1. コラム

運動施設の命名権、米国より収益性が低い訳は?

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 日米のスポーツ施設を比較すると、残念ながらその顧客サービスレベルや集客力、収益性などにまだ大きな差があることは否めません。しかし、スポーツ施設の保有・運営スキームに日米で大きな違いはあまりありません。日米ともに大多数のスポーツ施設建設には税金が投入され、公的組織により保有されています。

 例えば、米国の4大メジャースポーツおよび、米メジャーリーグサッカー(MLS)の126施設のうち、その70%に当たる88施設は地方自治体やその外郭団体といった公的組織により保有されています。日米で施設の保有形態に大差がないことを考えると、集客力などに違いが生じる原因は施設所有者の経営スタンスや運営手法にあると考えられます。つまり、日米では、ファシリティー・マネジメント(施設経営)の考え方が根本的に異なるのです。

 端的に言えば、これまで日本の大部分の公設スポーツ施設では、「スポーツを行う」ことが目的とされ、「スポーツで稼ぐ」ことは目的とされていませんでした。しかし、近年この方針も変わりつつあります。

 日本政府は2016年、GDP(国内総生産)を2020年までに600兆円にするという「日本再興戦略」を策定し、「スポーツの成長産業化」を10の“官民戦略プロジェクト”の1つとして提示しました。その中で、政府は2025年までにスポーツ産業の規模を現在の3倍となる約15兆円へ拡大する方針を示し、「スタジアム・アリーナ」を主な政策分野の1つに掲げました。この方針を受け、2025年までに全国20カ所に“稼げる”スタジアム・アリーナを建設することが目標とされています。

 “稼げる施設”を標榜する中で、施設経営を安定させるためにまず必要なことは、「テナント(施設を長期的に使ってくれるスポーツチーム)」と「確固たる協賛収入」の確保です。この2つは、施設建設の構想段階から調整を進めておかなければならない最重要項目です。そして、協賛収入の安定化のためには、施設の「命名権契約」と「共同設立パートナー」の導入・整備が欠かせません。しかし日本では、命名権契約については大きく誤解されているように見えるうえ、共同設立パートナーに至ってはほとんど浸透していません。

 今回のコラムでは、日米の施設経営に対する考え方の違いを踏まえながら、日本のスポーツ施設における命名権契約の価値向上に必要なことを考えてみようと思います。


日米で大きな差がある命名権契約

 スポーツ施設の命名権契約に関しては、日米でその契約内容に大きな違いがあります。参考までに、日米のスポーツ施設における命名権契約を比較してみましょう。


 日米の命名権契約を比較してみると、まずその権利料に大きな差があることが分かります。日本の場合、ランキング上位5施設の年平均権利料が2~5億円であるのに対し、米国は1200万ドル(約13億2000万円)~2000万ドル(約22億円)と、文字通り桁違いです。

 また、契約期間についても、日本では5~10年の幅があるのに対して米国は20~27年と比較的長期の契約を結ぶ傾向が見て取れます。

 こうした権利料や契約期間の違いが生まれる背景を解きほぐしていくと、日本で命名権契約の価値向上に必要なことが見えてきます。

「名前を売る」だけでは機能せず

 権利料に大きな差が出るのは、日本では命名権を単に「施設に名前を付ける権利」だと誤解している、あるいはそうならざるを得ない理由があるためです。対照的に、米国の命名権契約では、協賛企業の経営課題を解決するためにあらゆる資産を活用したアクティベーションが実施されることになり、しかも提供される権利は協賛企業の経営環境の変化に応じて随時修正されるのが普通です。つまり、米国では「施設に名前を付ける権利」は、命名権契約で提供される数多くのベネフィット(特典)の1つに過ぎないのです。

 例えば、米国で最も高額な命名権契約を結んでいるCiti Fieldを例に取って見てみましょう。シティグループ(Citigroup)は2009年にオープンしたMLBニューヨーク・メッツの新球場の共同設立パートナー(後述)となり、その一環として20年総額4億ドル(約440億円)の命名権契約を結びました。

 シティグループがこの命名権契約で手にしているベネフィットは多岐にわたります。以下は、私が2013年に実際にメッツに行って聞いてきた内容ですが、提供するベネフィットの内容は毎年見直しているそうです。

  • 球場の名前の提供(いわゆる命名権)
  • 球場内への同社看板広告の掲出
  • 球場内の飲食売店へのシティバンク・ロゴの掲出
  • スイートボックスの提供
  • 球場でのホスピタリティープログラムの提供
     (Citigroupがその顧客などをおもてなしできるプログラムを提供する)
  • 球場内へのシティバンクのATM独占設置
  • メッツロゴの商用使用の許可
  • メッツとタイアップした当座口座/銀行カードなどのプロモーションの実施
  • シティバンクカード保有者への特典プログラムの実施
  • シティバンクカード保有者専用イベントの開催
  • コミュニティー活動「Citi Field Kids」の実施
  • 球場内キッズエリアへのテントの設置
  • メッツ公式サイトへのバナー広告掲出

 日本の命名権契約が米国と比較して安価なのは、施設保有者(多くが自治体などの公的組織)に「施設に名前を付ける」以外の権利を提供するという発想がそもそもないケースが多いためです。協賛企業に提供できるベネフィットが少なければ、契約金額も高額になるはずがありません。

 Citi Fieldでの命名権契約のベネフィット一覧を見て頂くと分かると思いますが、その多くがテナント(球団)のブランドや選手などの資産を活用したものになっており、施設保有者とテナントの協力関係が不可欠です。事実、米国では施設保有者はテナントを最大の事業パートナーとして認識し、彼らが事業を行いやすい環境を積極的に整備します。

 しかし、日本では公的資金を使って建設された公設施設においては、施設保有者が特定の民間事業者を優遇してはいけないという建前から、施設保有者とテナントに密な協力関係が築かれていないケースが圧倒的に多いのです。テナントは店子の一つに過ぎず、事業パートナーとは見なさないという日本の公設スポーツ施設における悪しき慣例が、命名権契約の価値を高めるのを難しくしているのです。

命名権保有者は運命共同体

 先に施設経営を成功させるためには施設保有者とテナントの協力関係が不可欠と述べましたが、その究極の形が「共同設立パートナー制度」です。

 米国では、施設建設に際して複数の企業が「共同設立パートナー(Founding Partner)」として名を連ね、最高位のスポンサー企業として協賛契約を結ぶことが一般的です。こうした企業は、年額1000~2000万ドル(約11~22億円)程度の高額の協賛金を支払って施設開設時から長期契約(10~20年程度)を結びます。そして、施設での独占的事業権を得るばかりでなく、設計段階から自らが事業を行いやすいようにデザインや物流体制などに口を出すことができるのです。共同設立パートナーは、文字通り施設・球団と共に球場ビジネスの中核を担い、その事業価値を高める運命共同体なのです。

 例えば、2016年にオープンし、今年スーパーボウルが開催されたNFLミネソタ・バイキングスのUS Bank Stadiumでは、以下の8社が共同設立パートナーとして10年程度の長期契約を結び、球場ビジネスの中核を担っています。

 共同設立パートナー制度におけるポイントは、協賛企業に施設設計時からの関与を促す点にあります。日本のスポーツ施設は、設計・建設が終わってから協賛企業(命名権も含む)を募るケースが一般的ですが、これは工場に例えれば、そこで何をつくるか決める前にレイアウトを決めるようなものです。自動車をつくるのか、アパレルをつくるのかによって工場に必要な設備やレイアウトが変わってくるように、協賛企業の業態やニーズによってスポーツ施設に求められるスペックも当然変わってきます。

 米国で命名権契約を結ぶ協賛企業は、前述のCitigroupのように施設の共同設立パートナーを兼ねるケースが多いです。つまり、彼らは命名権契約で単に施設の名前を買っているのではなく、球場で独占的に事業を行える権利を買っているのです。契約期間が日本に比べて長期になるのはこのためです。

建ったまま死なないために

 今後、日本のスポーツ施設における命名権契約を含めた事業価値向上に必要なのは、まず施設保有者が「大家」としての意識を捨て、「事業パートナー」としてテナントに向き合う柔軟な姿勢でしょう。施設保有者が「大家」としてテナントからの賃料を受け取るだけで、汗をかかずに施設運営を行おうと考えている限り、その施設の事業価値を向上させることは難しいでしょう。

 スポーツ施設は激変する事業環境の中に生息する生き物のような存在です。ファン基盤は地域ごとに異なるうえ、競合環境も年々変化します。そうした中で、競合するスポーツ施設や他のエンターテインメントと差別化し、独自の価値を訴求できるポジショニング(米国ではこれを「Value Proposition」と呼ぶ)を確立する努力を続けなければ、その施設は建ったまま死んでしまいます。

 これまでスポーツ施設で稼ぐ意識の薄かった日本では、施設構想・設計時点では競技への配慮(どの競技を施設の設計対象に考えるか)に目が向きがちでした。しかし、今後は事業的観点から収益性を高めるという視点での施設設計も同様に求められるようになるでしょう。

 前述のように、政府は2025年までに全国20カ所にスタジアム・アリーナを建設する目標を掲げています。これ以外でも、民間主導でいくつものスポーツ施設の建設構想が立ち上がっています。新たなスポーツ施設が建設されるということは、過去のしがらみや慣習にとらわれずに命名権や共同設立パートナー制度の導入チャンスがあるということです。

 米国では、施設設計(建設着工前)の時点で収益最大化のためのデューデリジェンス(投資対象調査)を行ってくれる企業も存在します。要は、事業的観点から施設設計のダメ出しを行ってくれるのです。日本でも、近い将来こうしたサービスが当たり前に利用されるようになるといいですね。


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