1. コラム

ワールドカップは米国で盛り上がったのか?

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 6月11日に開幕したサッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会も、スペインの優勝で1カ月間の熱戦の幕を閉じました。実は、偶然なのですが、私はこの1カ月間のうちちょうどその半分(約2週間)を出張で日本に滞在することになりました。図らずも日米のワールドカップのメディア報道や国民の盛り上がりを両国で実体験する機会に恵まれたことになります。

 日本滞在中は、多くのクライアント(スポーツ関係者)や知人から「ところで、アメリカではワールドカップって盛り上がってるの?」という素朴な質問を受けました。しかし、「盛り上がっているかどうか」はある意味かなり主観的な感覚で、自分なりに感じたことを説明することはできるのですが、果たしてそれが客観的な事実なのかはイマイチ自信がなかったわけです。

 ということで、今回のコラムでは、自分の感覚を検証するという意味も含めて、日米で私が実体験した盛り上がり感を読者の皆さんと共有すると共に、可能な限り数字で客観的な状況についてもお伝えできたらと考えております(私が日本に出張したのは、6月18日から7月1日まででしたから、大会スケジュールで言うと、ちょうどグループステージ中盤から決勝トーナメント1回戦までを日本で観戦したことになります。日米の代表チームはいずれも決勝トーナメント1回戦で姿を消してしまったわけですが、ちょうど両国で一番盛り上がったであろう期間を私は日本で過ごし、アメリカには居なかったことになります。これにより、もしかしたら私の感覚にバイアスがかかっているかもしれません。まずはそれを正直に申し上げておきます)。

メジャースポーツに追いやられる米国のワールドカップ報道

 まずは時計の針をワールドカップ開幕前まで戻してみます。ちょうど日本代表チームがテストマッチで思うような結果を残せず、岡田監督に批判の矛先が向けられていた開幕直前の6月上旬にかけて、アメリカのスポーツニュースではほとんどワールドカップは報じられていませんでした。

 それもそのはずで、6月上旬は全米アイスホッケーリーグ(NHL)の優勝決定戦「スタンレーカップ」や、全米バスケットボール協会(NBA)の優勝決定戦「NBAファイナル」の熱戦が繰り広げられていた他、米メジャーリーグ(MLB)のドラフトが6月8日に開催されるなど、メジャースポーツのプレミアイベントが目白押しだったためです。

 しかも、MLBドラフト当日には、昨年のドラフト全体1位指名スティーブン・ストラスバーグ投手(ワシントン・ナショナルズ)が最速103マイル(約165キロメートル)のストレートを武器に初登板でのメジャー記録にあと1と迫る14三振を奪い初勝利を挙げるという衝撃のデビューを果たすなど話題が豊富でした。開幕直前にもかかわらず、ワールドカップの報道はこうした話題の隙間を縫うようにしか行われていなかったのが現状でした。

 アメリカ人と話していても、ワールドカップの話にはほとんどなりませんでした。私が日本出張前に唯一ワールドカップの話をしたのは、日本対カメルーン戦の翌日にオフィスを借りているビルの管理会社のスタッフ(彼はコロンビアからの移民)から「昨日、日本勝ったねぇ」とエレベーターで声を掛けられたくらいでした。

スーパーボウル前夜のような日本

 日本に到着したのは、ちょうどグループリーグ第2戦のオランダ戦の前日でした。折しも、日本代表が初戦のカメルーン戦に勝利したことを受け、日本中が歓喜に沸いているところでした。そのメディア報道や国民的な盛り上がりは、アメリカとは全く違う状況でした。

 テレビでは、どの局でも朝のワイドショーから文字通り一日中サッカー日本代表が報じられ、選手の活躍の秘密や今後の戦況が占われていました。クライアントやスポーツ関係者と会っても、(サッカー関係者かどうかは関係なく)必ずワールドカップの話になります。電車で移動していても、喫茶店に入っても、耳を澄ませばどこかで誰かがワールドカップの話をしています。タクシーに乗った時ですら、運転手がワールドカップの話を振ってくるほどでした。

 これは、アメリカで言うとちょうどスーパーボウルを直前に控えた時期の盛り上がりに似ています。米プロフットボールリーグ(NFL)の優勝決定戦であるスーパーボウルは、米国で最も人気のあるスポーツイベントと言われており、米テレビ番組史において視聴者数ランキングでトップ10を独占、多チャンネル化が進む米国にあって視聴率は20年連続で40%超という“お化けイベント”です。

 スーパーボウル放送中は、どこの街もゴーストタウンのように静まり返り、「スーパーボウルのチケットが当選したから取りに来るように」といった類のおとり捜査が度々行われて指名手配犯が逮捕されるなど、嘘のような本当の話にも事欠きません。

 とにかく、日本での盛り上がりはそのくらい半端ではなかったのです。

やはり日本とは大きな温度差のあったアメリカの報道

 アメリカに戻ったのは、日本が決勝トーナメント1回戦で延長戦の末、PK戦で惜しくもパラグアイに敗れた2日後でした。

 日本での国民的な盛り上がりを目の当たりにした上に、前述のように日本滞在中には多くの方から「アメリカではワールドカップは盛り上がっているのか?」と尋ねられたこともあって、私はもう少し自覚的にアメリカのワールドカップ熱を観察してみようと考えていました。また、日本出張前にあまり米国でワールドカップが盛り上がっていないように感じられたのは、自分の観察力が足りなかったのではないかとも考えました。

 日本出張中、アメリカ代表チームは引き分けならグループリーグ敗退という背水の陣で臨んだ第3戦のアルジェリア戦で、ドノバン選手がロスタイムに劇的なゴールを決めて決勝トーナメント進出を果たしていました。残念ながら決勝ラウンドでは6月26日のガーナ戦に敗れて涙をのみましたが、今回の代表チームの活躍を機に、アメリカでは一気にサッカー人気が花開くかもしれないという予感もありました。

 しかし、結論から先に言うと、アメリカに戻ってもワールドカップ報道では日本と比べてやはり大きな温度差を感じざるを得ませんでした。

 私が戻って真っ先に行ったのは、スポーツニュースの番組編成を確認することでした。スポーツニュースが視聴者の期待度に応じて番組編成を考えていると仮定すると、ニュースの尺や順序からスポーツの盛り上がり度が客観視できるのではないかと考えたからです。ニューヨークに戻った7月1日(つまり、ワールドカップ準々決勝前日)の夜、時差ぼけで眠い目をこすりながらスポーツ専門ケーブル局ESPNの看板ニュース番組「Sports Center」をチェックしたところ、その構成は以下のようになっていました(順番はオンエア順)。

1.NBA選手・コーチの移籍情報(約15分)
2.MLB試合結果の間に、ゴルフ「AT&Tナショナル」(タイガー・ウッズが出場していた)、ウインブルドン女子、NFL選手情報など(約10分)
3.ワールドカップ準々決勝の展望(約5分)
4.MLB試合結果の続き(約10分)
5.ハイライト、インタビューなどの企画もの

 やはり、出張前と同じようにワールドカップは他のメジャースポーツの合間に報道されるという位置づけに変わりありませんでした。

 ワールドカップにとって不運だったのは、ちょうど7月1日がNBAのフリーエージェント(FA)選手の移籍交渉が解禁された日だったことでしょう。今年は“マイケル・ジョーダン2世”との呼び声の高いレブロン・ジェームズ選手がFAとなり、その移籍交渉が全米のスポーツファンの注目を集めていました。分かりやすく例えるなら、かつて松井秀喜選手がFAになり、巨人に残留するのか、メジャーに移籍するのか日本中大騒ぎになったようなイメージです。ニューヨークエリアでは、名門ニックスのほか、今年ロシア人の大富豪に買収されたニュージャージー・ネッツも獲得に名乗りを上げており、マンハッタン内にはこのようなビル広告が出されていた程です。

ニュージャージー・ネッツによるビル広告(撮影:鈴木友也)

 ちょっと横道にそれますが、この広告には少し解説が必要でしょう。「互いのノウハウを学び合う欧米スポーツビジネス界(上)~中国資本と欧州モデルに活路見出すNBA」でも解説しましたが、近年NBAは外国人投資家にも門戸を広げ、ニュージャージー・ネッツはロシア人実業家のミハイル・プロホロフ氏に球団株式の80%と2012年にブルックリンにオープン予定の新アリーナの株式の45%を2億ドル(約180億円)で売却しました。

 実は、このビル広告の右側の人物がそのプロホロフ氏なのですが(ちなみに、左側は少数株主で共同オーナーのラッパー、Jay-Z氏)、広告にある「偉大な存在への青写真」(The Blueprint for Greatness)のメッセージにあるように、オーナーが変わったのを機にチームも躍進するぞという決意を表明しているのです。もちろん、その行間には「ジェームズ選手を獲得することによって」というニュアンスも含まれています。

 そして、驚くべきことは、このビル広告が掲出されているのは、ライバル球団ニューヨーク・ニックスの本拠地、マジソン・スクエア・ガーデンのすぐ横だと言う点です。例えるなら、ロシア人大富豪に買収されたヤクルト・スワローズ(外資規制があるので、実際には起こりえません)が、東京ドームの真横に広告を出すようなイメージです。かなり挑戦的な広告だと言えます。

 閑話休題。結局、ジェームズ選手は7月8日にマイアミ・ヒートに移籍することを正式表明したのですが、この1週間、スポーツニュースのトップはこの話題で持ちきりでした。移籍先発表に合わせて特別番組が出来てしまうくらいです。この期間、ワールドカップ報道はレブロン移籍狂想曲によってかき消されてしまっていたのです。

 地下鉄での通勤時に乗客の話し声に耳を澄ましてみたりもしましたが、ワールドカップの話をしている人に出くわすことはありませんでした。かろうじてワールドカップの話題になったのは、ランチにサンドイッチを買いに「サブウェイ」に出掛けた際、店員(聞いたらメキシコ移民でした)から「ブラジル、負けちゃったね」と話しかけられた時くらいでした。

 確かに、スポーツファンが集まるようなスポーツバーなどに行けばそれなりに盛り上がっていたのだと思います。実際、ニューヨークに戻った週末にジムに行ったところ、ちょうどオンエアしていたスペイン対パラグアイを大声で応援していた者もいました(面白いことに、彼らも白人ではありませんでした)。

 しかし、日本のように社会全体が盛り上がっていて、ネコも杓子も代表チームの話で持ちきり、といった状況ではなかったのです。誤解を恐れずに言えば、やはり一部移民の間で局所的に盛り上がっているという印象です。アメリカでは、兎にも角にも「今盛り上がっている旬のメジャースポーツ」がたくさんあるので、ワールドカップ報道はそれらに追いやられてしまいがちでした。「ワールドカップ報道のためのウィンドウは思ったより狭いな」というのが実感でした。

 とまあ、これが私の日米滞在を通じたワールドカップへの感想です。あくまでも、私の目を通した主観的な感想ですから、異論もあるかと思います。次回のコラムでは、今回の私の日米ワールドカップ比較感想が果たしてどれだけ的を得ているものなのか、数字で検証してみようと思います。

 (次回につづく)

コラムの最近記事

  1. ZOZO球団構想を球界改革の機会に

  2. 東京五輪を“レガシー詐欺”にしないために

  3. 米最高裁がスポーツ賭博を解禁

  4. 運動施設の命名権、米国より収益性が低い訳は?

  5. 米国で急拡大、ユーススポーツビジネスの不安

関連記事

PAGE TOP