1. コラム

NFLの最強モデルが壊れる時(上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 「米国で最も成功しているスポーツビジネス」と評される米プロフットボールリーグ(NFL)。観客動員数やテレビ視聴率、チーム資産価値などいずれの指標において、大リーグなど他のプロスポーツを大きく引き離して“独走状態”にあるのは、すでに『格差の徹底排除で成長するNFL(上)~「競い合うのは試合の3時間だけ」の共存共栄モデル』で詳しく解説しました。

 ところが、ここにきてNFLの史上最強ビジネスモデルが崩壊の危機に瀕しています。

 事の発端は、昨年5月のこと。米アトランタで開催されたオーナー会議で、リーグ機構側が32対0の全会一致で、選手側と取り決めた労使協定を「早期離脱(オプトアウト)」することを決めたのです。リーグ側は、この決断の理由について、「現行の労使協定は選手に有利で、経営を圧迫するため」としています。

 磐石の経営を続けてきたNFLに、一体何が起こっているのでしょうか?

違法スレスレの最強モデル

 米国スポーツビジネス界では、「優勝の行方が分からない状態を長く続ける(結果予測不確実性を高める)」ということが、スポーツを盛り上げる上で必須だと言われています。その実現には、各チームの経営資源をコントロールし、圧倒的に強いチームが出現しないように、戦力バランスを均衡させることが必要です。

 スポーツビジネスにおける経営資源とは、主に「選手」と「カネ」を指します。「選手」については、主にドラフト制度と移籍制度(フリーエージェント)によって、「カネ」については収益分配制度や年俸制限(サラリーキャップ)によって、チーム間の戦力が均衡するようにリーグが管理します。戦力が拮抗すれば、接戦が増え、結果予測不確実性が高まるからです。

 特にNFLは、こうした経営資源の管理を厳密に行い、チーム間の戦力格差を徹底的になくすことで大成功してきたわけです。まさに、「競い合うのは試合の3時間だけ」とも言われる共存共栄の最強モデルを作り出したのです。

 しかし、「全チームの共存共栄」という大義名分のもとで実施される「管理」は、選手やチームの権利を犠牲にして成り立っています。大学生選手を指名するドラフトでは、前年の成績が悪かったチームから指名権が与えられます。弱いチームに優秀な若手を割り振って、戦力を均衡させるためです。

 しかし、例えば、あなたが就職活動中の大学3年生だったとしたら、こうした制度を歓迎できるでしょうか。あなたの成績は抜群で、多くの企業が評価しています。でも、業界の最下位に低迷する企業が、あなたの意志と無関係に、あなたを指名し、それに従うしかないとしたら…。しかも、就職先では6年以上勤務するまで転職が禁止されています。給与の上限さえ決められているのです。

 それでも、あなたが入社して孤軍奮闘し、傾いていた企業が一転して爆発的に成長したとします。さて、あなたは、その貢献分のマネーを手にすることができるでしょうか。そうはいかないのが「共存共栄モデル」です。今度はチームが、「業績が悪い企業が倒れないように、利益を分けてあげろ」と言われるのです。

 このような「管理」は、資本主義社会を標榜する米国では、まず見られません。当然、あなたと同じように、こうした管理を快く思わない選手やチームが過去に存在し、裁判が起きました。実際、米国プロスポーツにおける厳しい管理は、裁判所による多くの判決を経て、今の仕組みに収まってきたのです。

 例えば、ドラフト制度は1936年にNFLが最初に導入した制度ですが(大リーグは64年、日本プロ野球機構は65年に導入)、78年にNFL選手により反トラスト法(日本の独占禁止法に当たる)訴訟を起こされています。

 訴訟を起こしたのは、68年にワシントン・レッドスキンズと5万ドル(約500万円)で契約を結んだジェームズ・マッコイ・スミス選手で、ドラフト制度で受けた損害に対する賠償を求めたものでした。スミス選手は、レッドスキンズのドラフト1位指名選手として入団しましたが、1年目のシーズン最終戦で致命傷を負い、選手生命を絶たれた選手です。

 球団側がスミス選手に支払った負傷手当は、契約書の負傷条項に則った約2万ドル(約200万円)でしたが、スミス選手は「ドラフト制度が選手の契約の自由を奪い、それによって契約時のサラリーが低く抑えられた」として、NFLに損害賠償を請求したのです。

 また、年俸総額の上限を決めるサラリーキャップ制度も、何度となく訴訟の対象となってきました。

 例えば84年、米プロバスケットボール協会(NBA)のフィラデルフィア・76ersにドラフト1位指名されたレオン・ウッド選手は、「サラリーキャップのために不当に低い年俸での契約を余儀なくされた」としてNBAを反トラスト法違反で訴えました。ウッド選手はカリフォルニア州立大学でポイントガードとして活躍した大物選手で、84年のロス五輪で金メダルに輝いた全米チームの一員でもありました。当時、76ersの年俸総額はサラリーキャップの上限スレスレだったため、ウッド選手とは7万5000ドル(約750万円)の1年契約を結ぶのが精一杯だったのです。

 こうした裁判の結果は様々です。NFLのスミス選手のケースは、裁判所はドラフト制度を反トラスト法違反と認め、損害賠償を勝ち取りました。ところが、逆にNBAのウッド選手のケースでは、選手側の主張が退けられています。

米国プロスポーツが労使協定を結ぶワケ

 ここで紹介したスミス選手とウッド選手のケースは、スポーツリーグの管理に対して起こされた訴訟の一部に過ぎません。そして、この手の訴訟に、裁判所は「合理の原則」(Rule of Reason)と呼ばれる原則で判決を下しています。この原則は、「制限の反競争的効果と競争的効果を比較し、前者が後者よりも大きい場合のみ違法と判断される」というものです。

 例えばドラフト制度であれば、「個人の職業選択の自由を侵す」「チームの自由な採用活動を妨げる」といった反競争的効果と、「チーム間の戦力均衡を実現する」「契約金の高騰を防止する」といった競争的効果が比較検討されることになります。スポーツビジネスには、戦力の均衡を図らないと結果的に産業自体が発展しないという特殊性があるため、「リーグ全体の共存共栄」という大義名分のもと、「必要最低限」(Least Restrictive Form)の規制に限って制限的な管理が認められているのです。

 リーグが採用する様々な管理は、言ってみれば法律違反スレスレなため、常に訴訟リスクが付きまといます。しかし、不満を持つ選手や球団からいちいち訴訟を起こされていたのでは、リーグ運営がままなりません。そのため、リーグ経営陣は選手会側と労使協定を結ぶようになったのです。というのも、適切な団体交渉を経て結ばれた労働協定で定められた項目については、反トラスト法を用いて訴訟を起こすことができないためです。これは法律用語で、「判例法による反トラスト法適用除外の法理」(Non-statutory Labor Exemption)と呼ばれるものです。

 米国では、70年代まで経営者側によって一方的に押しつけられた管理策に対して多くの訴訟が起きました。その結果、リーグ運営上の混乱を避けるために、80年代以降、ほぼ全てのスポーツリーグが、経営者側と選手組合で団体交渉を実施し、労働協約を結ぶようになったのです。

労使協調路線でブランドを守ってきたNFL

 少々前置きが長くなってしまいましたが、話を元に戻しましょう。

 4大メジャースポーツリーグの中で、NFLはこれまで、比較的順調に労使協調路線を歩んできました。下表は米4大メジャースポーツリーグにおける労使紛争を一覧にまとめたものですが、他のリーグが近年でも労使協定が切れる度に交渉が暗礁に乗り上げてストライキやロックアウト(経営陣による選手の締め出し)を繰り返しているのに対して、NFLは87年のストライキを最後に、ここ20年以上労使紛争が起きていません。

 労使紛争はリーグブランドを傷つけ、顧客のロイヤリティーを著しく下げる結果をもたらします。大リーグは「百万長者(選手)と億万長者(経営者)の喧嘩」と揶揄された94~95年のストライキで翌年の観客動員数は20%以上落ち込み、スト前の水準に戻るまで約10年を要しました。NBAも98年のロックアウト以降、観客動員数の伸びが鈍化しています。米アイスホッケーリーグ(NHL)も、2004~05年シーズンのロックアウトの影響を今も引きずっています。

 NFLによる右肩上がりの磐石経営の背景に、この労使協調路線があるのは間違いないでしょう。

表:米4大メジャースポーツリーグにおける労使紛争

労使協定オプトアウトによる恐怖のインパクト

 『格差の徹底排除で成長するNFL(上)~「競い合うのは試合の3時間だけ」の共存共栄モデル』で詳しく解説しましたが、NFLの経営では収益分配制度とサラリーキャップの2つの制度が、その圧倒的な人気を演出している屋台骨になっています。サラリーキャップの上限額よりも、リーグ機構からチームに渡す分配金を高くすることで、選手獲得費用はすべてこの分配金で賄えるようになっています。こうした仕組みで、人口820万人のニーヨークと、人口10万人のグリーンベイや14万人のカンザスシティーでの球団経営を、ほぼ同じ条件に整えることが可能となったのです。

 しかし、リーグ機構側が労使協約の早期離脱を表明したことで、このビジネスモデルの根幹が揺らぐかもしれません。

 2006年に締結された現行の労使協定は、本来は2013年まで効力が続くはずでした。しかし、リーグ機構は、その期間を2年間短縮して、2011年で終結させる意向です。これは、労働条件の見直しを主張するリーグ機構側に有利に働くことになります。なぜなら、現在、リーグ全体収入の約60%が選手のサラリーに費やされていますが、これを削減できるからです。これは、現行の労使協定が定めるサラリーキャップ制度や収益分配制度の結果として、6割という高い「労働コスト」になってしまったわけです。

 ところが、最近になってスタジアム建設費などの高騰でチームの負担が増す一方で、経済環境は悪化し、資金調達コストも増えています。こうしたチームの経営環境では、7年前に決めた条件を維持し続けられないわけです。早期離脱すれば、2年早く条件交渉を再開することになり、経営悪化を理由に労働コスト削減の議論を戦わせることができるのです。

 しかし、その交換条件としてリーグ機構は2010年3月までに選手会との間で新労使協定を締結しなければなりません。期限までに交渉がまとまらなければ、短縮された労使協定の最終年に当たる2011年にサラリーキャップが消滅する決まりになっているのです。サラリーキャップが消滅するということは、年俸総額の制限が外されるわけですから、チームは選手獲得にいくらでもカネをつぎ込むことが可能になります。また、忘れてならないのは、上限だけでなく下限も撤廃されるということです。

 実はサラリーキャップ制度では年俸総額の上限だけでなく、下限も設定されています。上限だけ設定したのでは、カネに物を言わせて選手を買い漁るチームに歯止めをかけることはできても、年俸費用を出し渋るチームを止めることができないためです。つまり、年俸総額に上限と下限の両方のキャップを設定することで、各球団に選手獲得費用としてある一定のレンジでカネを使わせ、戦力均衡を保っているのです。

 実際、サラリーキャップ制度が導入されていない米大リーグ機構(MLB)では、年俸総額上位・下位3チームの平均を比べると、その格差が約3.15倍に拡大しており、戦力不均衡が深刻化しています。一方、NFLではその格差が約1.25倍に収まっており、年俸総額に大きな偏りは見られません。

MLB年俸総額の上位及び下位3チーム(2009年)

NFL年俸総額の上位及び下位3チーム(2008年)

 しかし、サラリーキャップが外されてしまえば、せっかくNFLが築き上げてきた共存共栄モデルの根幹をなす年俸予算の均等化の努力が無に帰してしまうことにもなりかねません。

 では、なぜNFLは経営の屋台骨がぐらつくリスクを犯してまで、サラリーキャップ制度をなくすという選択肢を考慮したのでしょうか?

 もちろん、NFLがサラリーキャップ制度をなくそうとしているわけではありません。サラリーキャップは、経営側が提示した財務情報を元に算出した「総リーグ収入」の一定比率をチーム数で割ることで算出しますから、労使間の信頼関係が鍵になります。この財務情報を経営側がねつ造すれば、選手年俸が不当に下げられてしまうリスクがあるためです。言ってみれば、サラリーキャップ制度は労使の信頼関係の証なのです(例えば、大リーグにはサラリーキャップ制度が導入されていませんが、これは選手会側が経営側を信頼していないからです)。

 NFLが労使双方の信頼関係のシンボルであるサラリーキャップ制度を賭けてまで守ろうとしているものは何なのでしょうか? この点は次回のコラムで解説したいと思います。

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