1. コラム

オバマが変えるスポーツ界(下)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、オバマ政権が、「金持ち優遇」のブッシュ減税から大きく舵を切り、低所得層へ厚く所得分配することで、富裕層の球団オーナーの“稼ぎ時”を直撃することを書きました。今回は、税制と並んでプロスポーツリーグ経営に大きな影響を与える通信・メディアについて、新政権の影響を考察してみることにします。

 一昨年10月、突然NFLからこんなEメールが届きました。

NFLから届いたEメール

 「プレッシャーをかけよう。市場を独占するケーブル会社をNFLネットワークとの交渉テーブルに着かせよう」(Start the Presses: Bring Cable Monopolies to the Bargaining Table with NFL Network)。そんなタイトルで、以下のような内容の本文が続いていました。


「我々(NFLネットワーク)は、皆さんが追加料金なく24時間のフットボール放送をお楽しみいただけるように全力を尽くしてきました。しかし、ケーブル会社はこれに異を唱えています。ケーブル会社に、交渉のテーブルに着くようにプレッシャーをかけましょう。今こそ行動を起こす時です!」

 そして、メールの最後にある「ここをクリック」(CLICK HERE)の部分をクリックすると、ケーブル会社への抗議文を地元メディアに送ることができるようになっていました。なぜこのようなメールが突然送られてきたのでしょうか?

「うちのスポーツ番組を基本パッケージに入れろ!」

 実はここ数年、スポーツリーグが設立した自社ケーブルテレビ局とケーブル会社の間で「ケーブル戦争」と呼ばれる小競り合いが起こっています。ケーブルテレビの普及率が低い日本ではあまり馴染みのない多少複雑な構図になっていますが、簡単に解説します。

 ケーブルテレビ業界には、各家庭までケーブルを敷き、番組配信システムを管理して料金を徴収する「ケーブルオペレーター」(いわゆる「ケーブル会社」)と、テレビ番組を制作し、ケーブルオペレーターの設備を使い番組を放送する「ケーブルチャンネル」(いわゆる「ケーブルテレビ局」)という2種類の会社が存在します。ケーブルオペレーターは視聴者からケーブル視聴料を徴収し、ケーブルチャンネルにプログラム使用料を支払います。

 米国の4大スポーツリーグは、リーグが自ら運営するケーブルチャンネルを持っています。NBAが1999年に「NBA TV」を開設したのを皮切りに、NHLが2001年に「NHLネットワーク」を、NFLは2003年に「NFLネットワーク」を、そしてMLBも今年1月から「MLBネットワーク」を開設しています。

 ところで、スポーツリーグがケーブルチャンネルを設置したからといって、すぐに各家庭に番組を放送できるわけではなく、制作した番組をケーブルオペレーターに放送してもらうよう交渉しなければなりません。ケーブルオペレーターは、ポピュラーなケーブルチャンネルを揃えた安価な「基本パッケージ」(ケーブル視聴者は必ず加入しなければならない)をベースにして、スポーツ愛好者向けの「スポーツパッケージ」や、外国の番組を上乗せした「インターナショナルパッケージ」などを用意しています。視聴者は、好きな番組を見るために、追加料金を支払って、こうしたプレミアパッケージを選択するわけです。

 そして、ケーブルチャンネルがオペレーターと交渉する際の最も大きな(揉めやすい)ポイントが、「チャンネルをどのパッケージに組み込むか」です。なぜなら、多チャンネル化が進んでいる米国では、ケーブルテレビのチャンネル数だけで数百にも上り、「基本パッケージ」に加入するだけでも、30~40くらいのチャンネルが視聴できます。多くの人はこれで十分なので、契約者数は「基本パッケージ」が最も多くなります。

 スポーツリーグとしては、多くの視聴者にリーチするために、この「基本パッケージ」に組み込んでもらいたいわけです。視聴者が多ければスポーツが普及しやすい効果もあり、ケーブルオペレーターから徴収するプログラム使用料も高くなります。

 一方、ケーブルオペレーターは、スポーツは基本パッケージに組み込むほどの価値がないと考えているようです。合理的に考えて、「(視聴者の少ない)スポーツプレミアパッケージで十分だ」と考えるケースが多いようです。こうして、両者の交渉はしばしば暗礁に乗り上げるわけです。

24時間放送でファンを育てる

 冒頭のEメールは、「NFLネットワークは基本パッケージには入れられない」として譲らないケーブルオペレーターに対し、NFL側がケーブル加入者を巻き込んだ反対運動を起こそうと画策したものです。スポーツリーグの自社ケーブルチャンネル側がここまでケーブルオペレーターと徹底して戦うのには訳があります。

 プロスポーツリーグがこぞって自社ケーブルチャンネルを開設する主な目的は、テレビ放映権を取得して試合放映を実施することではありません。むしろ、選手の素顔や監督・ヘッドコーチの心理戦、チームの歴史、ライバル物語、往年の名勝負といった、「試合」を楽しむための周辺情報コンテンツを充実させています。そうすれば、ファンの興味・関心のフックが増えて、スポーツ観戦に深みやストーリー性が出てくるわけです。試合中継では伝えることができない内容やテーマ、切り口を提供することで、ファンの好奇心を刺激し、シナジー効果を生み出すことを狙っています。

 自社ケーブルチャンネルの特徴は24時間放送です。「いつでもチャンネルを合わせれば、自分の好きなスポーツの情報に接することができる」というのは、非常にシンプルで強力なメッセージであり、そのスポーツにのめり込む人々を作り出す効果があります。

 そんな「ファン育成」を狙っているため、露出の可能性を広げることが、リーグにとって最重要課題なのです。だからこそ、スポーツリーグはなんとしても「基本パッケージ」に入って、多くの人に観てもらおうと必死になっているわけです。

「スポーツリーグ寄り」だったブッシュ政権

 米国の通信・メディア業界を監督しているのが連邦通信委員会(FCC)で、そのトップはアメリカ合衆国大統領によって任命されます。したがって、大統領はFCC委員長を通じて、通信・メディア行政に大きな影響力を及ぼすことになります。

 ブッシュ政権下でFCC委員長を務めたのはケビン・マーティン氏で、同氏は「ケーブル戦争」では、どちらかというとスポーツリーグ寄りのスタンスを取ってきました。例えば、昨年10月にFCCは、ケーブルオペレーター大手のコムキャストに対して、より多くのスポーツファンが番組を楽しめるよう、NFLネットワークを基本パッケージに組み込むように勧告を出しています。

 全米には、約1万社のケーブルオペレーターが存在しますが、地域色が極めて強く、同一地区内で複数のオペレーターが激しい競争を展開している地域はそれほどありません。独占が横行していると言ってもいいでしょう。そんなこともあって、FCCは以前からケーブルオペレーターに競争原理を導入することで、消費者により良いサービスを提供したいと考えていました。ここに、NFLとFCCの思惑が一致したのです。

 しかし、オバマ新政権となり、マーティン氏は任期満了を待たずに辞任する意向です。後任は、オバマ氏の政権移行チームのメンバーで、ハーバード大ロースクール時代からの友人でもあるジュリアス・ゲナコスキー氏が確実視されています。同氏は、1994年から97年にかけてFCCに所属し、委員長の側近を務めた経歴の持ち主です。

 新FCCがどう変わるのか、様々な憶測が飛び交っています。ゲナコスキー氏が選挙期間中からオバマ陣営の通信・メディア戦略立案のブレーンになっていたことから、オバマ選挙対策チームのメディア戦略にヒントがあると考えられます。

 ご存じの通り、オバマ陣営はかつてない大規模なメディア戦略を駆使して選挙を戦いました。選挙戦21カ月間で、310万人の個人献金者、1000万人のサポーター、ネットだけで約5億ドル(約450億円)もの政治献金を獲得しました(オバマ陣営のネットを活用した選挙活動については、大柴ひさみさんの「『オバマキャンペーン』をマーケティングの観点から分析する(2)」が詳しく解説しています)。

 メディア(特にネット)が草の根の力を結集したわけです。こうしたアプローチから、新政権下では、「ユニバーサルアクセス」(社会的地位・地域にかかわらず、すべての人が情報インフラを利用できること)や「ネットニュートラリティー」(ネットが平等に開放され、誰もが同じ条件で利用できること)がメディア・通信行政のキーワードになると見られています。

 オバマ政権でリーグ、ケーブルともに大打撃か?

 「ユニバーサルアクセス」や「ネットニュートラリティー」に共通する「メディアの利用を万人に広く平等に行き渡らせる」という原則を考えると、ケーブルオペレーターとスポーツリーグにはともに“弁慶の泣き所”が存在します。

 ケーブルオペレーターにとっては、「アラカルト方式」の導入を迫られる危険があります。

 現在の「基本パッケージ」は、数十チャンネルもあるため、「僕はニューヨーク地域ローカルニュース局のNY1だけ見られればいい」と言う人でも、多くのチャンネルを一緒にされたパッケージ料金を払わなければなりません。これは、テレビゲームに例えれば、要らないゲームソフトまで抱き合わせで買わされるようなもので、消費者にとっては迷惑な話です。

 これに対して、視聴者が見たい番組だけをピックアップして、その分だけ視聴料を支払うことを「アラカルト方式」と呼びます。より多くの人にテレビ番組をリーズナブルな価格で提供できるこの方式の導入を、新FCCがケーブルオペレーターに求めるのではないかと言われています。

 ケーブルオペレーターとしては、アラカルト方式は請求入金システムの開発に莫大な資金が必要になるだけでなく、ケーブル視聴料と広告収入が減少する恐れもあります。アラカルト方式は、ケーブルオペレーターにとって「何としても避けたいシナリオ」なのです。

 一方、スポーツリーグは、「1961年スポーツ放送法」の厳格な適用を恐れています。

 以前「チームと都市のパワーゲーム(下)」で解説したように、米国メジャースポーツではリーグ機構が全国放送権をテレビ局に一括販売しています。しかし、これは厳密に考えると反トラスト法(日本の独占禁止法に当たる)違反になります。これに対し、NFLが「スポーツは社会の公共財」というロジックを作り出し、強力なロビー活動を展開した結果、1961年にリーグ一括のテレビ放映権交渉を反トラスト法の対象外とする「1961年スポーツ放送法」(Sports Broadcasting Act of 1961)が制定されました。そうした強引な手法を使って、やっと「一括販売」が認められた経緯があります。

 しかし、当時は無料の地上波放送しか存在せず、有料のケーブルテレビや衛星放送、そしてインターネットもありませんでした。現在、スポーツリーグは地上波テレビ放送以外の放送・通信領域でリーグ一括の権利交渉を行っていますが、1961年スポーツ放送法を厳密に解釈すると、これらは反トラスト法違反になるという見方が一般的です。

 しかも、昨今の米スポーツ界では、テレビ放映権が地上波からケーブルに徐々に移行しつつあります。MLBでは、既にケーブルテレビからの年間平均テレビ放映権料が地上波を上回っており、昨年からはそれまで地上波で放映していたリーグ優勝決定戦をケーブルに移しています。注目度の高いプレミアイベントは地上波で放送するのがスポーツ界の不文律になっていたので、このMLBの決定は関係者を驚かせました。 

 また、昨年来の不況がこの動きに追い打ちをかけており、広告収入という単一収益源しか持たない地上波テレビ局の収益構造の脆弱性が明らかになってきています。「米スポーツ産業は『100年に1度』の不況を乗り越えられるか?(上)」でも触れましたが、地上波FOXは大学フットボールのプレミアイベント「ボウル・チャンピオンシップ・シリーズ」の2011年以降の放映権をケーブル局大手ESPNに明け渡さざるを得ませんでした。

 しかし、受信世帯数を考えれば、ケーブルより地上波の方が多いわけですから、反トラスト法違反だけでなく、ユニバーサルアクセスの点からも、リーグによるケーブル放送ビジネスにFCCが介入してくる可能性があるのではないかと見られています。

 このように、スポーツリーグにもケーブルオペレーターにも、オバマ政権に突っ込まれたくない“急所”が存在します。リーグ機構による権利交渉も、ケーブルチャンネルのパッケージ販売も、双方のビジネスモデルの根幹をなす重要な部分ですが、そこには収益拡大を追求し過ぎたための「歪み」が潜んでいます。オバマ新政権がこうした聖域にメスを入れ、どこまで消費者の立場に立った変革を行っていくのか、注目されています。

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