1. コラム

ドジャース破綻の舞台裏(上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 先週、「名門ロサンゼルス・ドジャースが経営破たん」というニュースが大きく報じられました。6月27日、連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を米デラウェア州の裁判所に申請したのです。

 ドジャースはかつて野茂英雄選手が「トルネード旋風」を巻き起こし、その後も石井一久選手や木田優夫選手、中村紀洋選手、斎藤隆選手といった日本人選手が在籍していました。現在も、黒田博樹投手が所属するなど、日本でもお馴染みのメジャーリーグ(MLB)球団です。米フォーチュン誌が発表する「働きやすい会社ベスト100」に過去3回も選出されるという栄誉にも輝いています。それだけに、「名門球団」の経営破たんというショッキングなニュースは、スポーツファンのみならず多くの人々の耳目を集め、あっという間に世間に知れ渡りました。

 「名門企業」の経営破たんといえば、最近ではゼネラルモーターズ(GM)や日本航空の例を思い浮かべる方も多いかもしれません。これらの会社では、非効率な経営が巨額の赤字を生み、企業活動を維持することが困難になってしまいました。そのため、名門ドジャースの経営破たんも、同じイメージで捉えている方も少なくないと思います。

 しかし、ドジャースのチャプター11申請は、陳腐化した経営が行き詰った末の事態、という構図ではありません。実際は、水面下でMLBリーグ機構の最高経営責任者(CEO)であるコミッショナーと、チーム経営をつかさどる球団オーナーが、破産裁判所やヘッジファンドなども巻き込みながら、球団の経営権を巡る激しいバトルを繰り広げています。

 今回のコラムでは、ドジャースの経営破たんの舞台裏を通じて、全体最適(リーグ経営)と個別最適(球団経営)のぶつかり合いという、プロスポーツリーグ経営の本質であるパワーゲームやその意義について解説してみようと思います。

黒字倒産だったドジャース

 ドジャースの負債総額は4億3300万ドル(約346億円)と報じられています。しかし、実はドジャースは過去10年間で球団収入を右肩上がりで伸ばしていました。2006年以降はコンスタントに黒字経営を続けています。優良経営のお陰で、球団の資産価値も高まり、2011年3月時点でMLB3位の8億ドルと評価されていました(いずれもフォーブス誌より)。

 つまり、ドジャースは儲かっていたのに経営破たんした、いわゆる「黒字倒産」だったのです。

 黒字倒産ということは、つまり資金繰りに失敗したということになりますが、その大きな原因となったのがオーナー夫妻(現在は離婚)の放蕩生活と泥沼の離婚訴訟だと言われています。

 現オーナーのフランク・マッコート氏がドジャースのオーナーになったのは2004年のことでした。この時から、妻のジェイミー・マッコート氏も社長兼取締役副会長として球団経営に関与するようになります。彼女は就任当初、女性ファンを増やすための試みを続け、メディアで取り上げられていました。ところが、その後は度々、オーナー夫婦の公私混同ぶりが目に余るようになってきます。

 米ボストンで不動産業を手がけていたマッコート氏は、球団買収を機にロサンゼルスに2125万ドル(約17億円)の大豪邸を建てた上、1400万ドル(約11億円)を投じてオリンピック会場サイズの室内プールを併設するなど、派手な金遣いが話題になりました。また、月々の美容室代として1万ドル(約80万円)を使ったり、「ポジティブな波動をチームに送ってもらう」ためにロシアの霊能者に数十万ドル(約数千万円)を支払うなど、常軌を逸した放蕩ぶりも報じられたのです。しかも、こうした個人的な「セレブ生活」のために1億ドル(約80億円)以上の球団資金が使われていたことが明らかになっています。

 2009年に入り泥沼の離婚騒動が繰り広げられると、事態は更に悪化していきます。妻のジェイミー氏はマッコート氏に財産分与を要求するとともに、ドジャースの共同所有権があると主張し、早急に球団を売却するよう求めたのです。かくして、黒字経営だったにも関わらず、ドジャースの資金繰りは急速に悪化していきます。

放蕩経営に業を煮やしたメジャーリーグ

 自らの放蕩生活に加え、離婚訴訟にかかる巨額の費用で首が回らなくなったマッコート氏は、今年2月に球団のテレビ放映権を持つFOXに対して、球団への2億ドル(約160億円)の資金援助を依頼します。しかし、借り入れ条件として「支払期日が守られなかった場合は、現行の放映権契約が4年間自動的に延長される」という条項が入っていたため、MLBは利害相反の恐れがあるとして、この借り入れを却下しました。放映権が不当に安い価格で売られるリスクがあると判断したわけで、リーグとしては当然の判断と言えます。

 資金繰りの悪化によって選手への給与などが遅配すれば、前代未聞の事態となります。しかも、MLB規約では、給与遅配を起こした球団の経営権をMLBが剥奪できると定められています。マッコート氏は、球団を失う崖っぷちに立たされていたのです。追い詰められたマッコート氏は、個人でFOXから3000万ドル(約24億円)の借り入れを行ってしまいました。

 しかし、この行為がコミッショナーの逆鱗に触れます。個人で借り入れれば、MLBからの許可は必要ありませんが、マッコート氏の手段を選ばない資金調達にMLBが業を煮やし、今年4月、ドジャースをMLBの監視下に置く措置を講じます。前駐日大使としても知られるトーマス・シーファー氏を管理責任者として選任し、球団に派遣しました。

 これに対し、マッコート氏は起死回生の一発を狙い、6月にFOXとの間に17年総額30億ドル(約2400億円)というテレビ放映権契約の合意を取り付けます。しかし、この契約には不自然な点がありました。FOXは既に2014年までのテレビ放映権を保有しており、新契約はそれ以降のものだったにも関わらず、球団の運転資金としてドジャースに3億8500万ドルが前払いされることになっていたのです。

 特別な取り計らいがあるということは、その分、放映権料が割り引かれていると考えるのが自然です。さらに、前払いされる3億8500万ドルの半分以上が離婚訴訟費用に使われると見られており、こうした点を問題視したMLBは「このテレビ放映権契約はドジャース資産の私的流用であり、フランチャイズの未来を抵当に入れ、球団やファンに長期的不利益をもたらすものだ」として、この放映権契約を承認しませんでした。

 マッコート氏の資金繰りは万策尽きて、6月の給与遅配は避けられない状態となります。MLBによる経営権の剥奪は時間の問題だと思われました。

伝家の宝刀を抜けなかったMLB

 ここまで見てきたように、リーグ機構側は終始、MLB全体の最大利益を守ろうという姿勢を貫きました。リーグ経営と球団経営は時として対立します。1球団の最大利益を目指した行動が、球界全体の最大利益を毀損する、あるいはその逆のケースも存在するからです。今回も、まさにそうした利害相反が起きたケースでした。

 マッコート氏にとっての最大利益は、資金繰り難を脱し、球団経営を好転させることです。当然ながら、自身が球団を保有し続けることが前提になっています。そのために特別な条件をつけてFOXから借り入れをしたり、放映権契約を結ぼうとしたわけですが、こうした行為により放映権契約の価値は毀損されます。「球界全体の最大利益を考えた場合、私が辞めることが最善の方法です」などと言うオーナーはいません。オーナー自身が“癌”である場合は、自浄効果を期待できないのです。

 プロスポーツリーグの場合、リーグ機構や各球団は「協力しながら競争する」という特殊な運営を行うわけですが、基本的には別の経営組織です。当然、経営の自主権は尊重せねばならず、理由や根拠もなく経営権を剥奪するわけにはいきません。

 しかし、利害相反が顕著である場合、リーグ機構(コミッショナー)は“伝家の宝刀”を抜くことができます。それが、MLB規約に定められた「球界の最大利益」(Best Interests of Baseball)条項です。球界全体の最大利益に反する行為に対し、コミッショナーにそれを抑え込む広範な権限を認めたものです。

 競技全体の最大利益のためにリーグ機構が球団経営に口出しすることは珍しいことではありません。「破綻したアイスホッケーチームなら強奪できるのか?」でも解説したように、北米アイスホッケーリーグ(NHL)は、移転を前提とした球団売却を進めるフェニックス・コヨーテスのチャプター11申請に待ったをかけました。移転すれば、アリゾナ州のマーケットを失う上に、移転先のカナダで既にプレーしている別のチームと市場を奪い合うリスクがあったのです。オーナー個人にしてみれば、球団が高値で売れればそれでいいわけですから、リーグ全体の利益と相反するインセンティブを持っています。

 こうした「全体最適」の視点から「個別最適」の球団経営に口を出すコミッショナー事務局の働きがあって初めてリーグ経営は機能するわけです。リーグ経営が単なる個別球団経営の寄せ集めであったなら、産業全体としての効果的な成長は見込めません。米国では、コミッショナーがリーグ経営の最高経営責任者(CEO)としてリーグ全体の資産価値を高め、付加価値を最大化する責務を負っており、チームの売却案件にまで目を光らせます。こうしたコミッショナー事務局の努力もあり、球団の資産価値は年々上昇し続けています。資産価値が上昇していれば、買い手は引く手あまたです。

 今回のケースで、MLBコミッショナーはドジャースの資金繰り難が決定的になった4月の時点で、その気になればこの「球界の最大利益」条項を発動して強権的にドジャースの経営権を剥奪し、マッコート氏に引導を渡すこともできたはずです。ここまでの経緯を見れば、マッコート氏の経営者としての資質に問題があるのは明らかです。しかし、MLBはシーファー氏を管理責任者として派遣するにとどまりました。

 実はMLBには“伝家の宝刀”が抜けない理由がありました。MLBは、“無血入城”を決め込み、ソフトランディングのシナリオを描いていたようですが、結果的にはそれが裏目に出てしまいます。6月の給与遅配が起こる直前、マッコート氏がチャプター11を申請してしまったのです。

 本来、連邦破産法11条とは、経営再建を目指して債務整理を行い、事業を再生させるためのものです。しかし、近年MLB球団によって行われるチャプター11の申請は、この目的とは別の思惑のもとで行われるケースが増えています。

 最近では、昨年5月にテキサス・レンジャーズが、一昨年7月にはシカゴ・カブスが球団売買に際してチャプター11を申請しましたが、いずれのケースも球団自身は健全経営を続けていました。両球団は、破綻した球団のオーナー企業の債権者が球団売買に横槍を入れることを防ぐために、戦略的に経営破たんという道を選んだのです(両球団とも球団売買成立後、すぐにチャプター11から脱している)。実際に球団経営が行き詰って破たんし、チャプター11を申請したケースは、1993年のボルチモア・オリオールズにまで遡ると言われています。

 では、MLBはなぜ「球界の最大利益」条項という“伝家の宝刀”を抜けなかったのでしょうか。また、マッコート氏は土壇場になって、なぜ球団経営の主導権を破産裁判所に握られるリスクを冒してまで、破産法11条を申請したのでしょうか。この謎については、次回のコラムで解き明かしていきます。

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