1. コラム

酒が生み、たばこが育てたNASCAR(上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 その数、何と25万人。先月半ば米フロリダ州デイトナビーチに全米中のモータースポーツファンが集結しました。そのお目当てはNASCAR(「ナスカー」と読む。全米ストックカー協会の略称)の開幕戦「デイトナ500」です。「デイトナ500」は今年で50周年を迎え、ファンは記念すべきメモリアルレースをその目に焼き付けるためにNASCARの“聖地”に足を運びました。

 NASCARで使用されるストックカーとは、いわば「改造車」のこと。市販車を極限まで改造して、楕円形のサーキットをひたすら周回しながらスピードを競い合います。こう言うと、とても単純なレースだと思われるかもしれません。しかし、30台の改造車が横3列縦10台の車列となって時速250キロ以上、車間距離10インチ(約25センチ)で爆音とともに3時間半も走り続ける光景は圧巻です。

 NASCARには、自動車技術の粋を集めたF1レースのような洗練されたイメージはありません。でも、米国では、日本で馴染みのあるF1やWRCラリーなどの他のモータースポーツが足元にも及ばない程の絶大な人気を誇っています。

知られざるNASCARの人気

 日本ではほとんど知られていませんが、1レースに平均10万人以上の観客を集めるNASCARは、米国で最も多くの観客を動員するスポーツです。米国スポーツ史上、最も観客動員数が多かったイベント上位20のうち17を占めています(NASCAR公式HPより)。

 また、テレビ視聴率ではメジャーリーグ(MLB)や全米バスケットボール協会(NBA)を大きく上回っており、全米フットボールリーグ(NFL)に次ぐ“第2の人気プロスポーツ”としての地位を手にしています。

このように、今や全米で押しも押されぬ人気スポーツに成長したNASCARですが、もともとは「南部の白人が愛する野蛮な娯楽」と揶揄されたローカルのマイナースポーツに過ぎませんでした。実は、NASCARが前回紹介したNFLに次ぐ第2の人気スポーツにまで成長した裏には、驚愕のマーケティング革命があったのです。今では、そのマーケティングモデルはNFLなどの他のスポーツがこぞって真似をしようとしているほどです。その核心に触れる前に、まずはNASCARの歴史とルーツをひもといてみましょう。

起源は禁酒法、発展のきっかけは公衆健康喫煙法

 NASCARの起源は、南部の密造酒製造業者が、配送車を改造して取り締まりを逃れた20世紀初頭の禁酒法時代だと言われています。その後アマチュアレーサーによる腕試しのレースが広大な平地を有する米国南部各地で開催されるようになりました。NASCAR発祥の直接的なきっかけとなったのが、フロリダ州のデイトナビーチの砂浜で開催された改造車レースでした。競技ルール統一の必要性からNASCARが法人化されたのは、1948年のことです。

 しかし、設立当初のNASCARは恒常的な資金難に直面していました。1950年代、60年代は、ドライバーがレース前に自宅を抵当に入れて資金を調達し、そのカネでタイヤや部品を購入してレースカーをチューンアップし、レースに勝てればその賞金で自宅を取り戻し、負ければすべてを失うといった“冬の時代”でした。レースはギャンブルそのものだったのです。

 NASCARが近代化の大きな一歩を踏み出したのは、70年代のことでした。きっかけは、69年に制定された「公衆健康喫煙法」(Public Health Cigarette Smoking Act)で、同法によりタバコ会社によるテレビとラジオを用いた広告が全面的に禁止されることになったのです。タバコ会社、R.J.レイノルズ(現R.J.Rナビスコ)は、それまでテレビやラジオに振り向けてきた広告費をNASCARに再配分することを決め、これにより多額の広告費がNASCARの運営をサポートすることになったのです。

 これによって、レース名はタバコブランドを冠した「ウィンストン・カップ」となり、また同社のスポンサー料でレース賞金基金も創設されるなど、資金的なテコ入れがなされました。また、それまでのレース場は非常に古くて汚く、酔っ払いが溢れ、喧嘩も珍しくないような場所で、家族がレース観戦に訪れるようなエンターテインメントではありませんでした。

 しかし、R.J.レイノルズはタバコのマーケティングで培ってきたノウハウをNASCARに全面的に投入していきます。施設を改装して会社のロゴを付けたり、観客席やトイレを清潔にしてNASCARをクリーンで統一感のあるイメージに変えていきました。これにより、同社の顧客である雑貨屋やコンビニエンスストア、ガソリンスタンドといった関係者を接待に招待することが可能となったばかりか、家族連れもレース観戦に訪れやすくなり、発展の素地が築かれたのです。

 しかし、R.J.レイノルズの参入は、NASCARによるマーケティング革命のほんの序章にしか過ぎませんでした。

続々と企業がスポンサーに名乗り上げる

 R.J.レイノルズの参入でNASCAR自体がマーケティングツールとなることが実証されました。すると、それまではタイヤメーカーや自動車ディーラー、モーテル、駐車場業者といった地元の自動車レースの直接的な利害関係者しか存在しなかったスポンサーに、自動車関連以外の業界から、巨大企業が流れ込んできました。そして、この流れをさらに加速させたのが米プロクター&ギャンブル(P&G)でした。

 P&Gは87年よりNASCARのチームスポンサーとなります。当時の主力商品の1つが粉石鹸の「タイド」でしたが、「タイド」は、粉石鹸市場では高品質・高価格帯に属する商品で、当時、下位中流階級(ローワーミドルクラス)が中心となっていたNASCARの顧客属性とはミスマッチだと思われていました。しかし、この製品がNASCARファンの間で爆発的に売れ始めたのです。

 これにより、NASCARファンのスポンサーブランドに対する忠誠心が他のスポーツに比べて非常に高い(スポンサー商品を購入することで、レースを間接的に支援しようとする意識が強い)ことが明らかになりました。すると、このファン特性に目をつけた多くの消費者ブランドがNASCARのスポンサーに雪崩れ込むようになったのです。

 そして、このファンのスポンサー企業ブランドに対する忠誠度の高さこそがNASCARのビジネスモデルの成功のカギであり、かつて「南部の白人が愛する野蛮な娯楽」と揶揄されたNASCARが、今ではNFLと肩を並べるまでに発展することができた原動力なのです。

ファンも認める、スポンサーは神様

 調査会社のパフォーマンス・リサーチが94年に実施した調査によると、実にNASCARファンの71%が、日常の消費行動においてNASCARのスポンサー商品を「必ず」もしくは「高い頻度で」購入すると答えています。これは、米国プロスポーツの中では群を抜く数値で、MLBなどの米国メジャースポーツと比較すると2倍の忠誠度を示しています。

 NASCARファンは、スポンサーからの支援なくしてレースが開催できないことを熟知しており、「スポンサー商品を買う」という行為を通じてスポンサー企業を支援し、“間接的なレース支援者”としてNASCARビジネスに貢献しているという意識を非常に強く持っているのです。

 事実、NASCARの調査によれば、コアファンの92%が「スポンサーからの支援なしではNASCARのレースは開催できない」と考えており、85%が「どの企業がNASCARやドライバーのスポンサーであるか知っている」と答えています。

 NASCARファンは、スポンサーからの支援なくしてレースが開催できないことを熟知しており、「スポンサー商品を買う」という行為を通じてスポンサー企業を支援し、“間接的なレース支援者”としてNASCARビジネスに貢献しているという意識を非常に強く持っているのです。

 事実、NASCARの調査によれば、コアファンの92%が「スポンサーからの支援なしではNASCARのレースは開催できない」と考えており、85%が「どの企業がNASCARやドライバーのスポンサーであるか知っている」と答えています。

勝利を呼ぶトライアングルモデル

 このように、NASCARファンが他のスポーツファンでは見られないほどの、スポンサー企業に対する高い忠誠度を示している背景には、先に述べた“NASCAR冬の時代”があります。「スポンサー企業あってのNASCAR」という意識がファンの中で広く共有されているのです。同時に、ドライバーにも同じ意識が共有されているため、彼らもイベントへの参加などスポンサー企業への支援を惜しみません。

 ドライバーが、レース直前にサイン会に参加したり、ピットでファンからの質問に答えるのは見慣れた光景です。これは、MLBで言えば、試合開始直前のロッカールームで先発ピッチャーがファンの質問に答えているようなものです。そんな光景は、他のプロスポーツではまず見られません。NASCARがしばしば「最も選手(ドライバー)にアクセスしやすいスポーツ」と言われるのも、このためです。

 こうしたファンやドライバーからの絶大な支援があるため、多くの大手企業がNASCARのスポンサーとなって資金的な援助を行い、ドライバー(チーム)はファンに白熱したレースを見せることができます。スポンサー企業もNASCARのファン特性を熟知しており、ファンの開拓や育成に協力的です。

 「ファンを増やせば、それが企業の直接的な利益につながる」ことを知っているからです。そして、この「ファン」「スポンサー企業」「ドライバー(チーム)」3者の相互依存関係により生まれた“トライアングルモデル”こそ、NASCAR発展の秘密なのです。

フォーチュン500社のスポンサーは他のスポーツよりも多い

 このトライアングルモデルのおかげで、今やフォーチュン上位500社のうちNASCARのスポンサーとなっている企業数は、他のどのプロスポーツよりも多く、逆に多くのプロスポーツがこのNASCARモデルに注目し始めています。米国スポーツマーケティング界の“グル”(教祖)とも呼ばれる、セントラル・フロリダ大学のビル・サットン教授は次のように指摘します。

 「MLBでの大きな問題点は、サラリーキャップ制度がないために、プレーオフに駒を進めることができるのは、ヤンキースやレッドソックスなどのビッグマーケットの金持ちチームに限られることです。しかし、毎年低迷している私の大好きなピッツバーグ・パイレーツがNASCARモデルを採用したら、彼らと少しは互角に戦えるようになるかもしれません。

 例えば、ファンがパイレーツのスポンサー商品を購入した額の一定比率を選手年俸に回すことができるような仕組みを作るのです。ファンにも試合に“参加”してもらうのです。これはチームにとってもスポンサー企業にとっても、悪い話ではないはずです」

 NASCARは、このトライアングルモデルを用いた徹底的なスポンサー企業へのメリット創出によって、他のスポーツリーグとの差異化を図っています。他のプロリーグから羨望のまなざしを受けるこのスポンサーシップモデルは、2004年の「B2Bカウンシル」の設置によって、さらに高次に進化することになります。

その「B2Bカウンシル」とは何なのでしょうか。次回は、その機能などを紹介していきます。そして、NASCARがいかにそのトライアングルモデルを基礎に、スポンサー企業への価値創出に努めているか、NASCARの起こしたマーケティング革命の神髄に迫ってみようと思います。

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