1. コラム

「テレビの失敗」からの大逆転劇(上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 “世紀の日本人対決”が実現した米メジャーリーグ(MLB)のワールドシリーズ。松坂大輔投手と岡島秀樹投手の所属するボストン・レッドソックスが、松井稼頭央選手が所属するコロラド・ロッキーズを4連勝で下し、全米チャンピオンに輝きました。

 多くの日本人がテレビ画面に釘付けになった熾烈な優勝争いですが、米国の野球ファンは、もう1つの画面に熱いまなざしを送っていました。

 オンライン動画コンテスト――。日本ではほとんど知られていないこのイベントの舞台裏を追うと、メジャーリーグが目指す壮大な改革が見えてきます。

メジャーリーグ版のYouTubeの中身

 「actober.com」(アクトーバー・コム)。

 MLB版のユー・チューブとも言われるこの動画共有サイトで、ファンが過去のプレーオフの名場面を使ってパロディー動画を制作して、人気を競っていたのです。ちょうどプレーオフ開始にタイミングを合わせ設置され、野球ファンはここに自分の作った映像をサイト上にアップできます。「こんな面白い動画があるぞ」と友達に教えたり、ブログに張り付けるわけです。視聴者の人気投票によって、優秀作品が決まるというシカケもありました。

 ちなみに、私のお気に入りの動画は、2001年のプレーオフでニューヨーク・ヤンキースのデレク・ジーター選手が見せた「ポテト・トス」と呼ばれる超ファインプレーのパロディーです。

■アクトバー・コムの1シーン「Everyone needs a Little Jeter(皆ミニ・ジーターが欲しい)」

 過去の名場面でコンテストが展開されるところが、野球ファンにはたまらないのでしょう。話題が話題を呼ぶという、WOM(口コミ)マーケティングの好例と言えます。プレーオフ期間中、このサイトではフィールド上に勝るとも劣らない白熱した戦いが繰り広げられたのでした。

編集部注:現在このサイトは既に削除された可能性があります

他のスポーツを圧倒するネット戦略

 この「actober.com」を制作・運営しているのが、メジャーリーグのインターネットビジネスを統括するMLB Advanced Media(MLBAM)です。業界の人たちからは、最後の3文字を取って「BAM(バム)」と呼ばれています。英語でBAMとは、「バーン」という破裂音を意味しますが、その愛称の通り、BAMは米スポーツ界のネットビジネスに、衝撃的な革命をもたらしました。

 BAMは、メジャー全30チームのウェブサイトを制作・運営しています。なので、メジャーリーグのチケットやグッズ販売、動画コンテンツの有料配信といったネットビジネスは、すべてチームではなくMLBの組織の1つであるBAMが管理・運営をしているわけです。

 メジャーリーグの公式サイト、「MLB.com」は、毎月約5000万人以上がアクセスする巨大サイトです。2006年の年間トラフィック数は約4億1800万にも上り(下表参照)、ニュースやポータルサイトを除けば、スポーツリーグ単独での最大のサイトということになります。

 MLB.comの最大の売りは、年間2300試合がネット観戦できる「MLB.TV」です。ここでは、様々な映像コンテンツを楽しむことができます。1930年代以降の往年の名勝負の映像を視聴したり、好きな選手の活躍するシーン、例えば、「松坂投手が過去1カ月に本拠地フェンウェイ・パークでヤンキース相手に三振を取った映像」を検索することもできるのです。さらに米アップルのiPodに、オリジナル番組をダウンロードすることもできます。

 こうしたサービスを提供できるのは、巨大なデータベースが構築され、通信回線の確保、デジタル著作権の管理、セキュリティーの強化などに、高額な投資をしているからです。MLBはBAM設立時から米サン・マイクロシステムズと提携して、約8000万ドル(約92億円)の巨費を投じて大規模なデータセンターを作り上げています。MLBが運用するこれらのインフラの規模は、他のプロスポーツリーグと比べて、突出しています。

 年率30%以上で成長するBAM。2007年の年商は約4億5000万ドル(517億5000万円)に迫り、従業員も200人を超えています。米プロスポーツ界で、そんな規模のネット会社を抱えているリーグは、当然ながらメジャーリーグだけです。 

ネットバブル崩壊の中で船出

 BAMの設立は2000年に遡ります。メジャーリーグのネット事業を一本化する目的で、全30球団のオーナーの思いが一致しました。その決定を受け、各チームのネットビジネスもすべてBAMに移管されたのです。

 そして、BAMのCEO(最高経営責任者)として白羽の矢が立ったのが、今や業界では知らない人はいないボブ・ボウマン氏です。ハーバード大学とぺンシルべニア大学経営大学院(ウォートン校)を卒業したボウマン氏は、ミシガン州財務局を経てメディアコングロマリットの米ITTのCEOを経験して、ネットショッピングを運営する米サイベリアン・アウトポストのCEOに転じました。そんな彼に、メジャーリーグは、ネットビジネスの未来を託します。

 ここで注目すべきことは、BAM設立が、米国のネットバブル崩壊の最中に実施されていることです。当時、米アメリカンフットボールリーグ「NFL」は公式サイトを外注しました。多くのスポーツは、収益化のメドがつかないネットビジネスを、アウトソーシングすることによってリスクヘッジするのが一般的でした。ですから、リーグだけでなく、各チームのネットビジネスもすべて内製化するメジャーリーグの手法は、一部の専門家から「危険すぎる」と指摘されました。

 それでも、直接ネットビジネスに乗り出したのには、3つの理由がありました。 

 まず1つは、豊富なコンテンツの存在です。1903年に誕生したメジャーリーグは、他のプロスポーツと比べて歴史が長く、それだけ多くの映像や音声などデジタル化が可能な資産が残っていたわけです。

 2つ目は、シーズン中、ほぼ毎日開催されているという興行上の特性です。年間162試合のメジャーリーグは、年間16試合しか行われないNFLや、82試合のNBA(全米バスケットボール協会)、NHL(北米アイスホッケーリーグ)などに比べ、平日に開催される試合の頻度が高くなります。休日と違って、平日の午後7時からスタジアムに足を運んだり、自宅の居間でテレビ観戦できる人は限られます。その分、インターネットを介したメディア消費の可能性があると考えられたのです。

 ただし、以上の2点は、メジャーリーグがネットビジネスに適している理由にはなりますが、IT(情報技術)ビジネスに逆風が吹く中で、あえてネットビジネスを推進する理由としては弱いと言わざるを得ません。実は、もう1つの理由こそが、メジャーリーグがネットに邁進した本当の狙いと言えます。

リーグ立て直しの切り札

 実は、米国ではメジャーリーグのビジネスモデルは、リーグ経営という観点では、お世辞にもうまくいっているとは言えません。なぜなら、チーム間の経営格差が大きく開いてしまっているからです。そうなると、選手に払うことができる予算にも大きな差が生じます。だから、「金持ちチーム」が優秀な選手を囲い込み、チーム力に差が生じるというわけです。

 米国では、経営規模を均等化して、各チームの戦力を拮抗させ、僅差の試合を増やすことが、リーグ戦を盛り上げるとされています。「戦力均衡」という考え方が、成功するリーグ経営の“定説”となっているのです。

 ところが、メジャーリーグは「戦力不均衡」がまかり通っています。BAM設立直後の2001年シーズンを見てみると、球団収入でトップと最下位の間に7倍以上の開きがあったことが分かります。

 メジャーリーグに、これほど大きな経営格差が生まれた理由は、地方テレビ放映権料がそのままチーム収入となっていたことが原因でした。大都市にある球団ほど、視聴者が多く、巨額の放映権料が得られるからです。しかも、そうした地域間格差を是正する効果的な収益分配制度すらありませんでした。

 1996年、メジャーリーグは誕生から90年以上たってようやく重い腰を上げ、高収入チームが低収入チームに売り上げの一部を分配する収益分配制度を導入しました。それでも効果は限定的で、その後も戦力不均衡に悩まされ続けることになります。

収益はリーグ全体で享受する

 そんな苦悩があったからこそ、メジャーリーグは、あえて逆風の下でBAMを立ち上げたのです。新しく勃興するメディア、インターネットの収入は、リーグ全体で享受し、各チームに収益分配で還元する…。その背景には、テレビ放映権料での失敗を繰り返さないという強い意志がありました。

 「ビジネスとして成立する」と分かってからでは遅いのです。そこまで待っていては、チームが既得権としてビジネスを確立してしまうでしょう。その前に、是が非でもリーグとして、この収益源を押さえ、事業として育て上げて、収益分配のパイを増やしたかったわけです。

 こうしてリーグの長期的な成長を願って設立されたBAMですが、その船出は順風満帆とはいきませんでした。とりわけ、既存メディアであるテレビ局との利害調整や、次々と現れるYouTubeやロケーションフリーTVなどの新サービスが、メジャーリーグのネット戦略を揺さぶりました。

 それでも、メジャーリーグは、圧倒的な集客力を持つネットビジネスを確立したのです。次回は、そんな紆余曲折の歴史を見ていきます。いかにして、テレビ局や新興ネット企業との戦いを乗り切ってきたのか。そこには、企業のニューメディア戦略を考えるうえでのヒントが示されています。


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