1. コラム

野球で人を集めない“夏祭りモデル”

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のメジャーリーグに引き続き、今回のコラムではマイナーリーグのボールパークをご紹介しながら、マイナー独特のビジネスのあり方を併せて解説しようと思います。

 マイナーリーグについては、以前「知られざるマイナーリーグの人材育成システム ~才能の埋没を許さないユニークな競争環境構築」にてその独特の人材育成システムについてご紹介しました。そこでも少し解説しましたが、まずボールパークの話に入る前にマイナーリーグの構造やその特徴について簡単にご説明しておこうと思います。

マイナーリーグの基本構造

 マイナーリーグは最下層の「ルーキー・リーグ」からメジャー直前の「トリプルA」まで7階層に分かれており、各階層のチームにはそれぞれ登録選手枠の上限(ロースター・リミット)が設けられています。この7階層全てのレベルでチームを保有しなくても良いのですが、最大で250名のマイナーリーガーを保有することができることになっています(下図)。つまり、40人のメジャー一軍枠を巡って300名近い野球選手がしのぎを削ることになるのです(ちなみに、日本のプロ野球の場合、一軍と二軍を合わせた支配下登録選手の上限は70名)。

こうした7階層に分かれて存在するマイナー球団が、全米各地で地域リーグを構成しており、リーグ戦を展開しています。例えば、トリプルAであれば東海岸に「インターナショナル・リーグ」(14チームが所属)、西海岸に「パシフィックコースト・リーグ」(同16チーム)、メキシコ国内に「メキシカン・リーグ」(同16チーム)の3つのリーグが存在し、同一リーグ内で公式戦を開催しています。国土が広いアメリカでは、地域ごとにリーグを組織してリーグ戦を行う方が経営規模の小さいマイナーでは合理的なのです。こうした地域リーグがマイナー7階層に19存在し、合計243チームが所属しています(下表)。

■各マイナーリーグの所属リーグとチーム数

レベル所属リーグ(チーム数)合計チーム数
トリプルA・インターナショナル・リーグ(14)
・パシフィックコースト・リーグ(16)
・メキシカン・リーグ(16)
46
ダブルA・イースタン・リーグ(12)
・サザン・リーグ(10)
・テキサス・リーグ(8)
30
アドバンストA・カリフォルニア・リーグ(10)
・カロライナ・リーグ(8)
・フロリダステート・リーグ(12)
30
シングルA・サウスアトランティック・リーグ(16)
・ミッドウェスト・リーグ(14)
30
ショートシーズンA・ニューヨークペン・リーグ(14)
・ノースウェスト・リーグ(8)
22
ルーキー・アドバンスト・アパラチアン・リーグ(10)
・パイオニア・リーグ(8)
18
ルーキー・アリゾナ・リーグ(11)
・ガルフコースト・リーグ(16)
・ドミニカン・サマリーグ(33)
・ベネズエラン・サマーリーグ(7)
67

総合計

243

 日本の人口が約1億2000万人、米国が約3億人ですから、人口をベースにした単純比較で米国の市場規模は日本の約2.5倍ということになります。これを補正してメジャー・マイナーの球団数を日本に置き換えると、日本国内でメジャー12球団(実際は30球団)の傘下に97のマイナー球団(同243球団)が存在するというイメージになります。

 奇しくも補正後のメジャー球団数は日本のプロ野球球団数と同じ12となるので分かりやすいのですが、日本では12球団しかない二軍(マイナー)の球団が、その8倍以上の規模で存在することになります。いかにマイナー球団の裾野が広いかがお分かり頂けるのではないでしょうか。

侮れないマイナーリーグの集客力

 現在、メジャーリーグ(MLB)は球場から15マイル(約24km)以内を各球団の独占テリトリーとして定めており、原則としてメジャー及びマイナー球団が許可なくこのエリア内で事業を行うことが禁じられています。つまり、大部分のマイナー球団はマーケットの小さい中小都市にフランチャイズを置かざるを得ない立場にあるわけです。

 では、マイナー球団はメジャー球団と比較してどの程度の集客力を有しているのでしょうか? 以下は、今シーズンのメジャーリーグ及びマイナーリーグの観客動員数をまとめたものです。

■メジャーリーグ/マイナーリーグの観客動員数(2011年公式シーズン)

レベル平均観客動員数(1試合)総観客動員数

メジャーリーグ
30,36673,425,568
ダブルA4,4198,920,995
アドバンストA2,3394,679,991

マイナーリーグ
シングルA3,5697,109,216
ショートシーズンA3,3172,663,877
ルーキー・アドバンスト1,505939,316

 表を見て分かるように、1試合平均約3万人の観客動員を誇るMLBに対し、マイナーではトリプルAが6000人強、ダブルAでは4000人強、シングルAで3000人前後の集客と、階層が下がるにつれて観客動員も減る傾向にあります。マイナーリーグ全体でならすと、平均約4000名ということになるのですが、年間約1万試合あるスポーツが平均4000名の観客を動員するというのは、実はバカにできない集客力です。日本のプロ野球の二軍や独立リーグであるBCリーグの平均観客数がいずれも約1000名、同じく独立リーグの四国アイランドリーグが約600名ですので、これを考えてもマイナーリーグの集客数が侮れないことが分かります。

 では、マイナーリーグの集客力の秘密は何なのでしょうか?

野球で集客しようとは考えない

 マイナーリーグ球団や独立リーグ球団は、野球の競技レベルだけではMLBとは比較にならず、プレーの質だけでお客さんを呼び込むには限界があります。そのため、程度の差こそあれ、どのマイナー球団もMLBの提供する「高価な野球観戦」とは対極にある、「手頃な娯楽」としてのポジションで差別化を図っています。

 分かりやすいイメージで言えば、夏祭りの雰囲気とでも言いましょうか。夏祭りには、メインの盆踊りがある以外に、金魚すくいやたこ焼き、カキ氷、射的など多くの出店が集ることで全体として楽しげな雰囲気を作り出しています。1つのイベントで集客しようと考えるのではなく、複数のイベント・プロモーションを使って総体として楽しげな雰囲気を作り出すのです。

 盆踊りだけだったら足を運ばない人でも、多くの出店やイベントが1箇所に集ることで「あそこに行けば何となく楽しそう」「誰かに会えそう」という気持ちにさせるのです。マイナーもこれと同じ発想で、野球だけで集客しようとするのではなく、その周辺に多くのアトラクションを同居させることでファンを惹きつけるのです。

 例えば、MLBテキサス・レンジャーズ傘下のトリプルA球団で、所属するパシフィックコースト・リーグでトップの集客(1試合平均8587名)を誇るラウンドロック・エクスプレスのホームスタジアム=デル・ダイヤモンド(パソコンメーカーのデルが命名権を取得)は、まさに夏祭り会場のようなスタジアムです。球場自体は座席数8700で外野席のない典型的なマイナーリーグのボールパークですが、球場内はファンを飽きさせないアトラクションで満ちています。

ライトスタンドのポール際にはピクニックエリアが設けられており、シートに座って仲間と談笑したり、プールに入りながら野球観戦を楽しむことも出来るようになっています。野球観戦に訪れるというより、ピクニックを楽しむ後ろで野球をやっていると言った方が良いかもしれません。

 ライトスタンドの後ろには子供用の遊戯コーナーがあり、ロッククライミングやバスケットボールができるようになっています。野球場にバスケットコートを設置するという感覚は、日本ではともすると邪道と考えられてしまうかもしれませんが、マイナーリーグでは常識の範囲内ということになります。

 レフトスタンドにはロッキングチェアが置いてあり誰でも使用することができるようになっているほか、内野席にはWiFiが飛んでいて、パソコンや携帯端末を持参すれば試合中にレンジャーズの試合を見ることも可能なのです。巣立っていった選手のメジャーでの活躍を見ることができるのは、マイナーファン冥利に尽きるところでしょう。

 野球で勝負しようと思っていないマイナーリーグでは、そもそも3時間席にじっと座って野球観戦するという前提でスタジアムがデザインされていないのです。こうしたもろもろのアトラクションで1試合中遊びまわって7ドル(バックネット裏でも14ドル)なら、足を運んでみても悪くないと思ってしまいますよね。

子供の夢を育む場所

 もう1つ、別のマイナー球団の面白い取組みを紹介させて下さい。前回紹介したMLBバルチモア・オリオールズの傘下のシングルA球団、アバディーン・アイアンバーズです。アイアンバーズは、現役時代をオリオールズ一筋で過ごし、MLB歴代1位となる2632試合連続出場を記録したカル・リプケン・ジュニア氏によって保有される球団としても知られています。

 アイアンバーズもシングルAではトップの集客を誇る球団として知られており、そのノウハウを他のマイナー球団にレクチャーするほどなのですが、私が紹介したい同球団の取組みは球場外にあります。アイアンバーズは球場横の敷地に「リプケン・アカデミー」と呼ばれる少年野球施設を持っているのですが、これが野球少年の夢をくすぐる素晴らしいものなのです。

 アカデミー内には大小8つの野球場が設置されているのですが、それぞれMLBの有名球場を似せて作ってあるのです。例えば、一番大きな球場はカムデンヤーズそっくりに作られており、ライトスタンド奥にレンガ造りの建物(実はホテル)が建っています(前回のコラムの写真と比べてみて下さい)。この球場で試合をした子供達は、カムデンヤーズでプレーする将来の自分の姿を夢見ることでしょう。

 また、これ以外にもグリーンモンスター(レフトにある高さ約11.3メートルの巨大フェンス)で有名なボストン・レッドソックスのフェンウェイ・パークや、レンガ造りでツタの絡まる外野フェンスで有名なシカゴ・カブスのリグレー・フィールド、ヤンキースタジアムを真似た球場などがずらりと並んでいます。まさに子供達にとって夢のフィールド(フィールド・オブ・ドリームス)になっているのです。

「オリオールズ傘下の球団なのに他球団の宣伝に手を貸すのはいかがなものか?」などと野暮なことは言いません。ここは子供達の夢を育む場所なのですから。

 次回は独立リーグのボールパークをご紹介します。

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