1. コラム

チームと都市のパワーゲーム(下)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 これまで2回にわたって、米国プロスポーツ界が球団移転によって経営の効率性を高めている実態を見てきました。スポーツリーグが球団を少なく絞り込むことで巧妙に「独占状態」を作り、供給側の球団が有利に交渉を進めています。米国の球団は、移転(とその意思表示)を繰り返すことで、経営効率を高めてきたのです。

 しかし、一方では「地域密着」を金科玉条とするスポーツ経営において、球団が頻繁に移転することは、長期的な繁栄につながらないのではないか、という疑問が出てきます。

本当に地域密着は必要か?

 そもそも、スポーツ球団はなぜ、地域密着を標榜するのでしょうか?

 米国プロスポーツにおいて、最も古い地域(コミュニティー)活動の1つとされているのが、米アメリカンフットボールリーグ(NFL)が実施している「パント・パス&キック」(Punt Pass & Kick)という8歳から15歳までの青少年を対象とした草の根活動です。1961年から開始され、今では半世紀近い歴史があるこのプログラムは、「パント」「パス」「キック」というフットボールにおける3つの基本的な動作の飛距離と正確性により総得点を競うものです。今では全米約6000の学校や、3000を超える公園やレクリエーションセンターで実施されています。

 全米で予選が8~9月に実施され、各地区を勝ち進んだ参加者たちは、10月に地区決勝戦を行い、全国大会が11~12月に行われます。全国大会は、実際のNFLのスタジアムで、NFL公式戦の前座として開催されます。11~12月はNFLもレギュラーシーズンが大詰めを迎える季節で(NFLのレギュラーシーズンは9~12月)、大いに盛り上がりを見せる時でもあります。

 NFLはこのイベントを通じて、子供たちに運動する機会を与えると同時に、プログラムを通じて競争やフェアプレーの精神を学ぶ機会を提供してきました。「どの子供にも平等な機会を与える」という趣旨により、参加は無料となっています。そして、実はNFLがこのプログラムを開始した1961年という年は、NFLにとって、いや米国のプロスポーツ界にとって大きな節目の年だったのです。

危機だった中央集権モデル

 33歳の若さでピート・ロゼール氏がNFLのコミッショナーに就任したのが1960年のことでした。以前に「格差の徹底排除で成長するNFL」でも解説したように、今やNFLの「強力な収益分配制度を基礎にしたリーグ全体の共存共栄」という経営哲学は米国プロスポーツリーグ経営の教科書となっています。そして、NFLは「米国で最も成功したプロスポーツ」と評されます。しかし、当時はまだ収益分配制度が整っておらず、リーグ機構の持つ力は弱かったのです。いくつものビジネスで成功を遂げ、財を成した海千山千の大富豪オーナーが、33歳の若造コミッショナーの言葉に耳を傾けるはずもなく、リーグ機構は“お飾り”に過ぎなかったのです。

 ところが、そのロゼ-ル氏は、後に「伝説のコミッショナー」と呼ばれるようになります。それは、NFLのDNAとも言える「リーグ全体の共存共栄」という思想を浸透させたことにあります。彼が最初に目をつけたのは、当時は各チームが個別に交渉していたテレビ放映権でした。ロゼール氏は、リーグ機構が全チームの総代理人としてテレビ局と交渉することができれば、交渉力は強くなり、テレビ放映権が高く売れると踏んだのです。

 目論見は当たり、チームが手にする分配金は3倍に増えました。そして、ロゼール氏はチームオーナーから大きな信頼を勝ち得たのです。彼はリーグ全体の繁栄がチームの利益拡大にもつながると信じ、収益源のリーグ一括管理を、テレビ放映権だけでなく、ほかの収益源にも拡大していきました。そして、現在の収益分配制度の基礎を築いたのです。

 しかし、実はこの「中央集権モデル」は、当初、大きな壁に突き当たりました。

独禁法の適用外に…

 反トラスト法(日本の独占禁止法に当たる)違反ではないか――。

 リーグによる一括交渉が、チームの経済活動の自由を奪っている、という疑いです。当時、議会による公聴会が度々開かれ、ロゼール氏やチームオーナーが尋問を受けることになりました。

 しかし、ロゼール氏は「NFLは社会の公共財である」というコンセプトを打ち出し、議会に対してロビー活動を展開したのです。全米にあるNFLチームは、それぞれの地域の子供たちが健やかに成長していくための機会を提供している、と熱弁を振るったのです。こうした主張もあって、1961年にリーグ一括のテレビ放映権交渉を反トラスト法の対象外とする「スポーツ放送法」(Sports Broadcasting Act)が制定され、全国放送局とのテレビ放映権契約をスポーツリーグが一括締結することが認められました。

 「パント・パス&キック」プログラムがスポーツ放送法と時を同じくして開始されたことは、偶然の一致とは思えません。背景には、「スポーツは社会の公共財である」というNFLのビジョンを具現化していく強固な意志が透けて見えるのです。前述の通り、このプログラムは各チームの地区で予選から決勝まで開催され、さらに「各チームとその地域が力を合わせ、リーグ全体として地域活動を展開する」という形態を取っています。この発想は、当時としては斬新で、「NFLは社会の公共財である」というメッセージを伝えるのに効果的でした。つまり、「パント・パス&キック」プログラムは、「社会の公共財」たる地位を確固たるものにするための巧妙な戦術だったのです。

スタジアム建設に税金を投じられるわけ

 「社会の公共財」と認められることで、スポーツリーグは大きな果実を手にします。それは、テレビ放映権の一括交渉権だけではありません。実は、意外な副産物を生んでいます。

 1960~70年代は、米国においてスタジアム建設が本格化した「第1次スタジアム建設ブーム」と呼ばれた時期に当たります。その背景には、米メジャーリーグ(MLB)によるエクスパンション(新規球団の参入)により、多くの新スタジアムが建設されたことがあります。MLBでは1961年、1962年、1969年の3回にわたりエクスパンションが行われ、アメリカンリーグに3チーム、ナショナルリーグに5チームの合計8チームが誕生しました。また、1977年にもアメリカンリーグに新たに2チームが追加され、1960年代、70年代の20年間で、合計10チームも増えているのです。

 実は、この時期に建設されたスタジアムの多くは、観客収容数が6万人前後という巨大な野球とフットボールの併用スタジアムでした。しかも、建設費の大半は税金によって賄われています。そして、税金投入を正当化する理由の1つとなったのが、「スポーツは社会の公共財」という考え方だったのです。


この半世紀に、米国4大メジャープロスポーツでは、48回のフランチャイズ移転が行われました(MLB12回、NFL9回、NBA18回、NHL9回)。単純計算で、1年に1回はどこかのフランチャイズ球団が移転していることになります。それ以外に、移転に至らなかったケースまで含めると、球団と都市の間のパワーゲームは常態化していると言えるでしょう。

社会貢献は「当たり前」

 自由経済の国、米国で、独占産業がまかり通っているのです。

 本来は、「独禁法違反」であるリーグによるテレビ放映権の一括交渉を認めています。また、多額の税金を投入してスタジアムを作り、しかもスイートボックスやクラブシート(専用ラウンジやレストランにアクセスできる高級座席)の収入の多くはチームの懐に入ります。つまり、「テレビ放映権収入」と「チケット収入」というプロスポーツの2大収益源は、「社会の公共財」というコンセプトによって、球団が強い交渉権を持ち、高い収益性を維持しているのです。

 そして、米国メジャースポーツは、「社会の公共財」としての地位をより強固にしようとしています。そのため、社会貢献活動を「システム」としてチームや選手に課しています。

 2004年、NFLは「ジョイン・ザ・チーム」(Join the Team)と呼ばれる社会貢献活動のプログラムを作りました。「みんなで地域への慈善活動に参加しよう」という意味合いから名づけられたこの「ジョイン・ザ・チーム」では、社会貢献活動を「青少年」「地域」「多様性」「健康」「ボランティア」「NFLチャリティー」の6つに分類し、リーグ機構が各チームの地域活動をうまくとりまとめてPRしています(ちなみに、先に紹介した「パント・パス&キック」は「青少年プログラム」に分類されている)。

 全米バスケットボール協会(NBA)も、2005年に「NBAケアース」(NBA Cares)と呼ばれるコミュニティー活動を始めました。「青少年・家族」「教育」「健康」の3つの分野で、リーグ主導の地域活動を展開しています。

 「NBAケアース」の取り組みは戦略的で、5年間で以下の3つの目標を達成することが公約として掲げられています。

・ 1億ドル(約100億円)以上の寄付
・ 選手・スタッフらによる100万時間以上のボランティア
・ 全世界250カ所以上の居住・学習・遊戯施設の建設

 リーグ機構はこうした数値目標を設定するだけではありません。子供に読書の大切さを教える「Read to Achieve」、バスケットボールを通じて国境や文化的・経済的違いを超えて健康増進のための機会を提供する「Basketball Without Border」、バスケットボールを通じて子供たちにチームワークやスポーツマンシップ、積極性を学んでもらう「Jr. NBA/Jr. WNBA」という3つのプログラムを、各チームに義務づけています。さらに、労働協約によって選手の協力までが義務とされており、違反した選手には2万ドル(約200万円)の罰金が課せられます。

究極のCSR

 このように、米国のプロスポーツはリーグ全体として地域貢献活動に取り組んでいくことで、「社会の公共財」としての機能を強化していきます。つまり、各チームが地域社会との接点となって活動を実施する仕組みをリーグ全体で作り上げてしまえば、たとえ球団が他の都市に動いても、移転先で活動が継続されます。そのため、リーグ全体としての社会貢献度は変わらないというわけです。そして、図らずもこうした動きは近年注目されつつあるCSR(企業の社会的責任)の流れにも合致しています。

 このように、米国では、球団と都市のパワーゲームが生まれる前から、スポーツリーグは「社会の公共財」としての地位を確立させていたのです。そして、リーグ機構が社会貢献活動を次々とシステム化したことで、その機能を一層高め、球団移転が頻発しても、「地域軽視」という批判がわき上がらない…。だからこそ、移転は球団経営にプラスに働き、悪影響はほとんど受けないわけです。

 「地域密着」は決して経営の目的ではなく、戦略的な手段として使う――。したたかな米国スポーツビジネスの実態がうかがえます。


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