1. コラム

中国3億人のバスケ人口を取り込め (下)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

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 NBA(全米バスケットボール協会)が中国進出に乗り出したのは、実は今から30年近く前にまで遡ります。1979年、ワシントン・ビュレッツ(現ウィザーズ)が中国を訪問し、中国代表チームとのエキシビションゲームを戦いました。以来、NBAは定期的にチームを中国に送り込み、交流戦を開催しています。

 2004年からは「NBAチャイナ・ゲーム」と名づけられました。今年も10月17日から昨シーズンのリーグチャンピオン、クリーブランド・キャバリアーズなどが中国に乗り込み、中国代表チームとオープン戦を実施しています。

 そんなNBAの中国戦略の大きな転機となったのが、前回紹介した姚明(ヤオ・ミン)選手でした。姚明選手は2002年にNBAに入団すると、1年目こそスピードに戸惑った感がありましたが、それでもオールスターに選ばれる活躍を見せました。そして2年目からは本領を発揮し、一躍NBAを代表する選手となりました。5年連続でオールスターに選出されたことからも、そんな彼のNBAにおける実力と存在感がうかがえます。

「国民的スターを獲得せよ」

 姚明選手によって中国戦略が飛躍したのは、プロスポーツの国際戦略の中核が「海外人材の発掘」だからです。それは、国内市場の開拓とは、全く違う手法が必要であることを教えてくれます。

 このコラムで最初に紹介したレッドソックスの収益モデルでは、「チケット販売」が中核になっていることを見てきました。チケットが売れてスタジアムが埋まれば、テレビ局がその試合を放映し始め、チケットを手にできなかったファンが視聴者となります。それにより、試合の露出効果は高まり、スポンサー料も上昇します。集客が増えれば、スタジアムでのグッズ・飲食販売も比例して伸びるのは言うまでもないでしょう。

 ところが、国際戦略においては、この定説が通用しません。地元チームがいないので、当然と言えば当然ですね。足を運ぶゲーム自体がないわけです。そこで、海外の人気選手を自国リーグに引き抜くことが最重要課題に浮上します。

 NBAが姚明選手を、米大リーグ(MLB)がイチロー選手や松井秀喜選手を獲得したことで、何が起きたでしょうか。米国プロスポーツの試合の注目度が飛躍的に高まったわけです。海外選手の流入で、海外へのテレビ放映権が売れるようになり、それに続いてグッズなどを売り込むことも可能となりました。その先には、もちろんスポンサーシップ収入が期待できるわけです。

中国と米国、2大マーケットを一網打尽に

 中国市場の開拓を順調に進めるNBAには、多くの企業が「提携」を申し出てくることになります。そこには、当然、中国企業も入ってくるのです。実は昨シーズン、NBAのリーグ機構の公式スポンサーとして、レノボ(パソコン)、ハイアール(家電)、チャイナモバイル(携帯電話)、ホームナイス(家庭用品)など6社の中国企業が名を連ねました。NBAとして初めての中国企業との契約でした。

 レノボやチャイナモバイル、ハイアールなどは北京オリンピックの大会スポンサーにもなっています。中国国内での認知度を上げるためだけならば、北京オリンピックだけで事足りるとも考えられます。中国企業があえてNBAにカネを出すのは、当然ながら、彼らが米国市場をターゲットにしているからです。

 例えば、レノボは中国国内に9000を超える販売店を持ち、パソコンシェアでトップの35%を握っています。レノボは米IBMのパソコン事業を買収し、世界最大の消費大国である米国への進出を現実のものとしました。この買収で当初は製品に認知度の高いIBMのブランドを利用できましたが、現在はレノボブランドでしか販売できません。米国消費者のレノボの認知度を上げる意味からも、NBAとのスポンサーシップ契約を結んだというわけです。

 このように、NBAは米国市場と中国市場の2つのマーケットを押さえることで、両国へのマーケティング権を協賛企業に与えられるという魅力を手に入れたのです。当然ながら、スポンサーになりたいのは中国企業だけではありません。抜け目のないNBAは、米国内の既存のスポンサーに対しても、新たに中国市場でのマーケティング権を追加販売しています。

“米国企業のドリームチーム”で中国を攻める

 中国での長きにわたる投資を行ってきたNBAは、中国が経済成長で「視聴者=消費者」に変貌してきたことで、テレビ放映権収入やグッズ収入を増やしています。昨 年のNBAの中国市場からの収入は約5000万ドル(約57億5000万円)と言われています。これから、中国と米国の両市場をがっちりと押さえることで、スポンサーシップ 収入まで跳ね上がっていくという流れを作り出そうというわけです。

 ここで見えてくるのは、中国市場拡大のポイントは、放映権やライセンスといった権利ビジネスだということです。しかし、中国はいまだ知的財産権への意識が希薄で、CDやDVD、書籍などの海賊版が大量に出回っています。中国で権利ビジネスを展開するのは一筋縄ではいきません。そこで、NBAは前回紹介したティム・チェン氏に目をつけたわけです。チェン氏は、マイクロソフト時代に、海賊版問題で苦しんでいた同社の業績を立て直した実績があり、中国における権利ビジネスの第一人者なのです。

 中国市場拡大のカギは権利ビジネスの成否にある――。そう見抜いたNBAは、その道のエキスパートを招聘したわけです。そしてNBAは「権利ビジネス」で米国最強タッグを組もうとしています。ウォルト・ディズニーと組んで中国市場を開拓しようという提携交渉を進めていると報じられているのです。加えてNBAチャイナ株の10%程度をディズニーに売却する、という噂も聞こえています。

 ディズニーとNBAは、昔から深いパートナー関係にあります。米国内でNBAを放映しているABCとケーブル局ESPNは、どちらもディズニーの傘下にある会社です。また、「NBAチャイナ・ゲーム」の初代スポンサーもディズニーでした。ディズニーは今年からチャイナ・ゲームのスポンサーを降板しましたが、今年もゲーム開催中、リック・バリーやジョージ・ガービンといった往年のNBA名選手が香港ディズニーランドを訪れ、ミッキーマウスと一緒にパレードをしたり、シンデレラ城を背景に記念写真を撮るといったプロモーショ ンを実施しています。両者の関係はさらに深まっていると見ることもできます。中国での権利ビジネスの強化・拡大を目指すNBAとディズニーは、“ドリームチーム”とも言える提 携相手というわけです。

 アミューズメントとスポーツの巨人企業という2社の組み合わせは、中国を皮切りに、次々とアジアの巨大市場を攻略していくのではないでしょうか。その時、「アジアの盟主」を自任していたはずの日本は、立ちつくすしかないのかもしれません。

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