1. コラム

バルシリー氏、またもや敗戦だが…

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、経営破たんした北米アイスホッケーリーグ(NHL)に所属するフェニックス・コヨーテスの米連邦破産法11条(いわゆる「チャプターイレブン」)申請が、チーム売買におけるリーグ機構による買い手審査をかいくぐる“抜け道”になってしまう恐れがあることを書きました。この件については、対岸の火事のように感じる読者も少なくないと思います。しかし、実は、日本のスポーツ界にとって、あまり他人事ではないのです。

 2004年、大阪近鉄バファローズが実質的に経営破たんしてオリックス・ブルーウェーブに吸収・合併されたことをご記憶の方も少なくないと思います。この際、堀江貴文社長(当時)が率いるライブドアがバファローズ救済(買収)に名乗りを上げたものの、「私の知らない人は入れるわけにはいかない」という球団オーナーの発言もあって、バファローズ買収は門前払いされた形になりました。

 しかし、今回のコヨーテスの一件でチーム移転が認められてしまえば、リーグ機構による移転の審査機能は有名無実化します。多少強引な例えかもしれませんが、もしこの裏技が2004年の日本野球界再編騒動で使われていたら…。つまり、「大阪近鉄バファローズが民事再生法を申請していたら、大阪ライブドア・バファローズが誕生していたかもしれない」という話になってしまうのです。

 その注目の判決が6月15日に下されました。

「チーム移転拒否は、自由なビジネスを阻害する」

 判決内容をご紹介する前に、そもそも「球団移転は誰の権利なのか?」について考えてみましょう。

 訴訟大国・米国では、こうしたリーグ経営におけるリーグ機構とチームの権利範囲が訴訟によって明らかにされているケースが少なくありません。球団移転も例外ではありません。

 1980年、米ナショナル・フットボールリーグ(NFL)ロサンゼルス・ラムズは老朽化が進むホームスタジアム、ロサンゼルス・メモリアル・コロセウムを見限り、隣接するアナハイム市にあるアナハイム・スタジアムを本拠地として使う決定を下しました。

 これに目をつけたのは、同じくカリフォルニア州オークランドに本拠地を置くオークランド・レイダースのオーナー、アル・デイビス氏でした。レイダースは、オークランド・アルマダ郡コロセウムを使用していたのですが、スイートボックスなどの高収益座席からの収益分配がなく、実入りのよい“新しい宿”を探していたのです。これに対し、ラムズに去られたロサンゼルス・メモリアル・コロセウムは、“新しい主人”を招き入れるべく、レイダースにスイートボックスからの収益配分を約束し、デイビス氏は移転を決断します。

 しかし、NFLがこれに「待った」をかけます。いくら今まで同じカリフォルニア州に本拠地を置いていたチーム同士とはいえ、オークランドとロサンゼルスは約360マイル(約600キロメートル)離れています。600キロメートルといえば、東京-神戸を上回る距離です。これは、横浜スタジアムとのリース契約で苦しむ横浜ベイスターズが(オリックス・バファローズが専用球場として使わなくなった)スカイマークスタジアムに移転してくるようなもので、NFLとしてはオークランドのマーケットを失うことになり、ラムズにしても突如マーケットが半分になるようなものです。NFL全体の共存共栄を考えた場合、レイダースの移転は好ましくないと考えたのです。

 NFLはオーナー会議で、レイダース移転について賛成0、反対22、棄権5で移転を拒否します。これに対し、デイビス氏は反トラスト法(日本の独占禁止法に当たる)違反でNFLを訴えました。「NFLの決定はチームの自由なビジネスを阻害する」というのが、その理由です。先ほどの日本で置き換えた例で言えば、神戸移転を拒否された横浜ベイスターズが日本プロ野球組織(NPB)を訴えたイメージです。

チーム勝訴=リーグ敗訴ではない!?

 裁判では、デイビス氏が勝訴しました。結果だけ聞くと、リーグによる球団移転審査の権利が認められなかったようにも見えますが、そうではありません。

 裁判所はこの訴訟において「合理の原則(Rule of Reason)」という考え方を採用しました。これは、裁判所が制度の是非を問う時に、競争抑制的な面と競争促進的な面を比べ、「前者が後者よりも大きい場合のみ違法とする」という判断基準です。

 結局、裁判所は、NFLがレイダースの自由な商業活動を阻害しているうえ、ラムズのロサンゼルス市場独占にも手を貸しており、NFLの「球団移転ルール(移転に4分の3以上のオーナーの同意が必要)」は競争抑制的な性格が強いとして、反トラスト法違反の判断を下しました。

 結果的にチーム側が勝訴した裁判となりましたが、裁判所は、リーグ機構がチームのフランチャイズの場所をコントロールすることを禁じたわけではありません。むしろ裁判所が明らかにしたのは、そういったコントロールが適切に運用されていれば、「合理の原則」からリーグ機構がチーム移転を拒否できる可能性を残すものでした。

4者入り乱れての泥沼劇

 話をコヨーテスに戻しましょう。

 コヨーテスの売買を巡っては、現オーナーのジェリー・モイズ氏(売り手)、携帯端末「ブラックベリー」を開発するカナダのリサーチ・イン・モーションの共同経営者で、億万長者のカナダ人ジム・バルシリー氏(買い手)、NHL(リーグ機構)、グレンデール市(自治体)による4者入り乱れての泥沼劇に発展していました。

 それぞれの立場と主張を整理してみると、以下のようになります。

ジェリー・モイズ氏(売り手)
2005年にチームの筆頭オーナーになって以降、毎年3600万ドル(約36億円)以上の赤字を出し続けており、これ以上のチーム経営継続は難しい
コヨーテス債権者の最大利益のために、チーム売買をできるだけ速やかに終えたい(早くバルシリー氏に売りたい)
チャプターイレブン申請によりグレンデール市とのリース契約は無効にでき、破産裁判所の判断で移転を前提としたチーム売却をリーグ機構の許可なく実施できる
ジム・バルシリー氏(買い手)
コヨーテスの破綻に際し、2億1250万ドル(約212億円)での球団買収を提案
現在フランチャイズを置くグレンデール市での収益化は困難であり、カナダのオンタリオ州ハミルトンへの移転を既定路線としている
球団移転は、財政難に見舞われたチームの権利である
NHL(リーグ機構)
コヨーテスのチャプターイレブン申請は不必要であり、リーグによる審査の抜け道を見越した意図的な行動である
チャプターイレブン申請下でも球団売却にはリーグ機構による承認が必要
買い手はバルシリー氏以外にも複数おり、コヨーテスはそうした選択肢をすべて熟慮すべき
グレンデール市(自治体)
新アリーナの建設費2億2000万ドル(約220億円)のうち1億8000万ドル(約180億円)を捻出
コヨーテスと30年のリース契約を結んでおり、投資回収を目論んでいた
チャプターイレブン申請後もリース契約は有効であり、チーム移転は許されない

 連邦破産法11条は、裁判所の許可の下で管財人が契約の相手当事者の意向にかかわらず自由に資産を処理することを認めており、モイズ氏とバルシリー氏はこれに基づいて「裁判所が許可すればコヨーテスはリーグ機構の承認がなくても移転できる」として、裁判所に球団売買と移転許可を求めていました。

 これに対して、NHLは「こんな訴えが認められたらリーグ経営が大混乱に陥る」として、その差し止めを求めていました。グレンデール市も、球団移転はリース契約違反だとして、NHLとともに徹底抗戦の構えを見せていました。

 いよいよ注目の判決ですが、結果から言うと、今回、破産裁判所はバルシリー氏へのチーム売却を認めませんでした。理由は、バルシリー氏が設定した6月29日の買収期限は「今回の複雑なチーム買収案件を精査するには期間が短すぎ」、さらに破産手続きにおいてコヨーテスとNHLとの間に「“誠意ある議論”(Bona-fide dispute)が認められない」というものでした。

裁判で負けてもチーム買収をあきらめない

 裁判所は「確かに連邦破産法11条363項は、NHLの意向にかかわらず管財人がコヨーテスを自由に売却することを認めている」としながらも、「その前提として、NHLの利益について“誠意ある議論”が必要である」が「バルシリー氏は単にNHLに移転申請を行っただけであり、そこに“誠意ある議論”があったとは認められない」と、363項の適用を認めなかったのです。

 また、チャプターイレブン申請下にてアリーナとのリース契約が有効かどうかの点については、「(球団売買の承認に関する)審理を却下したため、その点については判断しない」として明確な判断を避けました。とはいえ、実質的にバルシリー氏の主張は却下され、“3度目の正直”とはなりませんでした。

 こうして移転を前提とした球団買収を破産裁判所に却下されたバルシリー氏ですが、全くへこたれる様子はありません。氏は代理人を通じて「引き続きNHLとは移転を視野に入れた球団買収について話し合いを続けていく」という声明を出しています。果たして、今後NHLとの間に“誠意ある議論”は交わされるのでしょうか?

 NHL側はチームのフェニックス存続に全力を挙げる構えを見せています。NHLは、米大リーグ機構(MLB)シカゴ・ホワイトソックスと米プロバスケットボール協会(NBA)シカゴ・ブルズのオーナーであるジェリー・レインズドルフ氏をはじめ、4つの買収候補が名乗りを上げているとしていますが、いずれの買収提示額もバルシリー氏を1億ドル(約100億円)以上下回ると言われています。

 今回、破産裁判所は9月にチームのフェニックス存続を前提とした競争入札を行うように関係者に命じています。そこで適切な買収者が見つからない場合は移転を前提とした2度目の入札が実施される予定です。バルシリー氏がチーム移転に成功する確率もまだゼロとは言い切れず、今後の展開も予断を許さないものになりそうです。

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