1. コラム

もう“第二のダルビッシュ”は見られなくなる?

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 今年のオフも日本球界から米メジャーリーグ(MLB)への人材流出が止まりません。

 ポスティング制度を通じて、現在日本球界最高の投手の一人とも言われる北海道日本ハムファイターズのダルビッシュ有選手の独占交渉権を、テキサス・レンジャーズが松坂選手を上回る5170万ドル(約40億円)もの史上最高額の入札金で獲得したというニュースは先週、日本中を駆け巡りました。埼玉西武ライオンズの中島裕之内野手や東京ヤクルトスワローズの青木宣親外野手も同制度を利用してのメジャー移籍を目指し、中島選手の交渉権はニューヨーク・ヤンキースが、青木選手はミルウォーキー・ブリュワーズが取得しました。

 また、フリーエージェント権を行使してMLB球団との交渉を進めていた福岡ソフトバンクホークスの和田毅投手がバルチモア・オリオールズ入りを決めたほか、同じくホークスの川崎宗則内野手や、昨年ポスティングシステムを利用したものの日本球界に残留した東北楽天ゴールデンイーグルスの岩隈久志投手も、FA選手としてMLB移籍を目指していると言われています。

 今や、日本球界で一定の成功を収めたトップ選手が更なる飛躍を求めてMLBに挑戦する姿は、オフシーズンの見慣れた光景になりました。しかし、こうした日本人のMLB移籍に大きな影響を与える可能性のある動きが、現在米球界の水面下で静かに起こっています。“国際ドラフト構想”です。

 MLBでは先月末に新たな労使協定が締結されましたが、その決定に従い今月15日に、国際ドラフト導入を検討する「国際タレント委員会」が設置されました。国際ドラフトとは、MLB球団に入団する全ての海外選手をドラフト制度で指名するというもので、仮に例外なくこれが実施されると日本人選手も今のように比較的自由にMLB球団に移籍することができなくなります。

 今回のコラムでは、国際ドラフト構想が生まれた背景や新労使協定に盛り込まれた布石とも言える変更点、それが日本球界に及ぼす影響などについて考えてみようと思います。

大荒れとなった2011年の米国プロスポーツ界

 2011年は米国プロスポーツ界にとって異例の年でした。「松井もイチローも見られなくなる? ~米国スポーツが一斉にシーズン中止という“2011年問題”」で詳述しましたが、米国4大プロスポーツの労使協定が全て今年中に失効することになっていたのです。ストライキやロックアウト(球団経営者による選手の締め出し)などの労働争議は決まって労使協定の切れ目に起こるため、米国プロスポーツが一斉にシーズンを中止するという最悪の事態も懸念されました。

 そして、2011年の米スポーツ界は最悪のシナリオに向かって進み始めていました。3月に労使協定が失効した米プロフットボールリーグ(NFL)が、労使交渉の決裂でロックアウトに突入したのです。次いで6月に協約が満了した米プロバスケットボール協会(NBA)も交渉が決裂してロックアウトに突入してしまいます。米スポーツ界で2つのメジャースポーツが同時にロックアウトに突入したのは前例のないことでした。

 結局、NFLのロックアウトは7月に解除され、公式戦が中止になるという最悪の事態は回避されましたが、対照的にNBAは10月のシーズン開幕に間に合いませんでした。NBAのロックアウトは11月末にようやく解除されましたが、公式戦の短縮を余儀なくされました(81試合から66試合に短縮して12月25日に開幕した)。

 先行したNFLとNBAの労使交渉が大荒れになったこともあり、12月11日に労使協定が失効するMLBの動向に注目が集まりましたが、MLB労使は協約の失効を待たずに11月22日に新労使協定の締結を発表しました。NFLとNBAの労使がファンを人質にとっての大芝居を打っていただけに、肩透かしを食ったような印象も受けましたが、中身を確認してみると新協定には大胆な改革案がいくつも盛り込まれていました。

 2012年シーズン終了後の退任を表明しているMLBコミッショナーのバド・セリグ氏にとって、今回の労使協定策定は事実上最後の大仕事でした。つまり、新協定は彼の業績を評価する上での最大のアウトプットになります。1994-95年のストライキでMLBの“冬の時代”を経験しているセリグ氏だけに、今回の労使協定で球界改革にかける思いも人一倍強かったのかもしれません。

改革案のたたき台となった“ブルーリボン・レポート”とは?

 実は、今回の新協定に盛り込まれている改革案には、その下書きになっている調査レポートが存在します。「球界経済学に関するコミッショナー直轄のブルーリボン委員会の独立メンバーによる報告書」(通称“ブルーリボン・レポート”)がそれです。

 このレポートは、セリグ氏がMLBの経営状況を主に戦力均衡の視点から調査させる目的で1999年に設置した調査委員会「ブルーリボン・パネル」による報告書で、18ヶ月に及ぶ調査の結果を踏まえて2000年7月に提出されたものです。パネルには、米連邦準備理事会の元議長ポール・ボルカー氏や、経済学者でありイエール大学学長のリチャード・レビン氏、元上院議員でその後球界の薬物疑惑を調査した「ミッチェル・レポート」でその名を馳せたジョージ・ミッシェル氏、ピューリッツアー賞ジャーナリストのジョージ・ウィル氏らそうそうたる顔ぶれが並んでいます。

 「リーグを挙げて“箱ものビジネス”をアップグレード ~MLBの成長戦略を支えた“共有サービス”の思想」でも述べたように、MLB経営は4大スポーツの中では決して盤石とは言えません。むしろ、球団間の経営規模の格差が大きく開いており、戦力均衡が実現されていないリーグとして評価されている位です。1903年に設立されたMLBは、伝統的に既得権が球団に分散しており、「リーグ全体での共存共栄」という発想が希薄なリーグでした。しかし、1994-95年のストライキにより2割以上の観客が球場から姿を消し、危機感を募らせたMLBは球団の既得権にもメスを入れる聖域なき改革を断行することになります。

 これにより、1996年に更改された労使協定には収益分配制度や課徴金(ぜいたく税)制度の導入など、球団の既得権にも手を入れる重要な変更が加えられることになりました。ブルーリボン・パネルの調査には、こうした制度改革の成果を評価するという役割も期待されていたのです。

 ブルーリボン・パネルが最終報告書にて行った指摘や提案は非常に踏み込んだ内容のものでした。パネルは、「球界では経営規模の格差が拡大しつつあり、それが戦力不均衡に結びついている」と現状を評価した上で、「戦力不均衡はストライキ以降も悪化しており、1996年の制度改革では対策として不十分」と断じ、問題解決のために3つの観点から具体的な提言を行いました。

 第1に、収益分配機能の強化です。分配比率の増大、課徴金制度の維持、リーグ収入の強化などの具体案が提案されました。第2に、ドラフト改革です。アマチュア選手がサインを拒んで翌年のドラフトで再指名を狙うことをやめさせること、プレーオフ進出チームをドラフト第1巡から除外すること、ドラフト選択権のトレードを認めることなどが提案されました。全ての海外選手を対象とした国際ドラフトの実施も、実はここで出てきたアイデアです。第3に、戦略的球団移転の検討です。この部分はかなり露骨な提案なのですが、要は収益性を好転させる新球場を手にできるなら積極的に球団移転を行えというものです。

 1つ目の提言は2002年に更改された労使協定や、インターネット・国際収入のリーグ集約(結果的に各球団に均等分配される)という形で実現されて行きました。また、3つ目の提言についても、「チームと都市のパワーゲーム(上)~“球団移転”という究極の経営効率化」で紹介したモントリオール・エクスポズのリーグ保有・ワシントンDC移転に象徴されるように、地元自治体とのパワーゲームが積極的に展開されるようになりました。

 そして、最後に残った2つ目の提言が10年以上の時を経てようやく2011年の労使協定に盛り込まれたというわけです。

国際ドラフト構想は改革の本丸

 MLB労使が今回締結した労使協定では、ドラフト制度について以下の3つの大きな変更が加えられています。

1)ドラフト指名選手の契約金に事実上の上限を設定
2)低収入球団のみを対象にした「戦力均衡ドラフト」の創設
3)国際ドラフトの布石となる検討部会「国際タレント委員会」の創設

 ドラフト制度とは戦力均衡の実現と契約金高騰の抑制の目的でNFLが1936年に初めて導入した制度で、MLBも1965年に導入しています。ドラフト制度は戦力均衡に大きく寄与しました。米エコノミストでスミスカレッジ教授のアンドリュー・ジンバリスト氏によると、MLBにおける「勝率の標準偏差」(米国で最も一般的とされる戦力均衡の指標で、平均勝率から各チームの勝率がどれだけ離れているか、そのばらつきの大きさを示す値)は1965年の逆順ドラフトの導入を境に大きくその値を下げ、1977年のフリーエージェント制度の導入により更に値を下げているといいます。

 しかし、1990年代以降、ドラフト制度の形骸化により戦力格差が再び拡大していきました。その大きな要因が、ドラフト対象とならない外国人選手の増加です。

 現行のドラフトで対象となるのは米国人、カナダ人、プエルトリコ人(そして、米国の大学に入学した外国人)だけです。これ以外の外国人選手は、どの球団とも交渉できるフリーエージェントとして扱われることになるため、経営規模の大きな球団が選手獲得上有利となります(現在、MLBと初めて契約を結ぶ選手の約4割、1軍入りした選手の約4分の1がドラフトを経ていない選手だと言われている)。

 ドラフト外外国人選手がMLBで活躍しだすと、状況は更に悪化しました。こうした選手の契約金が高騰すると、ドラフトで指名されたアマチュア選手も高額の契約金を要求するようになったのです。ドラフト第1巡指名選手の契約金の中央値(メジアン)は、1990年の22万5000ドルから2000年には178万ドルにまで跳ね上がりました。そして、遂には選手が望んだ契約金をもらえないため契約を拒み、ドラフトしたチームが選択権を失うという事態も起こるようになったのです。

 例えば、今季ボストン・レッドソックスでプレーしたJ・D・ドリュー選手は、フロリダ州立大学時代に1年生からレギュラーで活躍し、アトランタオリンピックの代表メンバーにも選抜されるようなエリート選手でした。ドリュー選手は1997年のドラフトで第1巡(全体2位)にてフィラデルフィア・フィリーズから指名されますが、「1100万ドル以上でないとサインしない」と公言していた同選手の代理人=スコット・ボラス氏は、フィリーズの提示した300万ドルという契約金に納得せず契約締結を留保、結局フィリーズは指名権を失ってしまいました(同選手は1年間独立リーグでプレーした後、翌年のドラフトでセントルイス・カージナルスに指名を受け、契約した)。

 こうした事態が起こるようになると、低収入チームは有望新人選手とは契約できないと考え、指名権を失うことを恐れて有望選手の指名そのものを見送るようになりました。高収入チームは、ドラフト選択順で下位であっても、ドラフト外の海外選手と同様に国内有望選手をも手中に収めていくようになったのです。こうしてドラフト制度は形骸化し、戦力バランスが悪化していったのです。

 新労使協定でのドラフト改革はこうした背景を踏まえたものになっています。まず先述1)の契約金上限の設定ですが、次のドラフトから各球団の指名上位10選手の契約金総額が固定されることになり、これを超過すると罰則が課せられることになりました。これは、先のドリュー選手のようなマネーゲームを起こりにくくさせるためです。

 また、2)の戦力均衡ドラフトですが、これは球団収入と球団市場規模の下位10球団にだけ追加ドラフト指名権を与えるというもので、ドラフトの1巡と2巡の間に実施されることになります。要は、選手獲得で不利な“貧乏球団”にだけ良い選手を指名できる機会を特別に与えるというものです。

 このように、MLBは新労使協定にて、マネーゲーム化して形骸化しつつあったドラフトを、本来の戦力均衡に資する制度に戻すための改革を大胆に取り入れることになりました。国際ドラフト構想も、「ドラフト外外国人選手の増加による戦力不均衡の拡大」という本質的問題点にメスを入れることが目的です。

高額契約は過去のものに?

 冒頭でもお伝えしましたが、MLB労使は今月15日に将来的な国際ドラフトのあり方を検討する「国際タレント委員会」を設置しました。これは、日本ではあまり報じられていないようですが、日米の選手移籍に大きなインパクトを生む可能性のある動きです。委員会は労使双方から選出された4名ずつのメンバーから構成されており、今後月2回の頻度で以下の点を含む検討課題について協議を重ねていくとされています。

  • 国際ドラフトを行う場合は、現行ドラフトに統合すべきか、別途行うべきか
  • 年齢制限(最低必要年齢)を設けるべきか否か
  • ドラフト対象前の外国人選手の育成をどのように行うか
  • 既に選手移籍に関する協定の存在する日本や韓国、台湾の野球界とどのように交渉すべきか
  • 海外選手の代理人をどのように管理・規制するか
  • 各国の法規制と照らし合わせて問題ないか

 また、新協定にもこれに合わせて重要な変更が加えられています。来年(2012年)のオフより各チームの海外選手との契約金総額に上限が設けられることになったのです。まず、初年度は各チームに海外選手との契約金総額の上限を290万ドルに定めた「契約金プール」が割り当てられます。そして、この総額を超えた場合は、超過額に応じて以下の厳しいペナルティーが課せられることになります。

超過額ペナルティー
5%まで・超過額に対して75%の課徴金の支払い
5~10%・超過額に対して75%の課徴金の支払い
・次年度における契約金50万ドル以上の外国人選手との契約を全て禁止
10~15%・超過額に対して100%の課徴金の支払い
・次年度における契約金50万ドル以上の外国人選手との契約を全て禁止
15%以上・超過額に対して100%の課徴金の支払い
・次年度における契約金25万ドル以上の外国人選手との契約を全て禁止

 契約金プールは、運用2年度以降は全年度の成績に応じて170万ドルから470万ドルの幅で変動する形になり、より成績の悪いチームが多額のプールを手にすることになります。これにより、下位チームの方が海外選手獲得により大きな資金を投じることができるようになるというわけです。

 今回の新協定では、国際ドラフトそのものの設置は見送られることになりました。新協定の期間は5年間ですから、国際ドラフトの実施は早くても次の労使協定が結ばれる2017年シーズン以降になりそうですが、まずは海外FA選手に対する自由交渉の枠組みの中で契約金に上限を設けるという形で規制が加わることになりました。これにより、来年度のオフから日本人選手のMLB移籍にも影響が生じることになります。

 これまで、MLBに移籍した日本人選手が結んだ新人としての最高契約は、ポスティング移籍では松坂大輔投手がボストン・レッドソックスと結んだ6年契約総額約5200万ドル(入札金はこれとは別に約5111万ドル)、FA移籍では福留孝介外野手がシカゴ・カブスと結んだ4年契約総額4800万ドルです。これらの契約に契約金がどの程度含まれているか正確には不明ですが、来年度から「契約金プール」が導入されることで日本人選手の契約総額は間違いなく減少する方向に動くはずです。

 さらに、国際ドラフトが本格的に導入され日本人選手もその対象になれば年俸の大幅な低下は避けられません。ポスティング制度やフリーエージェント移籍にも大きな影響が出てくるでしょう。冒頭でお伝えした史上最高の5170万ドルもの入札額を叩き出したダルビッシュ選手のような高額移籍はもう過去のものになるかもしれません。国際ドラフト導入の日本球界へのインパクトについては、次回のコラムで考えてみることにします。

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