1. コラム

東京五輪で利権の泥沼にはまらないために

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 2020年のオリンピック開催地が東京に決定した2013年9月を境に、日本のスポーツ産業の命運は大きく開かれたように感じます。既に2009年には、2019年のラグビーワールドカップの日本開催が決まっており、日本のスポーツ界は期せずして大規模国際スポーツイベントが2年連続で開催される幸運に恵まれました。

 政府も「日本再興戦略2016~第4次産業革命に向けて~」にて、2020年までに「戦後最大の名目GDP600兆円」の実現を目指し、10の「官民戦略プロジェクト」を掲げています。2015年の名目GDPが約500兆円でしたから、5年間で100兆円のGDPを積み増す計算になりますが、その戦略プロジェクトの1つに「スポーツの成長産業化」が選ばれました。政府が日本のスポーツビジネスの成長力に目をつけるなど、一昔前には考えられなかったことで、隔世の感があります。

 日本のスポーツ界が長期的に健全に成長していくためには、東京オリンピックの「引力」をうまく使って「加速」していくことが必要です。政府の旗振りもあって、それまでスポーツにはあまり縁のなかった多くの企業が東京オリンピックを大きな商機ととらえ、年間数十億円といった巨額の資金を投じて公式スポンサーに名乗りを上げています。

 一方で、過去記事「東京五輪の公式スポンサーがいますべきこと~続々と決まる協賛企業と見えてきた懸念点」でも書きましたが、こうした商機が大きな利権と化しており、様々な思惑がうごめく中でスポーツビジネスの本質を必ずしも突いていない形で巨額の資金が投じられることを目の当たりにするケースも少なくありません。これに対して、個人的には何とも言えない違和感とともに、大きな危機感を感じています。

 この千載一遇のチャンスが単なる利権の消化で終わってしまい、スポーツのビジネスツールとしての真価が理解されなければ、五輪後のスポーツ界は大きく減速して元の木阿弥になってしまうでしょう。その意味では、2020年の“宴”が終わった後に初めて、スポーツ界の真価が問われることになると思います。

 今回のコラムでは、利権バブルの様相を呈している現在の日本のスポーツ界において、東京五輪後も視野に入れた持続的成長を実現するためにはどのような視点が必要なのかを考えてみようと思います。

利権化して方向性を見失いがちな「スポーツ×テクノロジー」

 時まさにICT(情報通信技術)全盛ということもあり、「スポーツ×テクノロジー」という切り口から多くの可能性が指摘され、輝かしいスポーツ産業の未来像が描かれています。また、そのポテンシャルを信じ、多くの事業者がスポーツ市場への参入を検討しているようです。

 私も新たなテクノロジーの持つ力に大きな可能性を感じている一人ですが、技術はスポーツ組織にとっても民間企業にとっても利権になりやすく、本質が見失われがちな領域でもあり注意が必要です。日本の一足先を行く米国スポーツ界でも、鳴り物入りで登場してきた“革新的サービス”が数年後には姿を消していたというケースが少なくありません。

 スポーツの本質はコンテンツそのものが持つ魅力であり、テクノロジーはそのサポート役に過ぎない点を見失ってはいけません。“魔法の杖”のように顧客を魅了するテクノロジーなど存在しません。技術はコンテンツ以上の存在にはならないのです。新たなテクノロジーを導入する際は、その技術が本当にコンテンツの魅力を増すものなのかどうかを厳しく自問自答する必要があるでしょう。

 分かりやすい例を挙げれば、スポーツ競技場へのWi-Fiの敷設があります。日本では、Wi-Fiの導入がさも革新的なサービス提供のように報じられることもあるようですが、Wi-Fiは単なる通信インフラであり、言ってみればトイレを設置するのと同じようなものです。どんな高性能なトイレを導入しても、それだけで来場者を大幅に増やすことはできません。

 また、米国では施設のWi-Fiサービスを活用して、専用アプリを用いたマルチアングルからの映像提供サービスが流行った時期がありました。しかし、これも技術先行で考えると失敗する典型例です。そもそも、試合観戦中の映像提供はインターバルが少ない競技には不向きです。また、マルチアングル映像がファンに付加価値を提供できなければ意味がないわけですが、QBのステップワークやレシーバーのキャッチ、ラインのブロックなど一目で全てを把握するのが難しいようなアメフトの得点シーンなど、一部の競技でしかニーズがないのが現状です。

 ファン体験の向上を目的にした映像提供という意味では、施設内のモニターの設置が基本中の基本です。米国の進んだスポーツ施設では観客40~50人に1台の割合でモニターが施設内のあらゆる場所に設置され、試合の模様をオンエアしています(4万人収容の施設なら800~1000台のモニターが場内に設置されている)。これだけモニターがくまなく場内に設置されていると、ファンは安心してトイレや買い物のために席を立つことができるようになり(得点シーンを見逃す恐れがない)、その結果ファンの観戦満足度は向上し、物販の売上も増大します。残念ながら、このレベルでモニターを設置しているスポーツ施設は日本にはまだほとんどありません。

 民間企業がスポーツイベントや施設に協賛する場合、その事業スコープを規定した「カテゴリー」が割り当てられることになります(「金融カテゴリー」「航空カテゴリー」「自動車カテゴリー」など)。協賛効果を高めるため、基本的に競合排除を前提にした「1カテゴリー1社」が原則になるのですが、テクノロジーカテゴリーの場合は業態が似通っている企業が多く、こうした多くの企業マネーを取り込むために「サブカテゴリー」を切るのが一般的です(「映像サービス」「通信サービス」「ネットワーク製品」など)。

 各サブカテゴリーの企業は、競合の後塵を拝することなく独自のサービスを提供することで自社の技術力を誇示したいと考えるため、結果的にファンのニーズとは必ずしも合致しないサービスが様々なサブカテゴリーから総花的に提供されることになります。これが、テクノロジーが利権化する怖さです。

 ちなみに、既にいわゆる「スマート・スタジアム」の洗礼を受けている米国スポーツファンがテクノロジーに対してどのような見方をしているのかを端的に表した最近のアンケートがあります。これは、スポーツビジネスジャーナル誌(2017年3月20日号)が特集した「スポーツ施設におけるファン体験」の中で紹介されているものです。

Q:スポーツ施設に期待しているテクノロジーは?

ない(ただ試合が観戦できれば良い) 49%
大型ハイビジョンスクリーン 37%
Wi-Fi21%
座席からの飲食注文 16%
座席のアップグレード 13%
隣の席にどんなファンが座るかを知る技術 8%
ファンタジースポーツ関連情報の提供 6%
ビジョンでソーシャルメディアの投稿が見られる 6%

 ご覧のように、米国スポーツファンの約半数はテクノロジーが試合観戦の邪魔をしないで欲しいと言っているのです。スポーツ産業にテクノロジーを応用する動き自体に冷や水を浴びせるつもりは全くありませんが、ファンから求められない技術は結果として早晩廃れていくため、本質をつかんだサービス開発が不可欠です。

万能薬にはならない「多機能複合型スポーツ施設」

 テクノロジーと並んで話題先行で誤解を生みやすく本末転倒になりがちなものに、多機能複合型スポーツ施設の建設があります。多機能複合型スポーツ施設とは、スポーツ施設の周辺に商業施設やホテル、レストラン、住宅などを併設し、都市機能を集約することで集客力を高めるというコンセプトを特徴としており、政府も官民連携でこのモデルを採用してスポーツ施設を核とした街づくりを進めていくとしています。

 多機能複合型スポーツ施設というコンセプト自体を否定するつもりはありませんが、繰り返しになりますが、スポーツの本質はコンテンツそのものが持つ魅力であり、「多機能複合型」というコンセプトがコンテンツ以上の存在にはならないのです。つまり、言い方を変えれば、コンテンツ力のないスポーツ施設の周辺にいくら他の機能を集約しても、集客力はアップせず、収益事業として成立しないのです。

 私は日本のプロスポーツ球団の施設改修などのお手伝いをしていることもあり、先行事例調査として多くの米メジャースポーツ施設を訪問しています。米国4大メジャースポーツなら、ほぼ全ての施設に足を運んでいますが、米国では「多機能複合型」という考え方はまだ主流ではありません。それは、このコンセプトが機能するだけの前提条件を満たすチームが限られるからです。

 スポーツの持つコンテンツ力自体が何より重要だと言いましたが、米国で年間総観客動員数から見て最大のコンテンツ力を持つのは、年間162試合を行うメジャーリーグ(MLB)です。そのMLBを例に挙げれば、全30球団の中で、街中に施設があるため結果的にその他の機能が近くにあった「結果的多機能複合型」のケースはいくつかあるものの、球団自身が戦略的に「多機能複合型」プロジェクトを進めているのは、私の知り限りセントルイス・カージナルス、テキサス・レンジャーズ、アトランタ・ブレーブスくらいしか思い浮かびません。

 カージナルスは、MLBの創設初期の16チーム時代(1901~1952年)に国内で最も南西に位置するチームだった名残りで、今でも多くのファンが遠方から試合観戦に駆けつけるというファン基盤上の特性を持っています。観客の90%以上は地元セントルイス市外からのファンで、ミズーリ州外からのファンも40%にのぼります。レンジャーズの場合も100マイル(約160km)以上離れた郊外から訪れるファンが観戦者の32%もおり、こうした遠方からのファンの顧客体験を損なうことがないように、多機能複合型スタジアムの建設計画を現在進めているところです。

 こうした遠方から訪れたファンは試合観戦を終えてもすぐには帰らず、宿泊前提で観光やレジャー、買い物などを楽しむのが特徴です。「多機能複合型」スタジアムが機能する前提としては、こうしたファン基盤やファンの行動特性の裏付けが不可欠です。

 こうした点を正しく理解せず、市場調査を十分に行わないまま「多機能複合型」というコンセプトに依存してしまうと、かつて似たようなコンセプトによって日本各地で推進された「コンパクトシティ政策」の迷走のように、必ずしも思惑通りに機能せず、場合によっては絵に描いた餅で終わってしまうでしょう。


顧客の“ペイン・ポイント”を把握しよう

 今の日本スポーツ界には、2020年に行われる“宴”の前夜祭のような雰囲気があります。阿波踊りではないですが、「踊らな損々」とばかりに半ば盲目的にスポーツ界への投資に追随する動きが散見されます。

 しかし、スポーツの協賛企業としても(その多くは上場企業です)、巨額の協賛料を支払うことに対し株主からの厳しい目に耐える精緻なアクティベーション(スポンサーの権利を活用した投資回収)計画を早急に練り上げて行く必要があるでしょう。また、スポーツ組織にしても、単に儲かれば良いというスタンスではなく、2020年後も有効活用できるハードやソフトを残さなければ結果的に自らの首を絞めることになります。

 そのためには、利権に目を奪われることなく、しっかりとした顧客視点でサービスの設計を進めていくことが何よりも肝要です。そんなことは当たり前だと怒られてしまいそうなので、ここではもう少しかみ砕いて考えてみましょう。

 スポーツ観戦でのファン体験(顧客満足度)を左右する要因は、「チーム要因」と「施設要因」に大別可能です。「チーム要因」とは、選手獲得やチームの成績、チケット価格、ファンサービスなど、チームがコントロールしている要因です。一方、「施設要因」とは、立地や座席からの観戦しやすさ、回遊性の高さ、飲食物の価格や品質、モニターの数など、施設側がコントロールしている要因になります。

 それぞれの要因において、重要度と満足度を調査すれば、「重要かつ不満」なエリアがファン体験を向上するための要改善項目(いわゆる、顧客の“ペイン・ポイント”)として浮かび上がります。利権化しやすいテクノロジーも、本来的には顧客のペイン・ポイントを改善するために用いられることが望ましいわけですし、多機能複合型スポーツ施設も、まずは施設・チーム単体で顧客満足度を高める努力を最大限行った後に段階的に移行していくべきコンセプトであるべきだと思います。


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