1. コラム

米スポーツ産業は「100年に1度」の不況を乗り越えられるか?(下)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、金融危機のスポーツ界への影響を、広告宣伝や放映権などB2B(企業間取引)の領域から考察しました。それからわずか3週間の間に、米スポーツ業界にとってありがたくないニュースが続いています。

 シカゴ・カブスの親会社であり、ロサンゼルス・タイムズやシカゴ・トリビューンなど新聞12紙、テレビ23局を傘下に持つトリビューンは、部数や広告収入の落ち込みによる経営悪化に歯止めがかからなくなり、12月8日に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に当たる)の適用を申請しました。球団と球場(MLB=米大リーグ機構=で2番目に古いリグレー・フィールド)は破産法申請の対象外で、引き続き売却交渉が進められます。それでも、球団側の交渉力は大きく低下するでしょう。カブスはMLBで初めて売却額が10億ドル(約900億円)を超えるのではないか、と言われていたのですが、それも怪しくなってきました。

 また、注目されていたビッグスリー(米自動車大手3社)のゼネラル・モーターズとクライスラーに対して、最大140億ドル(約1兆2600億円)の資金繰りを支援する救済法案も廃案になりました。自動車業界は、スポーツ界の最大のスポンサーなので、もしビッグスリーが破綻した場合、その影響が懸念されます。

マイナースポーツの経営を直撃

 ここにきて、アリーナ・フットボール・リーグ(AFL)が経営危機でリーグ運営を中止するのではないかというニュースも飛び込んできています。AFLは1987年に設立された屋内アメリカンフットボールのプロリーグで、16チームが所属しており、1試合平均観客動員数約1万2000人の中堅プロスポーツリーグです。あまり知られていませんが、これまで多くの日本人選手もプレーしてきました。

 AFLは昨年から経営危機がささやかれており、2008年シーズンが終了した6月に突如ニューオリンズのチームが倒産しました。7月にコミッショナーが辞任し、トップ不在のまま迷走を続けています。そこに金融危機が襲いかかった格好です。

 また、女子プロバスケットボールリーグ(WNBA)のヒューストン・コメッツも、今月チームを解散する決定を下しました。WNBAは米プロバスケットボール協会(NBA)の全面的な支援の下で1996年に設立され、コメッツは栄えある初代チャンピオンでした。コメッツは同じくヒューストンにフランチャイズを置き、ヤオ・ミン選手が所属することでも知られるNBAヒューストン・ロケッツのオーナーにより所有されていましたが、昨年から売りに出され、買い手がつかないためにリーグ機構が保有するという緊急事態が起きていました。

 このように、金融危機は経営基盤の弱いマイナースポーツに容赦なく襲いかかっています。しかし、経営基盤の比較的強固なメジャースポーツも安寧としていられる状況ではありません。

米スポーツ界にも人員削減の波

 12月10日、米プロスポーツ界に激震が走りました。米ナショナル・フットボールリーグ(NFL)が人員削減を発表したのです。

 NFLは米フォーブス誌により「世界で最もリッチで強固なプロスポーツリーグ」と評されるほどの優良経営を実現していました。年商は米4大メジャースポーツトップの約65億ドル(約5850億円)、2008年の平均球団価値も2位のMLBの2倍以上の10億ドル(約900億円)となっています。球団価値の伸び率は前年比で8.7%増、5年前の66%増で、これはフォーチュン500社も顔負けの数字です。

 しかし、世界最強のNFLですら、リーグ機構や関連会社1100人のスタッフの13.6%に当たる150人の削減を発表したのです。実は、現コミッショナー、ロジャー・グッデル氏は「コスト・カッター」として知られており、今回の金融危機に際してもその手腕を発揮した形になりました。

 人員削減を予定しているのはNFLだけではありません。米メジャースポーツで最も早く人員削減を発表したのはNBAで、リーグ機構の職員の9%に当たる80人の人員整理を10月12日に発表しています。NBAのコミッショナー、デビッド・スターン氏は経営判断が極めて早いことで有名です。MLBもそのインターネット関連会社MLB Advanced Mediaの職員の4.5%の削減を発表しています。「NFLに次ぐ第2の人気スポーツ」と言われる全米ストックカーレース協会(NASCAR)も70人の職員削減を決めています。

「儲かっているのにコストカット」のなぜ

 米メジャースポーツがこぞって人員削減を進めるのはなぜでしょうか? 金融危機が既にリーグ収益に大きな影響を与えているのでしょうか?

 前回のコラムでも触れましたが、B2Bの視点から考えると、放映権やスポンサーシップは通常複数年契約が結ばれており、すぐに契約解除となるようなことはほとんどありません。その意味では、影響が出てくる可能性があるのは、現行契約が切れる数年後ということになり、それまでの収入は保証されています。

 余談ですが、MLBニューヨーク・メッツの新球場の命名権を取得したのは、450億ドル(約4兆500億円)という金融機関で最大の救済資金が投じられたシティグループです。シティはこの命名権取得に20年総額4億ドル(360億円)の契約を結んでおり、毎年2000万ドル(約18億円)もの権利料を20年にわたって支払うことになります。今更契約を解除するわけにもいかないため、ニューヨーク市議の中には、スタジアム名を「シティ・フィールド」(Citi Field)から「シティ&納税者フィールド」(Citi & Taxpayers Field)に変更すべきだとの意見も出ているくらいです。

 では、リーグ収益をB2C(企業と一般消費者の取引)の視点から考えてみることにしましょう。B2Cで最も大きな収益領域はチケット販売です。以下は現在公式シーズン中にあるNFLとNBAの2008年シーズンの観客動員数(11月24日時点)ですが、NFLは昨年比でほぼ横ばいの0.3%減、NBAは3.9%増となっています。

NFLの観客動員数(2008年11月24日現在)

チーム名試合数総観客動員数平均観客動員数前年比
Arizona Cardinals5320,72464,145-0.70%
Atlanta Falcons6373,15162,192-9.60%
Baltimore Ravens5355,84671,1690.00%
Buffalo Bills5357,56571,5130.70%
Carolina Panthers6437,88172,980-0.50%
Chicago Bears5310,69762,1390.00%
Cincinnati Bengals5324,81264,962-1.40%
Cleveland Browns6437,45872,910-0.10%
Dallas Cowboys5316,11563,223-0.30%
Denver Broncos6454,34875,725-1.40%
Detroit Lions5276,11455,223-9.90%
Green Bay Packers5354,77770,9550.20%
Houston Texans5350,88670,177-0.50%
Indianapolis Colts5331,62266,32415.70%
Jacksonville Jaguars6390,23365,0390.20%
Kansas City Chiefs6445,09174,182-4.20%
Miami Dolphins7458,02665,432-10.60%
Minnesota Vikings5315,76463,1530.00%
New England Patriots6412,53668,7560.00%
New Orleans Saints6433,86672,3113.30%
New York Giants6474,89879,1500.40%
New York Jets5391,04778,2091.30%
Oakland Raiders5295,55559,1112.90%
Philadelphia Eagles5345,72069,1441.80%
Pittsburgh Steelers6378,97863,1630.00%
San Diego Chargers5340,67968,1364.30%
San Francisco 49ers6404,80267,467-0.80%
Seattle Seahawks6407,70767,951-0.40%
St. Louis Rams5307,72661,545-4.00%
Tampa Bay Buccaneers5322,03364,407-1.40%
Tennessee Titans6414,85869,1430.00%
Washington Redskins6540,51190,0851.00%
合計17612,082,02668,648-0.30%

出所:SportsBusiness Journal

NBAの観客動員数(2008年11月24日現在)

チーム名試合数総観客動員数平均観客動員数前年比
Atlanta Hawks586,15417,2318.20%
Boston Celtics8148,99218,6240.00%
Charlotte Bobcats10127,26712,727-5.00%
Chicago Bulls7152,72721,818-0.90%
Cleveland Cavaliers7143,21420,4590.90%
Dallas Mavericks5100,50020,100-0.90%
Denver Nuggets6100,52116,754-1.30%
Detroit Pistons5110,38022,0760.00%
Golden State Warriors7129,84518,549-4.90%
Houston Rockets589,98917,998-1.20%
Indiana Pacers795,16513,5956.50%
Los Angeles Clippers9128,11614,235-15.30%
Los Angeles Lakers7132,97918,9970.00%
Memphis Grizzlies783,70511,958-11.60%
Miami Heat8132,43916,555-15.50%
Milwaukee Bucks695,75215,9591.70%
Minnesota Timberwolves687,25614,5432.30%
New Jersey Nets7113,83516,2627.70%
New Orleans Hornets7117,74716,82140.30%
New York Knicks7132,31618,902-4.40%
Oklahoma City Thunder8148,44418,556NA
(新チーム)
Orlando Magic9147,35816,373-5.10%
Philadelphia 76ers790,82112,974-12.70%
Phoenix Suns7128,95418,4220.00%
Portland Trail Blazers5102,79220,5585.20%
Sacramento Kings784,35512,051-14.80%
San Antonio Spurs7122,86117,552-5.50%
Toronto Raptors6115,89519,316-0.60%
Utah Jazz7139,06819,867-0.20%
Washington Wizards590,50618,1010.80%
合計2043,479,95317,0593.90%

出所:SportsBusiness Journal

 つまり、チケット販売の視点からも、現時点で大きな減収は確認されていないのです。それにもかかわらず、各リーグがこぞって人件費の削減を進めるのはなぜでしょうか?

 それは、チケット販売でも、そのベースとなる年間シートの大部分が、金融危機が本格化する前の、シーズン開幕前に売られていたためです。人気スポーツのNFLでは、年間シートの占める割合が非常に高く、例えばニューヨークに本拠地を置くジャイアンツとジェッツでは、約8万人収容のスタジアムのうち7万5000席以上が年間シートです。

 つまり、金融危機の本格的な影響を受けるのは、来シーズンの年間シートの営業が始まる来春以降となるのです。各スポーツリーグは、今の時点からそれに備えてコスト削減を進めており、人員削減もその延長線上にあるのです。

売れるチケットを作れ

 スポーツリーグは、人員削減などによるコストカットを進める一方で、収益性を高める努力にも余念がありません。マイナス思考だけに凝り固まっているわけではないところが、彼らの強みです。

 スポーツビジネスの4大収入源は「チケット収入」「放映権収入」「スポンサーシップ収入」「グッズ・飲食収入」と言われます。その中でも最も重要なのがチケット販売です。なぜなら、チケットが売れ、スタジアムが満員になり、世間からの注目が高まれば、テレビ放映権が高値で売れます。そして、テレビ放映されて露出が高まれば、スポンサーシップ収入も高まるわけです。当然ですが、入場者が増えれば、スタジアムでのグッズ・飲食収入もぐっと上向きます。つまり、チケット販売は、多くの収入源に“血液”を送り出す“心臓”の役割を果たしているわけです。

 実は、スポーツ産業は、昨年来の原油高による消費の落ち込みで、高額な年間シートが売りにくくなっていました。そこで、金融危機に襲われる前から、リーグ経営の“心臓”であるチケット販売において、商品開発・価格政策・購入/支払い方法の面で、様々な施策を打ってきたのです。

 例えば、商品開発では、年間シートほど高い料金がかからない「ミニプラン」と呼ばれる数試合のパッケージを作りました。また、「グループチケット」と呼ばれる団体を相手にしたチケットプランを開発し、これに飲み放題・食べ放題や、打撃練習の見学、スタジアムツアーへの参加、パーティースペースの貸与といった付加価値をつけたのです。こうした、今までにないチケット戦略を生み出し、強力に営業を進めてきました。

 価格政策では、時期や目的地に応じて価格を変える航空業界を参考に、対戦相手によってチケット価格を変える「価格変動制チケット」が広く普及してきました。需給バランスに応じてチケット販売収入を最大化する試みです。また、通常空席となることが多い外野3階席などを思い切って「1ドルシート」にするケースもあります。とりあえずファンをスタジアムに入れてしまい、飲食・グッズ販売での収入を狙うためです。

 チケット購入/支払い方法では、複数の人で年間シートを共有する「チケットシェア・プログラム」を導入する動きもあります。また、チケット購入後、一定期間の支払いを免除するといった、自動車や家電の支払いで一般的になっている「ゼロ金利ローン」を導入するチームも出てきています。

 このように、米スポーツリーグは、来春以降に予想される本格的な金融危機の影響を想定して、先手必勝で“ぜい肉”をそぎ落とし、同時に筋肉質への“体質改善”を進めているのです。


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