1. コラム

邪道?王道?名物独立リーグ球団の異色集客手法

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 「なぜ白ブタの置物がスタジアムの入口に…?」

 私は思わずそうつぶやいてしまいました。文字通り、真っ白な2匹のブタの置物が入場ゲートの前で私を出迎えてくれたのです。

筆者撮影(以下同)

首をひねりつつ笑いをこらえながら入場門を越えて歩いていくと、今度は見慣れたキャラクターが壁沿いに野球のユニフォームを着て据え置かれているではありませんか。

「なぜスヌーピーがこんなところに…?」

 頭の中を疑問符でいっぱいにしながらも、何だか少し胸躍る感触を楽しみながら、私はコンコースを歩き続けました。そして、観客席に出てバックネット裏からフィールドを見渡すと、さらに驚くべき光景に遭遇しました。

 多くの選手達が外野でウォーミングアップを行っている最中、お世辞にもプロには見えない不恰好なスイングで打撃練習を行っている人物がいたのです。しかも、よく見るとそれは女性でした。笑顔を見せながら、打撃練習を満喫しているように見えました。

 「ああ、彼女はグランドキーパー。ちなみに、今投げているのが監督だよ」

 同行してくれた球団幹部は、事も無げにそう教えてくれました。驚きはまだ続きました。奇妙な打撃練習を左手に見ながら内野席の通路を右翼方面に歩いていくと、コンコースの端に無造作に1組の座席と丸机が置かれています。足元の段ボール箱の中を覗いてみると、そこにはなぜかバリカンが収納されていました。この座席は試合観戦しながら美容師に髪を切ってもらえるという「散髪シート」だったのです(もちろん、シャンプーなどの気の利いたサービスはありませんが)。

 これは、私が今年6月半ばにクライアントとともにミネソタ州セントポールに本拠地を置くあるプロ野球球団の視察に訪れていた時に(しかも球場の視察を開始してほんの10分も経たない間に)目にした光景です。

 その球団の名前はセントポール・セインツ。米メジャーリーグ(MLB)とは提携関係を持たない独立リーグ「アメリカン・アソシエーション」に所属するこの球団は“米国で最も有名なマイナー球団”として知られています。

 今回のコラムでは、米国の名物独立リーグ球団による異色集客手法についてご紹介しようと思います。近年、日本でも2005年に設立された日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)を皮切りに、四国・九州アイランドリーグ(2005年設立)、ベースボール・チャレンジリーグ(2007年)、関西独立リーグ(2009年)など、地域密着を標榜するプロスポーツリーグが続々と誕生しています。しかし、もちろん地域密着を掲げれば万事うまくいくというわけにはいかず、課題も少なくありません。

 新興スポーツリーグにおける最も大きな課題の1つは、競技力が低い中でどう収入を安定させるかでしょう。競技力は一朝一夕で向上するものではありませんが、競技レベルが低いスポーツにはなかなか観客やテレビ視聴者は集まりません。昨年4月に開幕したばかりの関西独立リーグが、発足から2カ月足らずで経営難に陥って運営会社がリーグ経営から撤退したニュースはまだ記憶に新しいところでしょう。

 セインツの取り組みはいささか極端で場合によっては過激ですらあります。セインツの取り組みを参考事例として考える方がいる一方で、スポーツ球団にあらざる“邪道”と捉える方もいるかもしれません。いずれにしても、日本ではまだあまり見られない種類の球団経営を展開していると言う点で、何か日本のスポーツ界にとってのヒントが隠されているかもしれません。

誰もが経営破たんを予感していた船出

 セントポール・セインツは1993年にミネソタ州セントポールに生まれた独立リーグ球団です。セントポール市の現在の人口は約29万人。日本で言えば函館市(北海道)や下関市(山口県)のようなイメージの典型的な米国地方都市と言えます。

 今でこそ“最も有名なマイナー球団”という地位を確立したセインツですが、球団設立当初は誰もが「数年で球団経営が立ち行かなくなるだろう」と思っていた、いくつもの悪条件を背負っていました。

 まず、セントポール市の隣のミネソタ市にはメジャー球団のミネソタ・ツインズがフランチャイズを構えています。セインツからツインズのスタジアムまでは直線距離で約5マイル(8キロ)ほど、車でなら約15分の距離です。メジャー球団の目と鼻の先にマイナー球団を作っても、誰も見に行かないだろうと思われていたのです。

 また、MLBとの提携関係を持たない独立リーグ球団は、提携関係を持つマイナーリーグ球団と比べると不利な経営構造を抱えています。選手給与の負担です。

 マイナーリーグは下図のように最下層の「ルーキーリーグ」からメジャー直前の「トリプルA」まで7階層に分かれており、各マイナー球団は“親元”のメジャー球団との間に選手育成契約(Player Development Contract、「PDC」と略される)を結んでいます。

 PDCは、メジャー球団が傘下マイナー球団の選手・コーチ(いわゆる「ユニフォーム組」)の人件費と福利厚生、ボールやバットなどの備品のための費用を負担する代わりに、マイナー球団は選手を育成する責任を負うというものです。マイナー球団は、メジャー球団から預かった選手を“元手”に独立採算で球団経営の必要経費(球団フロントの人件費や球団運営費等)を捻出することになります。

 例えば、ニューヨーク・ヤンキースなら下図のように6つのマイナー球団とPDCを結んでいます(7階層全てのマイナー球団とPDCを結ぶ必要はない)。ちなみに、PDCは2~4年契約が標準的で、契約更新の際に“親元”となるメジャー球団が代わることもあります。現ヤンキース傘下ダブルAのトレントン・サンダーは2002年まで宿敵ボストン・レッドソックス傘下のマイナー球団でした。定期的にPDCの契約更新の機会を設けることで競争原理が働き、緊張感のある球団経営が担保されるのです。

 ちょっと説明が長くなりましたが、要はメジャー球団との提携関係を持たないセントポール・セインツは、選手年俸も自らが独立採算で捻出しなければならないのです。こうした経営環境もあり、セインツの失敗は規定路線のように思われていたのです。

 しかし、セインツは見事に周りの“期待”を裏切りました。17年後、当初200万ドル(約1億8000万円)だった経営規模は550万ドル(約5億円)に拡大し、今ではコンスタントに黒字経営を実現しています。チケットはほぼ毎試合完売で1試合の平均観客動員数は7000人を超え、年間観客動員数は40万人に上ります。

 確かに、メジャーリーグと比較すると7000人という数字は見劣りしますが、トリプルA球団の平均を超える数字です。メジャーと提携関係にない(=メジャーの原石を見たいという集客インセンティブを持たない)独立リーグ球団としては、異例の数字と言えるでしょう。

メジャー・マイナー球団の平均観客動員数(2008年)

リーグ平均観客動員数
(1試合)
メジャーリーグ32,785
トリプルA6,302
ダブルA4,591
アドバンストA2,189
シングルA3,708
ショートシーズンA3,389
ルーキー・アドバンスト1,715

出所: SportsBusiness Daily

 約5億円の経営規模は、日本で言えばJ2でも比較的経営規模の小さな部類のクラブと同等です。誤解を恐れずに例えれば、浦和レッズの隣町にザスパ草津が本拠地を構えているようなものです。そこで観客動員を図り、経営を安定させることは並大抵のことではありません。

 一体、セインツの球団経営の成功の秘密はどこにあるのでしょうか?

野球以外の面から徹底的に付加価値を創り出す

 「野球を行うことはビジネスとは言わない」

 同球団取締副社長で、少数比率オーナーでもあるトム・ウェイリー氏は逆説的にこう断言します。セインツを“最も有名なマイナー球団”と言わしめるその最大の理由は、野球の試合を観に来たことを忘れてしまうくらい徹底して試合中のエンターテイメント体験の創出にこだわるその球団経営の姿勢にあります。

 そもそも、独立リーグ球団やMLB傘下のマイナーリーグ球団は、野球のレベルだけでみたらMLBとは比較にならず、プレーの質だけでお客さんを呼び込むには限界があります。そのため、程度の差こそあれ、どのマイナー球団もMLBの提供する「高価な野球観戦」とは対極にある、「手頃な娯楽」としてのポジションで差別化を図っています。

 セインツもその例外ではないのですが、その“割り切りかた”“突き抜け具合”が米国のマイナー球団の中でも際立っています。集客力の限定される競技以外の面から総合ファミリーエンターテイメントとして考え得るあらゆる付加価値を提供し安定した観客動員を図る。その徹底的なこだわりが、前出の「野球を行うことはビジネスとは言わない」という発言につながっているわけです。

 同行していたクライアントの育成担当者は「野球のレベルだけで言えば、もしかしたら日本の大学野球の方が上かもしれない」とこぼしていました。逆に言えば、野球自体がそのレベルであっても、別の付加価値をつけることで球団経営を成立させることができる1つの証左と言えるかもしれません。

勝負は試合開始前についている

 「勝負は最初の10歩で決まる」

 前出のウェイリー氏はスタジアムでの雰囲気作りについて象徴的にこう指摘します。ファンがスタジアムに来場して最初の10歩の間に「あ、いい雰囲気だな」「何だか面白そうだな」と思ってもらえたなら、そのファンはリピートする。思ってもらえなかったら、もうスタジアムには来ない。つまり、試合が始まる前に勝負はついてしまうという考え方です。コラムの冒頭でご紹介した私の体験も、こうした発想に裏打ちされたものだったのです(勝負はもちろん、セインツの勝ちでした)。

 冒頭でご紹介した事例はほんの氷山の一角で、セインツがファンを楽しませるために行っている球場での仕掛けやプロモーションの数々は、文字通り枚挙に暇がありません。例えば、当日私が気付いただけでもこれだけありました。

*ジャグジーに入りながら観戦できる“ジャグジー席”がある
*キャンピングカーを改造した“パーティー席”がある
*温室を改造したような“サンルーム・スイート”がある(冷房完備)
*スポンサー看板(保険会社)に垂れ下がるロープにぶら下がりながら観戦できる“特別席”が設置されている(上写真。看板には「健康保険の新しい見方、ベースボールの新しい見方」のメッセージが)
*山荘風のロッジ席がある
*始球式のボールをブタが持ってくる(球場入口にブタの置物があるのはこのため)
*始球式ならぬ「終球式」(試合終了直後にその試合最後の1球を投げる儀式)をファンが行う
*日本人職員がイニングの合間に英語のナツメロを歌う
*球場内に卓球台が置いてあり、試合に飽きたら卓球で遊ぶことができる

楽しいことは良いことだ

 こうした取り組みは、一見すると破天荒な“邪道”と受け止められるかもしれません。しかし、単にオフザケでこうした様々な取り組みを行っていると思っている方がいたら、それは間違いです。セインツには確固とした経営哲学があるのです。

 「楽しいことは良いことだ」(Fun Is Good)

 試合中にファンの朗らかな笑いが絶えないセインツの球団経営は、このフィロソフィーによって徹頭徹尾貫かれています。次回のコラムでは、この球団哲学が生まれた背景やセインツが目指している姿などについて書いてみようと思います。

(次回につづく)

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