1. コラム

「テレビの失敗」からの大逆転劇(中)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

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 米メジャーリーグ(MLB)がニューメディア戦略を推進していくうえで、最も配慮しなければならないのはテレビ局でした。なぜなら、テレビ局こそMLBに巨額の放映権収入を支払っている最大のビジネスパートナーだからです。

 現在、MLB(リーグ機構)は、地上波ではFOXと7年総額18億ドル(約1980億円)、ケーブルテレビではESPNと8年総額23億7000万ドル(約2607億円)、TBSとは7年総額7億ドル(約770億円)のテレビ放映権契約(全国放送)を結んでいます。単純計算では、1年平均で約6億5300万ドル(約718億円)の放映権収入を得ていることになります。

 また、これとは別に、各チームが独自に地域のローカルテレビ局と放映権契約を結んでいます。ちょっと数字は古いのですが、以下は2001年のローカル放映権料の一覧で、その総額は5億7127万ドル(約628億円)にも上ります。

テレビ放映権で、ネット放送もできるのか?

 MLBがインターネットビジネスに乗り出そうとした時、テレビ局が最も恐れたのは、ネット中継がテレビ視聴者を奪ってしまう、いわゆる「カニバライズ」が起きることでした。テレビ視聴率が低下すれば、それはCM収入の減少を意味します。

 今でこそ、米国ではネットとテレビの両方で視聴できる視聴者は、高画質のテレビを選択することが確認されています。したがって、スポーツ中継では「ネットはテレビをカニバライズしない」ことが定説となっています。しかし、MLBがネット中継を始めた2003年当時は、テレビ局が抱いた危機感たるや、相当なものがありました。

 ネットに試合中継の主導権を奪われたくないテレビ局は、「放映権とは、試合中継をファンにライブで伝えることができる権利であり、テレビ局はネットでも放映する権利も持っている」と主張しました。つまり、ネット中継権はテレビ放映権に含まれている、というわけです。しかし、MLBがこうしたテレビ局の言い分を認めれば、彼らにとって新たな収益源となる可能性を秘めたネット放映権を、みすみすテレビ局に渡してしまうことになります。

 巨額の放映権料を支払うステークホルダーであるテレビ局の主張に対し、MLBはネット中継がテレビ中継に悪影響を与えないことを、証明する必要に迫られました。そこでMLBが持ち出したのが「ブラックアウトルール」だったのです。

米国スポーツ放映のからくり

 このルールを理解するには、テレビ放映が、米国のプロスポーツで行っているフランチャイズ制度を支える仕組みを、頭に入れておく必要があります。

 米国のスポーツ中継はローカル放送が基本となっています。例えば、2007年シーズンのワールドシリーズ覇者のボストン・レッドソックスを例に取ると、地元のケーブルテレビ局、New England Sports Network(NESN)が年間162試合の9割以上に当たる148試合を放映しました。FOXやESPNといった全国放送が中継したのは24試合だけです。
 
 レッドソックスは人気チームなので全国放送の数は比較的多いのですが、平均的なMLBのチームでは年間の9割近くの試合をローカルテレビ局が放映し、全国放送は10試合あるかないかという状況です。

 つまり、米国ではボストンの住民は9割方がレッドソックスのファンなのです。実は米スポーツ界のフランチャイズ制度を支える根幹は、このローカル放送を中心としたテレビ中継にあるのです。

 なぜなら、このことによってフランチャイズ地域での地元チームのテレビ露出が圧倒的に多くなるため、ボストンに住んでいたらレッドソックスの、シアトルならマリナーズの試合を目にする機会が圧倒的に多くなるのです。これはバスケットボールでもアイスホッケー、アメリカンフットボールでも同じです。テレビ中継で目にできるの試合の大部分は、地元チームのものなのです。

 その結果、地元チームのファンが自然と出来上がるのです。これは、日本全国どこにいてもほとんど毎日、読売ジャイアンツの試合を見ることができた日本のプロ野球のテレビ放映モデルとの大きな違いです。

地元チームの試合はテレビで!

 このように、MLBにとって、ローカルテレビ局はファン育成の観点からは非常に重要なビジネスパートナーだったわけです。しかし、ネット中継が実現してしまうと、これまでテレビで野球を見ていた人がネット中継に流れてしまう危険性がありました。

 そのため、ローカルテレビで視聴可能なエリアでは、ネット中継を遮断する「ブラックアウト」という手法を採用したのです。これにより、例えば前述のNESNを受信できる地域にいるファンがMLB.TVでレッドソックス戦のネット中継を見ようとしても、画面が黒く塗りつぶされて何も見えないわけです。なので、MLB.TVでは地元球団以外(アウターマーケット)の試合しか視聴できない仕組みになっています。

メジャーリーグの成功モデルで多角化

 このように、MLBはブラックアウトルールの採用によりテレビ局との対立を回避しました。そして、ネット放映権を切り分けることに成功しました。MLBのインターネットビジネスを一手に引き受けるBAM(MLB Advanced Media)は 設立当初から試合のハイライトやダイジェスト動画、オンラインラジオ放送を流しています。

 そして、購読料から収益を上げる課金モデルを構築したのです。次いで、ブラックアウトルールの整備により2003年にMLBのライブ中継を開始し、提供するオンラインコンテンツの価値を一層高めることに成功したのでした。

 シーズン中は毎日800万~1000万人が訪れるというMLB.com上で提供される有料コンテンツの購読者は約110万人(2007年)と言われていますが、そのうちの約半数が試合のライブ中継などのゲームパッケージを購入しています。ゲームパッケージは見たいコンテンツにより79.95~119.95ドルの範囲で選択できるのですが、平均100ドルだとすると、これだけで5500万ドル(約60億円)の収入が上がっていることになります。

 こうしたBAMのデジタルメディア戦略を推進していくうえで、高い技術力が必要とされるのは言うまでもありません。BAMは設立直後の2000年よりサン・マイクロシステムズと技術提供契約を結んでおり、データセンター基幹システムの構築などの領域における技術提携を結んでいます。

 また、コンテンツの拡充とともに増え続けるトラフィックに対応し、これまでに大規模なシステム更改を2度行っています。さらに、2003年からソフトウエアベンダーのSASインスティテュートの製品を導入し、顧客情報を収集してその購買行動特性などを分析し、無駄のないプロモーションにつなげる、いわゆるCRM(顧客情報管理)を実施しています。

 BAMはデジタルコンテンツプロバイダーの顔とは別に、MLB全30球団のチケットやグッズのオンライン販売を一括して実施する、eコマース業者としての顔も持っています。2005年にはそれまでオンラインでのチケット販売の委託契約を結んでいたTickets.comを6600万ドル(約72億円)で買収し、その機能をさらに強化しました。ちなみに、2006年シーズンにMLBが販売した約7950万枚のチケットの3分の1に当たる約2700万枚がオンライン、つまりMLB.comにて販売されました。

 BAMは近年マイナーリーグや全米野球殿堂博物館、メジャーリーグ・サッカー(MLS)、全米フィギュアスケート連盟、NCAA(全米大学体育協会)バスケットボール、ニューヨーク市の公式サイト、音楽・動画配信サイト「rehearsals.com」を構築するなど、MLB.comの構築・更改を通じて蓄積された動画・音声配信、物販などにおける高い技術力やノウハウを活用して、スポーツマーケットだけでなく、広くエンターテインメントマーケットを視野にアウトソーシング事業を展開しています。

 このように、BAMは他のプロスポーツに先駆けてデジタルメディアコンテンツをいち早く拡充して圧倒的な集客力を有するビジネスとして育て上げるとともに、そこで蓄積されたノウハウを活用して多角化展開することで他のプロリーグの追随を許さない圧倒的なインターネットサービス会社を作り上げることに成功したのです。言うまでもなく、こうしたデジタルコンテンツの購読料やチケット・グッズ販売、アウトソーシング事業収入で得られた収入は収益分配制度を通じて全チームに分配されることになります。

 以下、次回に続く

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