1. コラム

自己否定により進化する欧米プロスポーツ界

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 これまでの2回のコラムでは、国内市場が飽和しつつある米プロバスケットボール協会(NBA)などの米国プロスポーツが海外投資家のマネーを狙って市場拡大を模索する一方(詳細は「中国資本と欧州モデルに活路見出すNBA」参照)、逆に海外マネーを引き付けてきた英プレミアリーグなどの欧州サッカーリーグが、過剰投資を抑え、地に足をつけた経営を実現するために米国のビジネスモデルを参考にしていることを解説しました(詳細は「“借金まみれ”からの脱却目指す欧州サッカーリーグ」参照)。

 スポーツビジネスと言っても、欧州と米国で採用されているビジネスモデルは対照的なものです。今回のコラムでは、過去2回のコラムを整理する意味も含め、欧米のスポーツビジネスモデルの違いを整理すると同時に、近年この2つの異なるビジネスモデルで見られる動きが一体どのような意味づけを持つものなのかを考えてみたいと思います。

米国プロスポーツが標榜する共産主義モデル

 「自由」「平等」を金科玉条とし、「競争=善」とする米国なだけに意外かもしれませんが、米国のスポーツビジネスで採用されているのは、実はこうした価値観とは対極にある市場原理を排した共産主義的モデルです。そして、この考えはスポーツビジネスの特殊性に密接に関係しているとされています。

 他のビジネスに比べ、プロスポーツビジネスの最も特殊な点は、その最終製品(=試合)が複数チームのパフォーマンスが織り成す複合物であるという点です(自動車産業で言えば、トヨタ自動車と日産が競争しながら1台の車を作るようなものかもしれません)。そのため、特定のチームが飛びぬけて強くなりすぎないように(大差がついて試合がつまらなくなる=顧客満足度が下がる)、ある程度チーム間の経営規模、戦力バランスを均等化する必要がある、というのが米国スポーツビジネス界での定説となっています。

 「戦力均衡を促進し、試合結果の予測不確実性を高める」ということになるのですが、言い換えれば、同じような戦力を持つチームを増やして、どこが勝つか出来るだけ分からない状態を人為的に作り出すということです。

 戦力均衡を促進する(同じような戦力を持つチームを増やす)ためには、球団の経営規模や選手獲得予算を揃えると同時に、選手の流動性をきちんと管理する仕組みが不可欠です。なぜなら、何もしなければ選手獲得予算の多い球団の方が能力の高い選手を獲得できる可能性が高くなるため、経営規模の多寡に応じて戦力に格差がついてしまうからです。

 そのため、米国メジャープロスポーツでは、リーグ収入を全チームに均等分配して“下駄をはかせ”たり、収入の多いチームから少ないチームに収益の一部を移転させる「収益分配制度」が導入され、球団の選手獲得予算に上限と下限を定める「サラリーキャップ制度」が導入されているわけです。こうして経営規模や選手獲得予算を均等化するのです。

 しかし、これだけでは不十分です。なぜなら、いくらお財布の大きさや中身の金額を揃えても、選手がきちんと市場に出てこなければやはり戦力均衡は実現できない(戦力が偏ってしまう)からです。

 選手の労働市場には、一般のビジネスパーソン同様に「新卒市場」と「転職市場」の2つのマーケットが存在します。新卒市場とは、選手が球団に初めて入団する際の労働市場であり、転職市場は移籍する際の市場ということになります。ここでも米国プロスポーツ界は「ドラフト制度」を導入して弱いチームに良い人材が行き渡るように配慮した上で、「フリーエージェント制度」を設置して、ある一定期間経験を積んだ選手を市場に出して自由に移籍できるようにしています。

 このように、選手獲得予算を均等化する一方で、市場に出てくる選手の流動性をきちんと確保しておけば、理屈としてはリーグ内のタレントは各チームに広く分布しやすくなり、結果として戦力が均衡されるのです。

 しかし、プレミアリーグなど欧州サッカーリーグには基本的にこうした米国プロスポーツ界に見られる管理施策はありません。自由競争の精神が貫かれています。この差は一体どういうことなのでしょうか?

内向きの米国モデルと外向きの欧州モデル

 欧米プロスポーツでこうしたビジネスモデルの差異が生じた背景には、各スポーツ界が持つ“世界観”の違いが影響していると言えるかもしれません。

 米国のスポーツリーグが採用するのは、「自分たち」こそ「世界」であり、その外の世界は基本的に認めないとするモンロー主義的発想に裏打ちされた「閉鎖型モデル」と言えます。この発想は、例えば国内野球リーグの優勝決定戦を“ワールドシリーズ”などと臆面もなく名付けてしまうところなどに見られます。

 この世界観は、リーグ運営施策にも色濃く反映されています。米国のプロスポーツでは、球団数とその所在がリーグにより厳密に管理されており、各チームには一定地域におけるビジネス独占権(フランチャイズ)が与えられています。新規参入には巨額の参加費が必要となる上、既存球団オーナーの賛成がなければ勝手に参入ことはできません。言ってみれば、一見さんお断りの有料会員制クラブのようなものです。

 外の世界を認めない閉鎖型モデルでは、基本的に同じメンバーでの対戦となり、昇格・降格もありません。そのため、リーグ戦で優勝の見込みがなくなってしまった段階で一般的なファンの興味・関心は薄れ、それ以降の試合はいわゆる「消化試合」になってしまいます。それゆえ、同じメンバーの中でできるだけ“優勝の行方が分からない状態”を長く続ける、つまり戦力を均衡させることが不可欠となるのです。

 一方、欧州サッカー界が採用しているモデルは対照的に「開放型モデル」と言えるものです。「自分たち」は「世界の一部」であるという、コスモポリタニズム的世界観です。

 このモデルの特徴は、リーグが階層的に組織されており、上位リーグの敗者は下位リーグに降格し、下位リーグの勝者は上位リーグに昇格するという「昇格・降格システム」が採用されている点です。このモデルでは、各チームに地理的な独占権はなく、新規参入についても参加費を払うことなく最下層のリーグから興行を開始することが可能です。こちらは、出入り自由の大衆居酒屋といったイメージでしょうか。

 開放型モデルでは、リーグ戦での優勝の望みがなくなったとしても、昇格・降格レースが残っているため、ファンの興味・関心は持続します。しかも、国内リーグ戦と平行して国境をまたいだカップ戦も開催されるため(これもコスモポリタニズム的発想に根ざしていると言える)、消化試合の数は閉鎖型モデルよりもぐっと少なくなります。そのため、戦力を均衡させるという発想がそもそもないのです。

自己否定によるブレイクスルーする

 プロスポーツのビジネスモデルは、米国の共産主義的閉鎖モデルと、欧州の自由主義的開放モデルを両極に整理することができるでしょう。しかし、どちらのモデルが最良ということはなく、いずれのモデルにも一長一短があります。

 米国モデルでは、独占すれすれの管理施策により利益を関係者全体で享受し、リーグ全体として長期的な繁栄を築きやすいという利点がありますが、その内向的・孤立主義的態度により海外市場をとりこぼしたり、下位チームに合わせた協調戦略により上位チームの伸びしろを削ったりすることがあります。また、独占と紙一重なために(ビジネスの非効率性ゆえに)ファンや納税者が搾取されるといった欠点もあります。

 一方、欧州モデルでは、自由競争に基づいているためチームや選手の努力が正当に評価され、その利益が勝者にきちんとフィードバックされるという長所がありますが、長期的な協調よりも短期的なサバイバルが優先されるため、敗者に対するセーフティーネットが欠けていて長期的なリーグの繁栄を阻害する財政的問題(チームの倒産など)を生み出す可能性があります。

 こうしたビジネスモデルの差異を踏まえた上で過去2回のコラムでご紹介した欧米の事例を捉え直してみると、両者による一見“隣の芝は青く見える”的発想から生まれたように見えるアプローチに共通点があることが分かります。

 積極的に海外投資家に門戸を開き始めたNBAのケースは、米国スポーツ界がその共産主義的閉鎖モデルの欠点に気づき、その修正のためにアクションを起こし始めた動きと見ることができるでしょう。一方、ポーツマスFCの経営破綻も欧州の自由主義的開放モデルの抱える問題点が表面化した事件であり、欧州サッカー連盟(UEFA)による財政健全化へのアプローチはその欠点に対する解決策の提示と位置付けられるわけです。つまり、両者の動きはそのビジネスモデルの欠陥を埋め合わせるため、今までのビジネスモデルをある意味否定する“次なる一手”として共通しているのです。

 もちろん、こうした自己否定を伴うブレイクスルーには賛否両論が渦巻くため、その推進には組織のリーダーによる強力なリーダーシップが不可欠です。その意味で、大げさに言えばNBAコミッショナーのデビット・スターン氏とUEFA会長のミシェル・プラティニ氏は、(その成果は歴史が判断するとして)両極にあるビジネスモデルを変革した人物としてスポーツビジネス史にその名を刻むことになるでしょう。

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