1. コラム

米国で急拡大、ユーススポーツビジネスの不安

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 日本も優勝候補の常連として知られる「リトルリーグ・ワールドシリーズ」(LLWS)。清宮幸太郎選手らの活躍などで聞き覚えのある方も多いでしょう。LLWSは11~13歳の子供たちが参加する、リトルリーグの世界選手権大会です。世界中から激戦を勝ち抜いた8カ国の代表チームと米国各地区を代表する8チームが、リトルリーグ発祥の地であるペンシルバニア州ウィリアムズポートで約10日間にわたり世界一を争います。

 1963年からABCがテレビ中継を行っていましたが、当初は決勝戦のみの放映でした。しかし、人気の高まりとともに、今では第一ラウンドから全試合が放映されています。好カードともなれば、同日のMLBの試合を視聴率で上回ることもあるくらいです。現在、LLWSの放映権を持つESPNは2022年まで8年契約で総額6000万ドル(約66億円)もの権利料を支払っています。小学生によるたった10日間の野球大会に、これだけの巨額のマネーが動いているのです。

 米国でプロスポーツに次ぐ存在として、大学スポーツ(NCAA)がよく挙げられます。その市場規模は100億ドル(約1兆1000億円)にも及ぶと見られており、日本もこれを参考に政府肝煎りで大学スポーツのビジネス化(日本版NCAAの創設)が推進されています。

 しかし、実はアメリカで大学スポーツを凌駕する巨大マーケットが近年急速に出現しています。それが、ユーススポーツ(高校生以下を対象にしたスポーツ)です。調査会社のWinterGreen Researchによれば、現在の米国におけるユーススポーツの市場規模は約153億ドル(約1兆6830億円)。大学スポーツの市場規模を優に超え、世界最大のプロスポーツリーグNFL(米プロフットボールリーグ)を上回る規模です。

 今回のコラムでは、米国で成長著しいユーススポーツビジネスの現状や成長の背景、問題点などについて解説してみようと思います。実は学生スポーツのビジネス化はパンドラの箱です。市場主義は経済合理的なメカニズムは提供しますが、社会道徳や倫理観など教育的価値を必ずしも尊重するものではありません。大学スポーツで起こったことは、そのまま低年齢化して歯止めが利かなくなる恐れもありますので、注意が必要です。


カメラが来るぞ、用意はいいか?

 まずはこの動画を見て下さい。コマーシャルなのですが、何のCMだか分かりますか?

 実はこれ、MSG Varsityという高校スポーツに特化したテレビ局のCMです。文字通り、1日24時間、高校スポーツに関する番組をノンストップでオンエアしています。

 MSGは、“世界で最も有名なアリーナ”として知られるマンハッタンのMadison Square Gardenや、NBAニューヨーク・ニックス、NHLニューヨーク・レンジャース、スポーツ専用テレビ局MSG Networkなどを保有する米国最大のスポーツ複合企業の1つとして知られ、その売り上げは13億ドル(約1430億円)を超えます。そのMSGが2009年からスタートさせたのが、このMSG Varsityです。

 CMの途中に出てくるタグライン(強烈なメッセージ)「The Cameras are Coming, Get Ready」(カメラが来るぞ、用意はいいか?)が象徴的ですが、今までテレビとは縁のなかった高校スポーツも普通にテレビ中継される時代が来たということです。高校スポーツにもビジネスの波がやって来たのです。


低年齢化を進めた“モノ言う株主”とは?

 米国でスポーツビジネスの低年齢化が大きく進展したのはここ10年弱の話なのですが、そのきっかけは意外なものでした。日本では“リーマン・ショック”として知られる、あの世界的金融危機です。

 金融危機に際し、米国政府は金融機関を救済するために7000億ドル(約77兆円)もの巨額の公的資金を投入しました。これにより、連邦政府から州政府やその下の地方自治体に回される補助金が大幅に削減されたのです。

 地方自治体による住人サービスの中でも、警察や消防、教育機能などは削ることができませんから、補助金削減の直撃を受けたのが地域スポーツでした。従来まで、リトルリーグなどの地域のユーススポーツでは、競技の備品(ボールやバット、ユニフォーム、スパイクなど)は補助金で賄われていたそうです。補助金の減額により、代わりに子供の親がその出費を強いられることになりました。

 金を出せば口も出したくなるのが人間の心理です。これにより、親がユーススポーツの“モノ言う株主”になってしまったのです。「大切な我が子に少しでも高いレベルのスポーツ教育を受けさせてあげたい」。こうした子を思う親の気持ちが、スポーツビジネスを低年齢化させる原動力になっています。日本で起こっている受験戦争の低年齢化のような現象が、米国ではスポーツ界で起こっているのです。


ユーススポーツで数百億円規模の町おこし

 「より専門的なスポーツ教育を、より早く受けさせる方が選手として大成し、プロになれる、あるいはプロまで行かなくとも大学に奨学金で通える可能性が高まる」と親は考えます。この結果、何が起こったか。

 まず、子供が小さい時から1つの競技に絞って専門的なコーチングを受けさせるようになります。米国といえば、スポーツはシーズン制を採用していることで知られていました。春から夏に掛けては陸上や野球、秋から冬はアメフトやバスケといった具合に複数競技を掛け持つのが普通でした。でも、最近のユーススポーツの世界では競技を1つに絞る「Specialization」(専門化)が進展しています。

 顧客(親)からの期待に応えるように、より高いレベルでの競技環境を求めて全米中を遠征するようなユースチームも増えてきています。また、こうしたチームを招致するために、子供専用のスポーツ複合施設を建設して町おこしをするような自治体も見られるようになりました。

 例えば、人口3万人ほどのインディアナ州ウェストフィールドという名もない町は、2014年に7000万ドル(約77億円)の公債を発行して資金調達し、400エーカー(東京ドーム約34個分の広さに相当)の土地に複合スポーツ施設「Grand Park Sports Campus」を建設しました。ここには26の野球場や31の多目的フィールドをはじめ、ラクロス競技場や屋内競技場などのユーススポーツ施設がまとめて設置されています。ウェストフィールドは当初マイナーリーグの球団招致を考えていたようですが、ユーススポーツのほうが収益性が高いとみて施設建設に踏み切ったそうです。

出所:Grand Park Sports Campus

 遠征には親も同行しますから、こうした施設の周辺にはホテルやレストランなども併設されるようになります。2016年にはウェストフィールドに120万人が訪れ、1億4500万ドル(約160億円)の経済効果がありました。

 こうしたウェストフィールドのような町がMLBのキャンプ地さながらにユーススポーツを招致するようになった結果、「ユーススポーツツーリズム」と呼ばれる新たな産業分野が出現するようになりました。


プロさながらに拡大するユーススポーツ

 ところで、日本でも加熱する受験勉強による様々な弊害が指摘されているように、米国でもこうした行き過ぎたスポーツの専門化に伴うリスクが指摘されています。

 小さいころから競技を絞ると、動作が固定され、体がそれ以外の動きをしなくなるので、結果としてアスリートとしての総合的な運動能力の開発が遅れ、怪我のリスクが高まるとの指摘があります。また、本来は楽しいはずのスポーツが“仕事”になってしまった結果、バーンアウト(燃え尽き症候群)や場合によってはうつ病などの精神疾患にかかるリスクも高まるようです。ウィスコンシン大学の研究者によれば、1年の中で8カ月以上同じスポーツをする競技者は、そうでない者に比べて高い確率で練習過多に起因する怪我をすることが分かっています。

 でも、心配は要りません。怪我をすれば、ユーススポーツ専門医が適切に処置してくれますし、必要なら手術にも喜んで応じてくれます。精神的に不安定になっても、専門のメンタルコーチや心理療法士が面倒を見てくれます。「ユーススポーツ医療」という新たな産業分野の誕生です。こうして、プロスポーツ選手さながらにユーススポーツの周辺産業は雪だるま式に拡大していったのです。

 また、エクイップメントや遠征費用などに加え、こうした医療周辺サービスもタダではありません。この結果、所得の低い家庭の子供はスポーツから締め出される状況が起こっています。Sports & Fitness Industry Association(米スポーツ&フィットネス産業協会)によると、世帯所得が10万ドル(約1100万円)を超える家庭では、41%の子供が何らかのチームスポーツに参加しているのに対し、2万5000ドル(約275万円)以下の家庭では19%しかいないそうです。

 日本でも、今や学歴で人の一生が決まる時代ではなくなってきているにも関わらず、偏差値教育に基づいた受験競争が一向に沈静化する気配がないように、米国でも、必ずしも競技レベルの向上に結び付かないユーススポーツの専門化に多額のお金が費やされています。どこの国でも、子供のこととなると親は大局を見失い、合理的に振る舞えなくなるようです。


小学生に代理人が付く日がもうすぐ来る?

 過去記事『動画配信サービスがスポーツメディアにもたらす地殻変動』でも解説しましたが、現在欧米のプロスポーツ組織はテレビ放映権バブルの中にいます。大まかに見て、米国のメジャースポーツならリーグ全体収入の3分の1から半分はテレビ放映権収入です。つまり、テレビマネーが入れば、スポーツビジネスとしての規模が一気に拡大していきます。

 冒頭のLLWSの放映権(8年総額6000万ドル)や、MSG Varsityのニュースは、テレビマネーがユーススポーツに入り始めたことを意味します。米国では、既に大学スポーツでは巨額の放映権収入が生まれていますが、同じことが高校生やそれ以下のスポーツでも起こっていくかもしれません。

 そうなれば、早晩問題になるのが「選手への分配」という議論です。この問題は、過去記事『「学生アマチュア規定は違法」としてNCAAが敗訴』でも触れましたが、既に大学スポーツでは、「アマチュアリズム」を盾に学生選手への報酬の支払いを禁止する一方で、学生選手のプレーから巨額の富を生み出しているNCAAに対して、「学生アマチュア規定は法律違反」とする判決が昨年確定しています。

 これにより、米国の大学スポーツはプレーの対価として選手に何らかの報酬を支払うモデルへの転換を迫られていますが、ユーススポーツでビジネス化が進展すれば同じような議論が起こるかもしれません。これは遠い悪夢ではありません。

 冒頭で触れたLLWSを開催しているLittle League BaseballはNPO法人として組織されており、IRS(米国国税庁)より501(c)(3)免税組織として認められています(これにより、自身が税の減免措置を受けられるだけでなく、ここに寄付する個人・法人の寄付金が税控除の対象になる)。

 Little League Baseballには、ESPNからの放映権収入やスポンサー収入、グッズ収入などで年間約2500万ドル(約27億5000万円)の収入があります。現CEO のSteve Keener氏が40万ドル(約4400万円)以上の報酬を得ているのを筆頭に、10万ドル以上の報酬を受ける役員が6名います。

 このKeener氏は、2014年に選手(つまり小学生)への報酬の必要性を問われ、「今報酬が必要とは考えないし、支払うべきとも思わないが、支払いが適切と思える時期が来たら検討する」(If at some point in time that would be deemed to be appropriate, we’ll consider it. At the moment, I don’t see the necessity and don’t think we should be compensating kids right now)と答えています。小学生に代理人が付き、「ユーススポーツ代理業」という産業分野が生まれる日もそう遠くないかもしれません。

 このように、スポーツのビジネス化の進展(低年齢化)は市場を拡大しますが、一方で選手への分配の議論を引き起こします。そして、一旦事業化の波が起これば、後戻りすることは困難です。「小学生に代理人が付くかもしれない」と言われて、「まさか、そんな」と思った方も少なくないかもしれません。でも、日本でも芸能界では既に子供のタレントは大手芸能事務所に多数所属しており、多額の報酬を受けている“子タレ”も少なくありません。

 米国では、今後ユーススポーツが大学スポーツの何倍もの規模のビジネスになっていくでしょう。若いうちに競技を1つに絞る「競技の専門化」もさらに進んでいくと見られています。今後、米国スポーツ界は図らずもユーススポーツビジネスが競技力を減退させていく「合成の誤謬(ごびゅう)」(ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロの世界では、必ずしも意図しない結果が生じること)に向き合わなければならなくなるでしょう。


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