1. コラム

MLBのお膝元に大胆に切り込む“小判鮫モデル”

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 これまでのメジャーリーグ、マイナーリーグに引き続き、今回のコラムでは独立リーグのボールパークをご紹介します。

 独立リーグとは、米メジャーリーグ(MLB)と提携関係を持たないプロ野球リーグのことで、選手は活躍してもMLBやその傘下のマイナー球団にステップアップすることはあまり多くありません。むしろ、かつてメジャーでプレーした選手や、マイナーでいい線まで上り詰めた選手が、その“余生”を送る場所というイメージが強いリーグです。そのため、独立リーグは米国野球界にてMLBの育成を担うというよりは、文字通り独立した存在として野球というエンターテイメントを地域に提供する存在として機能していると言えるでしょう。

 現在、米国内にはこうした独立野球リーグが6つ存在し、合計で57チームが所属しています。観客動員数はリーグによりまちまちですが、トップの「アトランティック・リーグ」(東海岸を拠点)は約4000人と、ダブルAと同等の集客力を誇ります(マイナーリーグの集客力については、前回のコラムをご参照下さい)。

■米国内の独立リーグの所属チーム数と平均観客動員数(2011年公式シーズン)

リーグチーム数平均観客動員数
(1試合)
アトランティック・リーグ74,054
アメリカン・アソシエーション143,147
フロンティア・リーグ122,535
カナディアン・アメリカン・アソシエーション81,850
ノースアメリカン・リーグ101,702
ペコス・リーグ6N/A

出所:SportsBusiness Journal誌

独立リーグとマイナーリーグの違い

 独立リーグとマイナーリーグの球団経営にて共通するのは、前回のコラムでも解説したように、野球のレベルでは最高峰のMLBに太刀打ちできないので、MLBが提供する「高価な野球観戦」とは対極にある、「手頃な娯楽」としてのポジションで差別化を図っている点です。

 一方、両者の球団経営で大きく違う点が2つあります。1つは球団経営上デメリットとなり、もう1つはメリットになりうる部分なのですが、前者は以前「楽しいことは良いことだ(上)~邪道?王道?名物独立リーグ球団の異色集客手法」でも述べたように、選手給与を丸抱えしなければならないため、それが経営の圧迫要因になるという点です。対照的にMLB傘下のマイナー球団は、選手・コーチ(いわゆる「ユニフォーム組」)の人件費や福利厚生、ボールやバットなどの備品のための費用をMLB球団に負担してもらっています。

 もう1つの違いは、MLBと提携関係にないため、MLBのフランチャイズルールに縛られることなく本拠地を自由に決めることが出来るという点です。「独立リーグ」と聞くと、MLB球団やマイナー球団がフランチャイズを置かない中小地方都市に消去法的に本拠地を構えるというイメージをお持ちの方も少なくないかもしれませんが、実際は必ずしもそうではありません。

 確かに、メジャーやマイナー球団のない都市に本拠地を置く独立リーグ球団も少なくありませんが、逆にメジャー球団の独占マーケット内に堂々とチームを構えてしまう独立リーグ球団もあります。そして、後者はMLBのフランチャイズルールに縛られるマイナー球団がなかなかできない芸当なのです。

 実際、先にご紹介した6つの独立リーグでトップの集客力を誇る「アトランティック・リーグ」は、後者のアプローチを取る球団が多く所属するリーグです。同リーグはもともと、ウォール街で成功したフランク・ボールトン氏が、自分の故郷であるニューヨーク州ロングアイランド市にヤンキース傘下のマイナー球団を誘致しようとしたことがきっかけになって誕生しました。MLBニューヨーク・メッツに独占テリトリーを理由に誘致を断られた同氏は、「ならば縛りを受けない独立リーグ球団を作ってしまえ」と球団を創設したのが契機になり、1998年にリーグが設置されました。現在では、人口が密集する東海岸の“トライステイト・エリア”(ニューヨーク・ニュージャージー・コネチカット3州)を中心に7チームが所属しています。

教科書的経営でMLBのおこぼれに預かる

 このアトランティック・リーグでトップの集客力(1試合平均5,537名)を誇るのが、他でもないボールトン氏が創設したロングアイランド・ダックスです。ダックスが本拠地を置くニューヨーク州サフォーク郡は、MLB規約にてヤンキース及びメッツの独占テリトリーとして定められているので、マイナー球団が許可なく本拠地を置くことはできません。しかし、独立リーグ球団なら許可は不要というわけです。

 ダックスのホームスタジアム「ベスページ・ボールパーク」(金融機関のベスページ連邦信用組合が命名権を取得)までマンハッタンから約50マイル(80km)、車で約1時間程度の距離です。同球場は座席数約6000席の典型的なマイナーレベルの野球場で、外野席はありません。球場内には広々としたコンコースがライトポール際からバックネット裏を通ってレフトポール際まで延びている、非常にシンプルな設計です。両ポール際にはそれぞれキッズゾーンとピクニックエリアが設けられており、顧客に場内での動きを促す設計になっています。

2000年にオープンした球場の建設費は約2200万ドル(約16億5000万円)で、これをサフォーク郡が拠出しています。サフォーク郡にしても、従来までMLBのフランチャイズルールのせいでプロ野球球団を持つことを阻まれてきた背景を考えると、独立リーグ球団誘致を機に自治体として町おこしをしたいという意図が透けて見えてきます。

 ダックスを視察して感じたのは、教科書通りの球団経営を忠実に実践している球団だなという点です。メジャーと違うのは、単に経営規模が違うだけというイメージです。例えば、座席数6000の小さな球場ながらも、普通席とは別にスイートボックスやクラブシート(ラウンジにアクセスできる特別席)などのプレミアム(高付加価値)シートもきちんと用意されており、顧客サービスの差別化がなされています。

 特に感心したのは、プレミアムシート専用口を上がると、ファンはラウンジを通らないと席に行くことができない仕組みになっている点です。席に着く前にラウンジを目にすれば、多くの人が「後で行ってみようかな」と思うことでしょう。顧客の動線を良く考えた設計になっています。

 私が座ったのはバックネット裏2階席のクラブシートだったのですが、スタッフが飲食のオーダーを取りに来てくれたり、iPadを持った営業担当者がプレーオフのチケットを売り込みに来たりもしていました。顧客サービスや個別営業にも抜かりがなさそうです。これで15ドル(約1125円)ですから、「高価なMLBに行かなくても、ここでもいいかな」という気分にさせられます。ちなみに、1階の通常席ならバックネット裏でも12ドル(約900円)です。

 球場内の営業権も基本的に全て球団が押えています。球団は、チケット1枚につき1ドル、スイートボックスの売り上げの25%、外野にある広告看板収入の一部、命名権収入の100%をサフォーク郡に支払うリース契約を結んでおり、上記以外は基本的に球団の収入となります。

 小規模だが教科書通りの球団経営をMLB独占マーケット内で堂々と行い、そのおこぼれに預かる。例えは悪いかもしれませんが、この意味でダックスのような球団経営は“小判鮫モデル”と言うことができるかもしれません。

“最優秀ボールパーク”に輝いた球場とは?

 もう1つ、アトランティック・リーグの別の球団をご紹介しましょう。ニュージャージー州カムデンに本拠地を置くカムデン・リバーシャークスです。

 カムデンは、フィラデルフィア(ペンシルバニア州)のデラウエア川を挟んだ向かい側の都市で、MLBフィラデルフィア・フィリーズの独占テリトリー内に位置します。フィリーズの本拠地から目と鼻の先の距離にあるので、リバーシャークスはさしずめ“フィリーズの小判鮫”ということになります。

 リバーシャークスの本拠地「キャンベルス・フィールド」は、もともと建設予定地にキャンベルスープ社の工場があった縁で、同社が命名権を取得しています。私がこの球場を皆さんにご紹介したかった理由の1つは、ここが2003年と2004年に「ボールパーク・オブ・ザ・イヤー」(最優秀ボールパーク)に輝いている、私のような球場マニアにはたまらない味のあるスタジアムだからです(球場は2001年にオープン)。

 球場に到着すると、まず正面に設置された愛嬌ある「キャンベル・キッズ」から歓迎を受けることになります。「勝負はファンが球場に到着してから最初の10歩で決まる」と言う人もいる位で、米国では多くの球場でこうしたアトラクションが入口に設置されており、“何だか面白そうな予感”を演出しています。

 球場内に入ると、こちらも典型的なマイナー球場で、座席数は約6500席で外野席はありません。ライトからレフトにかけて広いコンコースがぐるりと周回しており、コンコースより下は一般席、上はプレミアムシートと、ここでも座席数は少ないながらも顧客サービスの差別化がきちんとなされています。

 ライトポール際にはキッズコーナー「フット&ファンゾーン」が設置されており、子供達が元気よく遊び回っています。また、レフトポール際には、何とメリーゴーランドが設置されており、訪れた子供達が必ず足を運ぶ“お約束”の場所になっているようでした。コンコースの両端に子供用のアトラクションを設置することで顧客の流動を促すのです。子供が動けば親も動きます。1つしかないコンコースを歩けば、自然と飲食売店やグッズ売り場が目に飛び込んでくるという算段です。

 そして、何といってもこの球場の最大の魅力は、美しい夜景です。ちょうどレフトフィールドの奥にはフィラデルフィアと結ぶベンジャミン・フランクリン橋が架かっており、夕焼けが橋を照らし出す風景は幻想的で、つい野球観戦を忘れて見とれてしまう程でした。球場の設置場所や方向までもがファン目線で考え尽くされているボールパークと言えます。ちなみに、このボールパークはバックネット裏席で12ドル(約900円)でした。

独立リーグ球団と言って侮ることなかれ

 このキャンベルス・フィールドのもう1つのユニークな点は、州立大学が球場を保有している点でしょう(米国では、多くの球場は地元自治体によって保有されていますが、大学によって保有される球場をプロのチームが借りるという形を私は初めて知りました)。

 キャンベルス・フィールドは、この球場のすぐ隣にキャンパスを構える州立ラトガース大学が所有しています。約2500万ドル(約18億7500万円)の建設費はニュージャージー州やラトガース大学らが拠出しており、同大学が保有する球場をリバーシャークスが借り受けるという形になっています。そのため、当然球場もラトガース大学野球部との共用になっています(2009年からは、フィラデルフィアにある私立セント・ジョセフ大学の野球部も同球場を本拠地にしている)。

 自治体と大学が手を組んでスポーツを通じて地域振興を図るスキームにプロ野球球団が乗っかるという図式は非常に面白いと思います。キャンベルス・フィールドの開発はニュージャージー州の経済発展や雇用創出を担う独立機関=ニュージャージー経済開発局(New Jersey Economic Development Authority)が引き受けており、大学の施設とはいえ顧客満足を意識し、収益性を高める様々な工夫を凝らしたスタジアムが税金を使って建設されています。多くのスポーツ施設が地方自治体の教育委員会の管轄下にあり、事業的側面からの利用が制限されている日本との大きな違いの1つです。

 また、リバーシャークスを保有するオープニング・デー・パートナーズ社は、その他10以上の独立リーグ球団やマイナーリーグ球団を保有・運営する球団経営のプロ組織です。「楽しいことは良いことだ(下)~マイナー球団経営の旨みを生かす秘密の“レシピ”」でも解説しましたが、MLBほど球団保有ルールに厳しくないマイナー・独立リーグでは、複数球団を保有し、近代的な経営手法で一斉にターンアラウンドを目指すオーナーグループがいくつも存在します。

 独立リーグと聞くと、田舎の街に本拠地を置いて手作りで球団経営を行っているイメージがありますが(そのような球団もまだ少なくないですが)、観客動員力に優れている球団の多くは、メジャーにひけをとらない最新の球団経営手法を武器にMLBの独占市場に大胆に切り込む抜け目のない“小判鮫”経営を行っているのです。

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