1. コラム

世界が注目した自転車王・アームストロング氏のドーピング告白

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 その告白を全世界の2800万人が注目しました。ツール・ド・フランス7連覇など自転車ロードレース界で輝かしい実績を残したランス・アームストロング氏が、違法薬物使用(ドーピング)を認めたのです。

 ドーピングを認めた告白は、米国の人気司会者オプラ・ウィンフリー氏による独占インタビューという形で今月17日と18日の2回に分けて放映されました。インタビューは、テキサス州オースティンにあるアームストロング氏の自宅で収録されたものを後日オンエアしたもので、ウィンフリー氏との1対1という対談形式で行われています(インタビューの模様はこちらで視聴可能)。

 同氏はこれまで一貫してドーピングを否定してきたばかりか、同氏のドーピングを証言したかつての同僚や関係者を名誉棄損で次々と提訴して損害賠償請求したり、反ドーピング機関による執拗な追及を「魔女狩りだ」などと糾弾したりしていました。同氏には数々の疑惑がかけられていましたが、後に米反ドーピング機関(USADA)が指摘する“最も洗練され、専門化され、成功した薬物使用プログラム”により、検査を潜り抜けてきたのです。

王者を追い詰めた1000ページの調査報告書

 事態を大きく動かしたのが、このUSADAによる追及でした。実は、アームストロング氏は、米司法省からドーピングを巡るチームスポンサーへの詐欺、薬物の不正取引、証人買収などの容疑で強制捜査を受けていたのですが、それが昨年2月に証拠不十分で打ち切られてしまいます。

 司法省の捜査が不発に終わると、USADAは昨年6月にアームストロング氏をドーピングで告発します。8月には、同氏からツール・ド・フランスの7連覇を含む1998年8月以降の全タイトルを剥奪するとともに、自転車競技からの永久追放処分を科しました。

 世間を驚がくさせたのは、USADAが公表した1000ページにも及ぶ調査報告書でした。報告書には、追放処分に至った詳細な証拠がまとめられており、これにはかつてのチームメート11人を含む26人の証人からの証言なども含まれていました。

 これに対し、アームストロング氏は終始薬物使用の事実を認めず、最後は「事実無根の長い争いに疲れた」との理由でUSADAの処分に異議申し立てを行わず、法廷闘争の継続を放棄します。しかし、USADAが提示した圧倒的な証拠を前にナイキやオークリー、トレック(自転車メーカー)などスポンサーが次々と撤退し、約7500万ドル(約67億5000万円)もの巨額の収入を失う羽目になりました。

 自身が設立したガン患者やその家族を支援する「アームストロング財団」も代表理事の辞任を余儀なくされ、財団名も「リブストロング財団」に変えられてしまいます。同財団は、「リブストロング(Livestrong)」と書かれたイエローリストバンドを全世界で8000万個以上売ったことで知られています。

 しかし、こんな憂き目に遭ってさえ、自宅に掲げられた7枚のマイヨ・ジョーヌ(ツール・ド・フランス優勝者に与えられる黄色いジャージ)に囲まれたリビングのソファーの上で寝転んだ写真を「自宅に戻り、ゴロゴロ」とツイートするなど、USADAの処分を意に介さない姿勢を誇示したりしていました。

 それからまだ2カ月も経たないというのに、「アームストロングがドーピングを認めるらしい」という一報を聞いた時は、私も半信半疑でした。ここまで強硬に一貫してドーピング関与を否定し、その疑惑を指摘する人物を攻撃的に糾弾する姿からは想像もできなかったのです。

“作られた勝者”の傲慢が垣間見られたインタビュー

 これは私見ですが、インタビューを見てアームストロング氏から反省の姿勢はあまり感じられませんでした。自宅で受けたインタビューだから多少リラックスしていたのかもしれませんが、インタビュー中は終始足を組み続けての受け答えでした。少なくとも、プロゴルフのタイガー・ウッズ選手がスキャンダル発覚後の記者会見で見せたような神妙さは感じませんでした。

 同氏の主張は、簡単に言えば「ドーピングはしたが、それは自転車競技の文化の一部だった」「薬物は他人を出し抜くためのものでなく、追いつくためのものだった」というもので、悪いことはしたが罪の意識はないという感じです。

 中でも印象的だったのは、「元チームメートらが真実(ドーピング)を指摘した際、あなたはそれを否定したばかりか、訴訟を起こすなどの攻撃的な対応をしたがそれはなぜか?」と問われた際、「結果をコントロールしたかったから」と答えた部分でした。

 同氏は、インタビューの前半で「自分の人生をコントロールできなかったのは、病気(1996年に精巣腫瘍で生存確率50%と告知された)と今回の件の2回だけ」と答えており、人生に起こる出来事を、手段を選ばずに意のままにコントロールしたい強烈な欲求の持ち主なのだと感じました。つまり、訴訟もその文脈でのものだったのです。

 その理解を前提とすれば、今回の告白も「永久追放処分という不本意な結果を変え、自分の人生を意のままにコントロールしたいがための意図的な行動なのではないか?」という思いがよぎり、その後の同氏の言葉は少なくとも私の心には響かなくなりました。

 自転車ロードレース界では、ドーピングが大きな問題となっていています。英紙テレグラフが昨年10月に「ドーピングで地に落ちたツール・ド・フランス(How Tour de France’s recent past has been ruined by doping)」と題する記事で、過去17年間のツール上位3選手の顔写真を並べました。赤でグラデーションのかかったのがドーピングで失格した選手で、驚くべきことに全51選手中失格とならなかったのはわずか17人。上位3人全員がクリーンだったのは、昨年の大会だけでした。

 肉体的な強さがそのままダイレクトに競技結果につながる自転車ロードレースのような競技では、ドーピングへの強い誘惑があるのかもしれません。ドーピングで摘発される選手が後を絶たない背景には、それに手を染める選手自体が多いこともありますが、摘発手法の進化も見逃せません。

ドーピング検査を変えた“パスポート”と“タイムマシン”

 中でも、近年注目されているのが「生体パスポート」(Biological Passport)と呼ばれるドーピング検査技術です。従来までは、尿検査や血液検査により体内から禁止物質が検出されるか否かでドーピングを判断していましたが、生体パスポートでは継続的な観察により生理学的な体質の変化をモニターし、禁止薬物を用いた痕跡を探し出すというものです。

 従来までのドーピング検査の限界は、新たな薬物が開発された場合、その検知技術をいちいち確立しなければならず、その検出までにタイムラグが発生してしまうというイタチごっこが続く点にありました。しかし、生体パスポートを使えば、物理的に薬物を検出できなくても、生体機能の変化からドーピングの裏付けを取ることができるのです。いわば、直接証拠がなくとも状況証拠からドーピングを判断するという手法です。

 この生体パスポートは、2008年に国際自転車競技連合(UCI)でその効果が確認され注目を浴び、現在、世界反ドーピング機構(WADA)の監督の元で各競技連盟に順次導入されています。アームストロング氏も先のインタビューの中で「生体パスポートの登場によりドーピングが極めて難しくなった」とその効果を認めています。先のロンドン五輪でも国際陸上連盟や国際テニス連盟が導入を果たし、違反者の摘発を行いました。

 また、WADAは採取した検体を8年間保存し、検知方法が確立した時点で再分析するいわば“タイムマシン検査”を推奨しています。これにより、当時のドーピング検査技術で陰性と判断されたものでも、その後進化した技術を用いて陽性となるケースも出てくるようになりました。

 実際、アームストロング選手も、優勝した1999年のツール・ド・フランスの検体から2004年に禁止薬物のエリスロポエチン(EPO)が検出されています(レース当時にはまだEPOの検知技術が確立されていなかった)。また、昨年11月には、国際オリンピック委員会(IOC)が2004年のアテネ五輪で採取した検体を再検査した結果、金メダリストら5人から禁止薬物が検出されたことを明らかにしています。

 米国スポーツ界でも、ドーピングは大きな問題となっており、“古くて新しい”話題と言えます。

 例えば、メジャーリーグ(MLB)では、2006年に元上院議員のジョージ・ミッチェル氏が中心となり約20ヶ月をかけて米球界の薬物汚染の実態が徹底的に調査されました。2007年12月13日に公表された300ページを超える報告書(通称“ミッチェル・レポート”)では、薬物疑惑に関与したとして、バリー・ボンズ選手やロジャー・クレメンス選手などスター選手を含む約80人のMLB選手の名前が実名で記されました。

 しかし、ミッチェル・レポート後も薬物使用は後を絶ちません。最近では2011年ナ・リーグのMVPに選出されたミルウォーキー・ブリュワーズの主砲、ライアン・ブラウン選手がポストシーズン中に実施された薬物検査で陽性反応を示して処分されたほか、昨年もオールスター戦でMVPに輝いたサンフランシスコ・ジャイアンツのメルキー・カブレラ選手もドーピングで出場停止処分を受けています。昨シーズン、MLB全体では9人の選手がドーピングで陽性となり、合計425試合の出場停止処分を受けています。

「薬物疑惑世代」の登場で注目された殿堂投票

 今年度の殿堂入りは、ボンズ、クレメンス両選手をはじめ、ミッチェル・レポートにも取り上げられた「薬物疑惑世代」の選手が一斉に有資格となることで注目されました(10年以上の現役生活と、引退後5年以上経過することが必要)。

 その投票結果が1月9日に発表されたのですが、今回新たに殿堂入り資格を得た選手の中で“薬物疑惑御三家”とも言われるボンズ、クレメンス選手、およびサミー・ソーサ選手はいずれも殿堂入りに必要な得票率75%には遠く及びませんでした。

 ジャイアンツなどでMLB記録となる通算762本塁打を放ち、7度のMVPに輝いたボンズ氏への投票率は36.2%、ニューヨーク・ヤンキースなどで通算354勝をマークして7度のサイ・ヤング賞に輝いたクレメンス氏は37.6%、そしてシカゴ・カブスなどで活躍し通算609本塁打のソーサ氏は12.5%でした。

 MLBもこの状況を静観しているわけではありません。2011年に更新された新労使協定では、米国メジャープロスポーツとして初めてヒト成長ホルモン(HGH)検査の導入が盛り込まれました。

 筋肉増強作用があるHGHは、人の脳下垂体から分泌されるホルモンで誰もが体内にもつため、ドーピングで摂取したものと見分けるのが難しい薬物で、事実上使い放題になっているとも言われていました。これに対し、IOCや欧州連合(EU)、WADAなどが巨額の資金を拠出して検出方法を研究し、2010年に実用化にこぎ着けた経緯があります。

 HGH検査には血液検査が伴うため、MLBでは、当初シーズンオフとキャンプ中のみの実施とされていました。2012年の春季キャンプで初めて実施されたHGH検査は、MLB選手からはかなりの不評を買いました。今まで尿検査が中心だったわけですから、当然とも言えますが、「血液採取の後、気分が悪くなって吐いた」「めまいがして半日ほど体の感覚がおかしかった」などの不満が続出したのです。

 しかし今年に入り、MLB労使はシーズン中にも抜き打ちでHGH検査を実施することで合意し、禁止薬物取締りの厳格化に踏み切りました。米スポーツ界にとって、画期的な一歩だったと言えるでしょう。

 とはいえ、米国プロスポーツ界の薬物規定は世界基準からはまだ甘く、MLB以外のメジャースポーツではHGH検査も導入されていません。また、メジャースポーツで最も厳格なドーピング検査を実施しているMLBでも、その罰則は1回目の違反で50試合、2回目で100試合の出場停止、3回目で永久追放処分と、世界基準と比べるとゆるいものです(WADA規定では、1回目の違反で2年間の出場停止、2回目で永久追放となる)。

 身体能力がパフォーマンスに直接的に影響を与えやすい米プロフットボールリーグ(NFL)では、少なくない選手がHGHを使用しているとも噂されています。CBSSports.comのコラムニスト、マイク・フリーマン氏によれば、「NFL選手の10~20%がHGHを使用していると数名の現役選手が推測している」とのこと。

 NFLでも、MLB同様に2011年に締結された新労使協定にてHGH検査導入が盛り込まれましたが、早期導入を果たしたいリーグ側に対し、選手会側が検査手法について難色を示しており、いまだ検査実施には至っていません。

物議を醸す「居場所情報提供」ルール

 ドーピング検査とは、分かりやすく言えば、空港でのセキュリティーチェックのようなものかもしれません。全体の安全のためには必要不可欠ですが、過度な検査は快適性を損ねます。

 薬物検査も、競技の公平性を期すためには必要不可欠ですが、過度な検査は選手に肉体的・心理的に過大な負担をかけ、パフォーマンスの低下要因にもなりえます。選手の権利にも配慮しなければなりません。このあたりのバランスが非常に難しいところです。

 そんな中、WADAは近年物議を醸す新たなルールを導入しました。それが「居場所情報提供(Whereabouts)」ルールです。これは、選手が競技会外の抜き打ち検査に協力するために自分の居場所情報を国際競技連盟や反ドーピング機関に提出しなければならないというもので、ADAMS(Anti-Doping Administration & Management System)と呼ばれるオンラインシステムも開発されています。

 選手は、ADAMSを通して最低90日前までに自分が居るであろう「未来の居場所」を報告しなければなりません。このルールが問題視されているのは、抜き打ち検査を容易にするというその目的上、特定の日にちの居場所を教えればいいのではなく、毎日午前6時から午後11時までの間の1時間を指定して「○月○日の○時から○時までの間の1時間は××にいます」のように伝えなければならない点です。

 選手にすれば、いつやってくるかも分からない試験官のために永遠に自分の予定を教え続けなければならない感覚になるため、非常に大きな心理的負担を受けることになります。18カ月以内に3回報告を怠れば、ドーピング違反と見なされ、1年間の出場停止処分を受けることになります。

 これに対し、例えば国際サッカー連盟(FIFA)は選手への過剰な負担とプライバシー保護を理由にこのルールの適用を拒否しています。ベルギーでは、65人の選手がこのルールは「EUのプライバシー法に違反する」として集団提訴しています。

 今後、ドーピングの手法はますます巧妙化していくことでしょう。それに対峙する反ドーピング機関の取り締まりも、それに呼応して厳しいものにならざるを得ません。違反者と取締者のイタチごっこは今後も続き、両者の行動はますます高度化・先鋭化していくことが予想されます。

 こうした中、関係者の人権に配慮するとともに、「楽しく最高のパフォーマンスを観戦できる」というスポーツファンの視点から、両者の間に位置するスポーツ連盟・組織のバランス感覚が非常に重要になってくることでしょう。セキュリティーチェックが厳しすぎて飛行機に乗り損ねてしまうのは本末転倒ですから。

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