1. コラム

オバマが変えるスポーツ界(上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 今月20日、バラク・オバマ氏が第44代アメリカ合衆国大統領に就任します。首都ワシントンDCで開かれる就任式では、1861年にエイブラハム・リンカーン大統領が用いた聖書を使って宣誓するそうです。リンカーン大統領は、オバマ氏と同じイリノイ州から第16代大統領となり、奴隷解放宣言を行いました。イリノイ州の偉大な先人にあやかろうというわけです。

 そのイリノイ州とオバマ氏は、世界最大のスポーツイベント招致を目指しています。州最大都市のシカゴが、2016年のオリンピック開催都市に立候補しており、東京やリオデジャネイロ(ブラジル)、マドリード(スペイン)とともに熾烈な招致合戦を繰り広げています。地元シカゴでのオリンピック開催に向け、オバマ氏も全面的にバックアップする構えです。そして、国際オリンピック委員会(IOC)は、今年10月に開催地を決定します。

 オバマ大統領誕生が、スポーツ界に与える影響はオリンピックにとどまりません。米国スポーツビジネス関係者は、選挙期間中から、彼の2つの政策に注目していました。「税制」と「メディア・通信」です。

 果たして新政権発足は、米スポーツビジネスをどう変えるのか――。米国社会に起こる“チェンジ(変革)”を、2回にわたってスポーツの視点から考察します。
 

年率19.7%の高収益投資

 今回は「税制」について見ていきます。ブッシュ政権は、高所得層を優遇した減税政策(いわゆる「ブッシュ減税」)で、キャピタルゲイン税率を28%から15%に大幅に引き下げました。そして、高額所得者である球団オーナーの懐を潤しました。というのも、オーナーは、球団売却で巨額のマネーを手にしますが、その時に払う税金が安くなるからです。

 米フォーブス誌によれば、1998年からの10年間で、米国4大スポーツリーグの球団は、資産価値を2.7倍に膨らませています。これは、年率19.7%で成長した計算となり、球団ビジネスがいかに儲かる投資であるかが分かります。

 米スポーツ界では、かつてのように、球団を「社会の公共財」として、利益度外視で保有する人はほとんどいなくなりました。球団オーナーは多くのビジネスを手掛けており、そうした事業ポートフォリオの一部としてスポーツを組み込むわけです。したがって、他の事業のプロモーション手段という効果も狙っています。また、ビジネスのノウハウを球団経営につぎ込み、資産価値を高めて売却する、という「投資対象」という側面が強くなってきています。

 「スポーツを金儲けの手段にしている」という批判もあるでしょうが、決して悪い面ばかりではありません。むしろ、球団経営やスポーツ事業が拡大再生産されなければ、関係する多くの人々に悪影響が出ます。ファン、スポンサー企業、メディア企業、地方自治体、投資家など様々なステークホルダーが関与しているスポーツビジネスは、着実に発展していかなければならないのです。そのため、スポーツリーグ経営のトップであるコミッショナーには、常にリーグ価値の最大化が求められていますし、球団オーナーは収益を増加させ続けなければなりません。

 例えば、「松坂に120億円を払えたのはなぜ?」でも触れた米メジャーリーグのボストン・レッドソックスは、その好例でしょう。レッドソックスは、2002年にヘッジファンドで財を成したジョン・ヘンリー氏が7億ドル(約630億円)を投じて買収しました。そのヘンリー氏は、ヘッジファンドで培った独自のデータ分析手法を選手評価に応用しました。また、持ち株会社「ニューイングランド・スポーツ・ベンチャーズ」を設立して、グループ経営の中核に据え、その下に球団やスタジアム、ローカルケーブル局、スポーツマーケティング会社を置きました。そして、各事業が相互に高いシナジー効果をもたらすように運営してきました。

 こうした収益最大化を追求する球団経営により、レッドソックスは2003年シーズン途中から現在まで、ホームゲームのチケットを完売しています。また、新オーナーになってからの7シーズンでプレーオフ進出5回、ワールドシリーズ優勝に2回輝いています。フィールド内外で成功を収めたレッドソックスの現在の資産価値は8億1600万ドル(フォーブス誌調べ)となり、6年間でチーム資産価値を1億ドル以上増大させたことになります。

 下表は過去5年間に売却された球団の一覧表ですが、この18の取引の平均球団保有年数は14.8年、平均初期投資額は約1億ドル、平均売却額は約3億3170万ドルとなっています。

■ 過去5年間の4大スポーツにおける球団売買

*1:球団とスタジアムの株式の50%
*2:新規参入料
*3:株式の50%。既に株式の49%は1999年に2億7500万ドルで取得済み

出所:SportsBusiness Journal, Team Marketing Reportのデータより作成

共和党びいきの米スポーツリーグ

 しかし、新オバマ政権は富裕層を優遇するブッシュ政権とは対照的に、高所得層から低所得層へ所得分配することを基本政策としています。キャピタルゲイン税を15%から20%に引き上げる公約を掲げ、相続税も最高税率45%を維持することを明らかにしています(350万ドル以下は免除)。つまり、「億万長者のビジネス」であるスポーツビジネスは、オバマ政権になって厳しい状況を迎えます。

 ちなみに、大統領選挙で対立候補だったマケイン氏は、キャピタルゲイン課税を7.5%に減税すると同時に、相続税についても15%まで大幅に減らす(500万ドル以下は免除)ことを公約に掲げていました。そのため、多くの球団オーナーや幹部から、多額の政治献金を受けたのです。米スポーツビジネスジャーナル誌の調査では、米4大スポーツは、すべて共和党支持が優勢でした。大統領選では、米スポーツビジネス界全体で総額480万ドル(約4億3200万円)の政治献金を納めていますが、その71%がマケイン氏に流れたのです。

 国の政策がスポーツ界に少なからぬ影響を与えるため、政治献金だけでなく、積極的なロビー活動も目立ってきました。多くのリーグは、ワシントンの法律事務所やロビイストと契約して、ロビー活動を外注化してきましたが、MLBは2001年から政治団体を設立してロビー活動を内製化しています。NFLも昨年5月に独自の政治団体を設立し、リーグ機構内にもロビー活動を手掛ける部署を設置しました。そのヘッドには、元政治家が起用されています。

 こうした政治団体を設立することで、政治資金を効率的に収集できるようになります。米連邦選挙法では、候補者への個人献金は上限が2300ドルに定められています。それに対して、政治団体への献金は、5000ドルまで可能になっています。

オバマ増税で「稼ぎ時」を逃がす

 スポーツ界にとって、最も脅威となるのは、やはりキャピタルゲイン課税の強化でしょう。オバマ政権による中・低所得者層を優遇する税務政策により、チーム売却時のキャピタルゲイン税が15%から20%に引き上げられることで、オーナーの「稼ぎ時」であるチーム売却に影響が出てきます。

 例えば、現在NFLではマイアミ・ドルフィンズの売却手続きが進められています。ドルフィンズのオーナーであるウェイン・ハイゼンガ氏は1994年に同チームとスタジアムを1億3800万ドルで購入しました。ハイゼンガ氏は2008年2月、チームとスタジアムの50%の株式をニューヨークの不動産王、ステファン・ロス氏に5億5000万ドルで売却しました。現在、残りの50%を売却する手続きを進めていますが、問題となるのは売却するタイミングです。

 仮に、残りの50%も5億5000万ドルで売却した場合、売却総額は11億ドルとなります。チームに負債がないと仮定すると、キャピタルゲイン税は売却益(売却額から取得額を引いた金額)9億6200万ドルに対して課せられます。「オバマ増税」後に売却すると、売却益の5%を余計に持っていかれるわけですから、オーナーとしてはたまったものではないでしょう。ブッシュ政権下なら、売却益の15%に当たる1億4430万ドルが課税されますが、オバマ政権下になれば20%の1億9240万ドルとなります。つまり、差額の4810万ドルが吹き飛ぶわけです(それでもハイゼンガ氏の平均運用利回りは約16%で、割の良い投資と言えるのですが)。

 このように、新オバマ政権下の税制は、富裕層である球団オーナーには厳しいものとなります。次回は、ここ数年“ケーブルチャンネル戦争”が勃発している「メディア・通信」領域における新政権発足の影響を考えてみます。

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