1. コラム

スタジアムビジネス革命は伝説の球場から始まった

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 今回のコラムから数回に分けて「米国ボールパーク紀行」と題して米国の代表的なスタジアムをメジャー、マイナー、独立リーグといった様々なレベルから独断と偏見でピックアップしてご紹介していきます。

 まず初回は、米国のスタジアムビジネスに革命を起こしたと言われる米メジャー(MLB)バルチモア・オリオールズの本拠地、カムデンヤーズ(正式には「オリオール・パーク・アット・カムデンヤーズ」)です。

 このコラムでも過去に何度か指摘していますが、今から約15年前はMLBと日本のプロ野球(NPB)の年商に大きな差はありませんでした。しかし、15年間でMLBが売上を約5倍の70億ドルに伸ばしているのに対し、NPBの売上はほぼ横ばいの1200億円で変化していないと言われています。

 ところで、この15年間のMLBの観客動員数(1試合平均)を調べてみると、不思議なことに観客の数が5倍に増えているわけではありません。むしろ、「百万長者と億万長者の喧嘩」と揶揄された1994~95年のストライキで失った顧客をこの15年間で何とか取り戻してきたと言った方が実情に即しているかもしれません。

 顧客が増えない中で収益を5倍に伸ばすことができたからくりは、「新規市場の開拓」と「既存市場の収益性向上」の2つの視点から説明することができます。

 「新規市場の開拓」とは、具体的には「国際市場」と「バーチャル(インターネット)市場」の開拓です。これについては、過去にそれぞれ「中国3億人のバスケ人口を取り込め」と「テレビの失敗からの大逆転劇」で触れていますのでここでは改めて詳述しませんが(前者については「中国」を「日本」に、「姚明選手」を「野茂英雄選手」や「イチロー選手」に置き換えればMLBの国際戦略の大枠を理解できると思います)、既存顧客に依存しない新たな収益源を作り出していったわけです。

 次に、「既存市場の収益性向上」ですが、これは顧客数が増えない中で既存顧客からの客単価を高めるという発想です。そして、その動きの中で重要な役割を果たすことになったのが新スタジアムです。MLBでは、1992年以降、全30球団中20球団が新スタジアムを手にしています。

 新スタジアムでは、収益性や顧客満足度を高めるための様々な仕掛けを行っているのですが、その先鞭をつけたのが、他でもないカムデンヤーズなのです。米国スポーツビジネス史にその名を残すことになる、スタジアムビジネスに革命をもたらした球場です。

第二次建設ブームの火付け役となったカムデンヤーズ

 カムデンヤーズがなぜ「革命を起こした」とまで言われるのか。それは、米国における過去のスタジアム建設史を紐解くと理解することができます。

 米国では、MLBでエクスパンション(球団の新規参入)が起こったことをきっかけに、1960~70年代に「第一次スタジアム建設ブーム」と呼ばれる公的資金を投入したスタジアムの建設ラッシュが起こりました。この時期に建設されたスタジアムには、野球とフットボール(NFL)兼用で、観客収容人数が6万前後と多く、古代ローマ時代のコロセウム(円形闘技場)のような左右対称形のいわゆる「クッキーカッター」(クッキーの形をしたような)スタジアムといった特徴が見られます。

 しかし、この第一次ブームのスタジアムには、座席のフィールドに対する角度が悪い(座席がフィールドの中心に向いている)、ファウルグランドが広い、収容人数が多すぎるといった兼用スタジアムならではの欠点に加え、外観が人工的で味気ない、コンコースが狭い、コンコースに出ると試合が見えない、トイレ・売店が少ないなどの問題点がありました。

 中でもMLBビジネスに不都合だったのが、収容人数が多すぎるという点でした。年間試合数の違いもあり(MLBは162試合、NFLは16試合)、MLBとNFLの動員力には大きな違いがあります。MLBの平均観客動員数は約3万人なのに対し、NFLは6万人を超えます。しかし、平均観客3万人のMLB球団が6万人のスタジアムを使っていたのではチケットが売れません。「どうせチケットは売れ残るだろうから、後で買えばいいや」とファンが思ってしまうからです。

 この第一次ブームに建設されたスタジアムが老朽化すると、1990年代から「第二次スタジアム建設ブーム」と呼ばれるスタジアム建設ラッシュが始まります。そして、この第二次ブームの火付け役となり、そのトレンドを決定付けたのがこのカムデンヤーズなのです。

街に溶け込んだ自然な雰囲気

 カムデンヤーズは使われなくなった鉄道操車場跡地に野球専用スタジアムとして1992年に建設されました。2億3500万ドルの建設費が投じられ、うち1億9700万ドルは税金から拠出されています。

 カムデンヤーズに入ってまず目を引くのが、ライトスタンド奥にあるレンガ造りの建物です。実はこの建物は、東海岸最大の倉庫だったものを残し、スタジアムの一部として取り込んだものです。1階部分はパブやレストラン、オフィシャルショップに改装され、2階より上は球団事務所として活用されています。(写真はすべて筆者撮影)

 昔から街の住人に知られているランドマークを意図的に取り込むことで、球場に親近感を感じてもらうことができる上に、球場が街の風景に溶け込み、何とも言えない自然な雰囲気が生まれます。野球場に来た、というよりは街中を散歩しているような気分にさせてくれます。

 場内は広いコンコースがぐるりと一周取り囲んでおり、散歩気分の延長で歩き回ることができるようになっています。コンコースには無数の飲食店やスイーツ専門店、パブ、ビアガーデン、レストラン、オフィシャルショップ、カスタムメイドのTシャツ専門店、選手のサイン入りグッズを専門に取り扱ったメモラビリアショップらが軒を連ねているほか、じっと座って観戦できない子供が遊びまわるキッズコーナーも用意されています。球場全体がまるで縁日のような雰囲気で、試合観戦を忘れて一時間位あっという間に経ってしまいます。歩きつかれた観客用に文字通り小さな公園が用意されており、まさにここがボールパークであることを実感します。

昔懐かしい外観と、緻密に計算された内部

 コンコースからスタンドに入ると、左右非対称の独特のフォルムが目に飛び込んできます。レフトスタンドは3階席が左中間までせり出しており、センターバックスクリーンやや右よりに巨大な時計台のようなオーロラビジョンが設置されています。右中間奥には前述した倉庫がそびえ、ライトスタンドは1階席部分しかありません。

 実はカムデンヤーズは1950年代の「古き良き時代」の野球場を参考にしてデザインされています。無味乾燥なクッキーカッタースタジアムより1世代前のデザインを採用することで、昔懐かしい“往年のベースボール”の雰囲気を醸成しているのです。

 しかし、こうした外観上の懐古主義とは反対に、スタジアムの座席には収益性を高めるために大きな改良が加えられました。かつて使われていたメモリアル・スタジアムはNFLバルチモア・レイブンズとの共用スタジアムで、座席数は5万3000名超もありましたが、カムデンヤーズの座席数は約4万5000名に押えられています。

 座席数を減らしたことでチケット購入に対する飢餓感を作り出すことができるようになりました。「いつでも買える」と思っていたチケットが「いつ売り切れるか分からない」となるわけですから、顧客は前倒しでチケットを買うようになるわけです。これでチケットがぐっと売りやすくなります。

 座席数を減らすことでこうした心理的な「売り切れ効果」を作り出す一方で、高付加価値のクラブシート(会員制レストランやラウンジにアクセスできる高級席)やスイートボックスを思い切って増設することで収益性を高めます。カムデンヤーズには4600席を超えるクラブシートと70室を超えるスイートボックスが設置されました。こうして客単価を高めていったのです。

 つまり、とにかく座席を作って顧客を押し込んでしまえという供給者視点の「プロダクトアウト」的思想から、顧客ニーズを把握しそれを付加価値として取り込むという顧客視点の「マーケットイン」的発想にビジネスモデルが転換されたのです。

 言い方を変えれば、カムデンヤーズは多様化した観戦者のニーズを上手く取り込んだ最初のスタジアムとも言えます。かつて(第一次ブームのスタジアム)は、競技を見ることがスタジアムでの唯一の価値だと考えられていました。そのため、顧客の利便性や快適性への配慮を欠いた詰め込み型スタジアムが一斉に建設されたわけです。

 しかし、前述のようにカムデンヤーズでは散歩気分でコンコースを歩いているだけで、試合観戦を忘れてお祭り気分を楽しむことができます。かつてのスタジアムは野球「が」見たい人しか相手にしていませんでしたが、カムデンヤーズは野球「も」見たいが、他のことも楽しみたい顧客を取り込み、スタジアムの価値を再定義したのです。

 以後、今日に至るまで建設された新球場は、ほとんど例外なくこのカムデンヤーズの特徴を踏襲しています。

仏作って魂も忘れず

 日本には「仏作って魂入れず」という諺がありますが、スタジアム建設にも同じことが言えると思います。

 新スタジアムを建設すると、初年度は物珍しさから観客が集まるので観客動員は好調なのですが、ハードの新しさだけに頼って接客業の本質である顧客サービスをないがしろにすると、2年目以降の動員で苦労することになります。

 その意味では、カムデンヤーズは建設から約20年が経過していますが、おもてなしの心を感じることができる温かいスタジアムです。

 今年私が観戦した際のエピソードを幾つか紹介させて下さい。私が観戦したのは、平日(木曜日)のデーゲームでした。観客もまばらだったのですが、昼から野球観戦していることを揶揄して、「会議中です」「昼食中です」「渋滞につかまっています」などのメッセージとともにスタンドにいる観客をバックスクリーンに映しています。これには場内に爆笑の渦が広がりました。カムデンヤーズにいると、常に「試合を観に来た観客を何とかして楽しませてやろう」という野心をひしひしと感じます。

 また、もう1つ感心したエピソードがありました。試合途中に70代位の老夫婦が座席を探して入ってきました。口ひげを蓄えた係員が2人を連れて座席(バックネット裏10列目位)まで案内すると、5人掛けのシートに既に3人の若者が座席を占領して座っていました。若者は係員に注意されると渋々席を詰め、老夫婦のために座席を空けたのですが、2人は遠慮して後ろの空いている席で良いと言っています。係員は老夫婦に「本当にその席で良いのですか?」と再度尋ね、二人が頷くのを見るとその場を離れてどこかに行ってしまいました。

 しかし、次のイニングが終わった際、同じ係員が再度老夫婦に近づいてきました。何だろうと思ってみていると、何と係員が老夫婦をバックネット裏最前列の席に案内しているではありませんか。恐らく彼は座席の購買状況を確認して、空いている最も良い席を老夫婦に提供したに違いありません。

 米国のスタジアムビジネスに革命をもたらした球場は、20年経った今でもその輝きを失っていませんでした。

 次回はマイナーリーグのボールパークをご紹介します。

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