMLB関連グッズ販売は、MLBの収入になり、レッドソックスの懐を直接潤すわけではないのです。

 おまけに、松井秀喜選手やイチロー選手と違って、松坂投手が週に1~2回しか出場しない先発投手であることも、収益に結びつけにくい要因になっています。

 こうして考えると、松坂選手の入団にレッドソックスの通常の球団収入を押し上げる効果が、ほとんどないことに気がつきます。では、なぜ、レッドソックスがヤンキースなど他球団を上回る金額を提示することができたのでしょうか。この謎を追っていくと、レッドソックス経営の本当の強さが見えてきます。

ヘッジファンド王が変えた球団経営

 実は、松坂選手への巨額の投資の裏には、レッドソックスの製品力や経営ノウハウを効率的に現金化できる経営モデルの存在があるのです。きっかけは、ヘッジファンドで財を成したジョン・ヘンリー氏による、レッドソックス買収劇でした。

 ヘンリー氏は2002年に約7億ドル(約800億円)を提示して、チームを手中に収めました。そして、経営の中核企業を作り上げたのです。それが、ニューイングランド・スポーツ・ベンチャーズでした。 ヘンリー氏は、この持ち株会社を中心にして、球団や球場、マーケティング会社、テレビ局などを傘下企業として配置したのです(下図参照)。

 まずスタジアムを押さえる――。

 ヘンリー氏は強くそのことにこだわりました。買収合戦でのライバルたちは、フェンウェイ・パークを「古すぎる」として、新球場の建設を主張していました。しかし、ヘンリー氏は、狭くても伝統ある球場が、カネを生み出す「仕掛け」として機能すると踏んだわけです。球団が収益を上げるのに、伝統あるブランドとして、「フェンウェイ・パーク」を位置づけたわけです。

 ブランドがしっかりしていれば、周辺事業の付加価値は高まります。そこに目をつけたのでしょう。

 レッドソックスは、このフェンウェイ・パークを自ら所有しています。それに比べて、他球団の約7割は地方自治体の所有です。しかし、日本のように、球場を持つ自治体や第3セクターに多額の「使用料」を払うようなことはありません。逆に、「チーム移転」をちらつかせて、「利権」を得ています。球場で上がる飲食などの収入がチームの懐に入り、スタジアム使用料もタダ同然…。そんなチームが少なくありません。

 それでも、レッドソックスのように、自分で所有していることの強みは大きいでしょう。まずは、ブランドを磨き上げることができます。

 1912年に建設されたフェンウェイ・パークは、MLBで現在使用されている最古のスタジアムです。悪く言えば「古くて狭い」ということになりますが、それを逆手に取って、「伝統ある」「ノスタルジック」なイメージを高めていくのです。11メートル以上もあるかの有名なレフトフェンス「グリーンモンスター」の上に座席を設置したり、かつて駐車場やゴミ置き場だったスペースを取り壊して、古き良きアメリカを彷彿させる飲食店街を作っています。

 ですから、試合のない年間約280日にも、多くの人々が一目見ようと集まってきます。そこで、スタジアムツアーを実施したり、コンサートや誕生パーティーなどを開催して収益源としているのです。

テレビを挙げてファン開拓

 ブランドの聖地を確保したレッドソックスは、その宣伝活動の拠点として、テレビ局を持っています。ボストンのローカルケーブルテレビ局、NESNですが、ここが年間162試合ある試合のうち、9割以上に当たる約150試合を放映しています。

 傘下のテレビ局がほぼ独占的に中継することで、絶大なるプロモーション効果が発揮されます。複数局で分担して放送する場合、他局の中継番組を宣伝するはずはありません。ところが、球団系の1局が独占的に放映するわけですから、テレビ局を挙げてレッドソックスブランドを売り込むことができるわけです。

 それは、試合中継ばかりではありません。戦略的なプロモーション番組を展開することも可能なのです。

「球場で恋人を射止めよう!」

 NESNでは、一昔前に日本で放映されたテレビ番組、「ねるとん紅鯨団」を連想させるような番組までオンエアされています。

 「ソックス・アピール」と呼ばれる番組がスタートしたのは今年7月のこと。1人の女性を巡り3人の男性がフェンウェイ・パークで対面し、ともに野球観戦をしながらお互いをアピールしていくわけです。女性が各男性と2イニングずつデートを行い、全員とのデートが終わった7回に、1人の男性を選んで試合終了まで観戦するというものです。

 この番組の参加資格は、公式ファンクラブに加入していること。つまり、ファン獲得の効果もあり、さらに視聴者には「球場=楽しいデートスポット」というイメージを植えつけることもできます。番組の宣伝にはレッドソックスの選手たちが起用され、エースのカート・シリング投手夫妻の「奥さんとのデート秘話」といった話も織り込まれます。否応なしに、野球ファンの興味や関心も引くわけです。そして、ファンと選手の距離を縮めることにもつながります。

 こうして、メディアとコアプロダクト(試合)の連動したプロモーションを次々と展開していくことで、ファン拡大が可能となるわけです。さらには、松坂投手獲得などで、テレビ中継の価値が高まれば、視聴率向上につながり、結果的にCM料金が高騰します。その時、テレビ局が手中にあれば、大きな利益が得られるわけです。

 この収入は、球団収入ではないことから、リーグの「課税対象」から外れるという効果もあります。MLBは球団間の経営格差を是正しようと、1996年より収益分配制度を導入しました。現行制度では、各チームの純収入(全収入からスタジアム経費を引いた額)の34%をリーグに「納税」しなければならず、集まった資金が全チームに均等分配されることになっています。つまり、チーム純収入が高くなれば、課税額が増えてしまうわけです。しかし、収入を系列テレビ局に移転してしまえば、納税額を低く抑えることができるのです。

 こうした努力をしながら、レッドソックスは他球団との経営力の差を徐々に広げています。それが、他球団を上回る「松坂投資」を可能にしたわけです。しかし、今回ご紹介した事例については、他球団も同様の動きを強めており、レッドソックスに追随しつつあります。

 次回は、先進のレッドソックス経営を、プロ野球とは全く違うフィールドで生かして、巨額のマネーを生み出している実態をリポートします。そこでは、MLBで1球も投げたことのない新人投手に120億円を投じられる、他球団の追随を許さない驚くべき経営モデルが全貌を現してきます。

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