1. コラム

“X体験”を商品化する究極の仕組みとは

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、世界の栄養ドリンク市場を席巻する「レッドブル」の誕生秘話や、マーケティング手法の特徴などについて解説しました。レッドブルは、飲料メーカーとしての常識を捨て、製品の品質以上にメディアを通じて伝えられるブランドの内容に徹底的にこだわりました。

 飲料メーカーであるにもかかわらず、飲み物を売ろうとせず、様々なスポーツイベントを通じた“X体験(誰にも真似できない極限体験)”を自らのブランドと位置づけます。そして、同飲料のキャッチコピー「レッドブル、翼を授ける(Red Bull Gives You Wings)」のように、ユーザーに自由に口コミをさせるために、「コンテンツ利用の自由」という“翼”を授けました。

 今回のコラムでは、レッドブルが既存の飲み物メーカーの枠を超え、ライフスタイルブランドのプロデューサーとして、その“X体験”を拡散するために構築した究極の仕組みについて解説しようと思います。

日本人も活躍するエックス・ゲームズとは?

 今や世界の栄養ドリンク市場でシェアナンバーワンを占めるレッドブルですが、そのきっかけとなったのが世界最大の栄養ドリンク市場である米国でのブレイクでした。今や、米国市場での販売量は同社全体の約半分を占めます(2012年、Euromonitor International調べ)。

 実は、米国にはレッドブルがそのブランドそのものとも言える“X体験”を広めていくうえで打ってつけのスポーツがあったのです。それが、今や若者に大人気のアクションスポーツ「エックス・ゲームズ(X Games)」でした。

 エックス・ゲームズは、米国のスポーツ専用ケーブルテレビ局ESPNが1995年から始めたアクションスポーツの競技大会で、スケートボード、BMX(マウンテンバイク)、モーターバイク、スキー、スノーボード、スノーモービルなどに乗りながら参加者が華麗なトリック(技)を競い合います。

 開催当初は夏季のサマー・エックス・ゲームズだけの開催でしたが、1997年から冬季開催のウィンター・エックス・ゲームズと併せて年間夏冬2回の大会が開催される競技となりました。

 4日間にわたって開催される大会には、20万人前後の観客が訪れ、テレビ視聴者数は3000万人を超えます。フェイスブックには440万人以上のファンを有し、特にティーンエイジャーに絶大な人気を誇ります。レッドブルは、このエックス・ゲームズのメーンスポンサーとして二人三脚でイベントを盛り上げてきました。

 日本ではあまりなじみのないエックス・ゲームズですが、近年日本人も活躍を見せています。例えば、昨年ロサンゼルスで開催されたサマー・エックス・ゲームズでは、モトクロスのフリースタイルで東野貴行選手が日本人として初めて金メダルを手にしています。

 また、今年1月にコロラド州アスペンで開催されたウィンター・エックス・ゲームズでは、14歳の平野歩夢選手が銀メダルを獲得してエックス・ゲームズ史上最年少でのメダリストに輝いています。

東野貴行選手が金メダルを決めたジャンプの模様(YouTubeのレッドブル公式チャネル)
平野歩夢選手が銀メダルを獲得したパフォーマンスの模様(YouTubeのレッドブル公式チャネル)

エックス・ゲームズは若者のライフスタイル

 少し横道にそれますが、良い機会ですので、米国ではもはやメジャースポーツとして一目置かれるようになってきているエックス・ゲームズについて、少し解説してみましょう。競技設立から20年が経ち、米国の若者から大きな支持を得ているエックス・ゲームズですが、その成功要因を整理すると、以下の3つに大別することができるかもしれません。

 第1に、ターゲットを明確に定めたニッチスポーツとして設立された点です。ESPNは、「若者(特にティーンエイジャー)に人気があり」、かつ「オリンピックに採用されていない」競技に着目して、「エックス・ゲームズ」としてプロデュースしました。

 エックス・ゲームズがターゲットとしている顧客層は、いわゆる「ジェネレーションY」と呼ばれる世代です。一般的には、1975年から1989年までに生まれた世代とされます(レッドブルの顧客層ともマッチします)。

 この世代には、

  • パソコンや携帯電話をおもちゃ代わりに使い、情報取得に長けている
  • 広告情報があふれる中で育っているため、商業的メッセージには警戒感を抱く
  • 豊かな時代に育っているため、常に自分が主役で、新しいものを追い求めている(自分が好きなものには金を出す)

 といった特徴が指摘されています。従来型のマーケティングではリーチしにくい層とも言われます。

 第2に、競技の特性上、広告露出の機会が豊富にある点です。エックス・ゲームズでは、1人ひとりのパフォーマンスが数分単位と非常に短く、競技間のインターバルが多いうえ、広告出稿が可能な場所も、スケートボードやスキーの板、ヘルメット、コースのジャンプ台など、多種多様です。

 数分の選手のパフォーマンスの後、ポイントを待つ間に選手がレッドブルを飲みながら、スポンサーのステッカーが4つも5つも張られたスノーボードの板を抱えてカメラにアップで映されることも珍しくありません。エックス・ゲームズほどスポンサーが堂々と露出し、かつ競技を邪魔する要素にならないスポーツはほかにないでしょう。

 つまり、協賛企業の立場から見れば、エックス・ゲームズはつかまえにくいジェネレーションYに対して、効果的にメッセージを送ることができる数少ない媒体なのです。

アスリートやファンにも“翼”を授ける

 第3の成功要因としては、競技者の表現(オリジナリティー)そのものが評価される点です。自分独自の方法で、オリジナル技を体現できるという競技特性は、ほかのスポーツと大きく異なります。

 「誰にも真似できないトリックを見せてやる」というアスリートの気持ちが若者をインスパイアし、エクストリームスポーツに引き込んでいくのです。「自由」が競技の原点であるという点が、他人に指図されることを嫌うジェネレーションYの若者の心に火をつけました。

 「正解のない(誰からも指図されない)、オリジナリティーが評価される世界」は、ジェネレーションYの若者にとって最高の魅力です。これが「エクストリームスポーツは単なる競技ではなくライフスタイルそのものである」と言われるゆえんです。

 余談ですが、このエクストリームスポーツの若者への人気には国際オリンピック委員会(IOC)も注目しているようです。2008年の北京オリンピックでBMX(マウンテンバイク)が正式にオリンピック種目として採用されたことをはじめ、2014年ソチオリンピックからは試験的にスノーボードとスキーのスロープスタイル(パイプやジャンプ台を含むコースを滑り降りる際の技の難易度と華麗さを競う競技)、スキーハーフパイプが採用されます。

 若者の「オリンピック離れ」を懸念したIOCはこうした若者の注目を集める競技を次々と取り入れようとしています。

 レッドブルは、エックス・ゲームズとのコラボレーションを活用して米国市場を積極的に攻めていきます。2006年にライアン・シェクラー選手、2007年にショーン・ホワイト選手など超大物選手たちと契約を結びました。ショーン・ホワイト選手と言えば、2010年のバンクーバー五輪のスノーボード(ハーフパイプ)決勝にて、ほかの選手を寄せつけない圧倒的なパフォーマンスで優勝した姿を覚えている方もいるかもしれません。

 レッドブルがこのようなスターたちを引きつける(契約を結びたいと思わせる)要因は、その契約金額ではありません。レッドブルはアスリートたちにも「翼」を授けるのです。

 例えば、レッドブルがアスリートに授けた「翼」の1つに、ショーン・ホワイト選手との「プロジェクトX」が挙げられます。このプロジェクトの目的は、バンクーバー五輪を目指す同選手のために、コロラド州のまっさらな雪山の中にプライベートのハーフパイプ練習場を造るというものです。

 これはスノーボーダーにとっては夢のような出来事です。誰も触れていない完璧な雪のハーフパイプを独占できるのです。このプロジェクトは、ドリンクの消費者に向けられているというより、世界中のアクションスポーツ選手やファンに対して、「レッドブルアスリートへの憧れ」を抱かせるものであったと言えます。

レッドブル「プロジェクトX」の模様(YouTubeのレッドブル公式チャネル)

 そのほかにも、レッドブルはスポーツ専門の医療ケアを提供するDISC Sports(USオリンピックチームとも提携をする最先端のスポーツ医療施設)とのパートナーシップにより、レッドブルアスリートに最先端のスポーツ医学を提供したり、専用のクラブハウス(試合前に用具や身体のケアを行う施設)を完備したりするなど、ケタ違いのサポートを行っています。

 これまでの単にエクイップメントを提供するだけのエンドースメント契約とは異なり、レッドブルは本当の意味で選手のパートナーとなり、エクストリームスポーツの発展に貢献しています。

レッドブルとの契約がアスリートたちの「憧れ」に

 レッドブルと契約を結ぶことは、すべてのアクションスポーツアスリートにとっての「憧れ」と言ってもいいかもしれません。このような万全のサポート体制を整えたレッドブルは、次々と大物ライダーと契約を結び、エックス・ゲームズの表彰台はほとんどレッドブルアスリートに埋め尽くされます。

 このようにしてレッドブルは、エックス・ゲームズの参加者やファンと「心理的なつながり」を築きました。言い換えれば、そのような若者にとっては、エクストリームスポーツとレッドブルはもはやライフスタイルの一部なのです。レッドブルはエックス・ゲームズのライフスタイルをそのまま缶に詰め込んだような飲み物と言ってもいいでしょう。

若者とのつながりを最大活用する究極の仕組み

 エクストリームスポーツ市場で若者と絶対的なつながりを築いたレッドブルは、その資産をレバレッジ(最大活用)すべく、究極の仕組み作りに乗り出します。その秘密が、関連会社「レッドブル・メディアハウス(Red Bull Media House)」の設立です。

 レッドブル・メディアハウスは2007年に設立されたメディア企業で、レッドブルがスポーツや音楽などを通じて創り出す“X体験”を様々な媒体に発信する役割を果たします。媒体は印刷メディアからインターネット、映画、ゲームに至るまで多岐にわたり、今では全世界160カ国に独自コンテンツを配信するネットワークを築いています。

レッドブル・メディアハウスが提供する主なサービス

 前々回のコラムでも紹介しましたが、レッドブルは今や20以上のスポーツイベントを独自に開催、F1やプロサッカーのチームも保有し、世界中で97の競技の500人を超えるトップアスリートとエンドースメント契約を締結しています。こうしたイベントやレッドブルアスリートの参加する写真や動画といったコンテンツの権利をレッドブルは自ら管理し、独自チャネルで配信するのです。

 例えば、インターネットサービス「RedBull.TV」では、レッドブルが主催するイベントの動画や、話題のトリック(技)、自らが制作した選手紹介映像などを無料で配信しています。イベントをライブ視聴することも可能です。こうした映像は、レッドブル・メディアハウスが全て著作権を押さえているため、ソーシャルメディアなどを介してユーザーが自由に転送・共有できる設定になっています。YouTubeでも公式チャネルを開設しており、著作権違反で削除される恐れもありません。

参考:RedBull.TVのトップページ

まだあるレッドブルの驚異的な仕掛け

 ここで思い出してください。レッドブルは飲料メーカーです。

 飲料メーカーがスポーツや音楽を通じて独自のコンテンツを創り出し、それをオリジナルメディアで配信しているのです。こんな飲料メーカーは、世界中を探してもほかにないでしょう。レッドブルは既存の飲料メーカーという枠を超え、飲み物を売るのではなく、レッドブルというライフスタイルを売る企業に変貌を遂げているのです。

 ですが、驚くのはまだ早いです。

 レッドブル・メディアハウスは単に保有コンテンツを整理・配信する「メディア・ライブラリー」ではないのです。2011年にはハリウッドに進出し、映像制作機能を強化しました。今や自らテレビ番組や映画を制作するプロダクションとしての事業も展開するようになっています。昨年からは、NBC Sportsと提携してアクションスポーツの面白さを伝えるテレビ番組「Red Bull Signature Series」を始めました。

 今や、レッドブルはプロスポーツリーグと同様に、テレビ局に放映権やテレビ番組を売り、スポンサーから協賛費を募り、ライセンスビジネスを展開する一大ライツホルダーなのです。悩めるビジネスパーソン時代にリポビタンDからヒントを得た創業者のディートリッヒ・マテシッツ氏は、その後30年の歳月かけて顧客やアクションスポーツ選手に“翼”を授け、ほかに類を見ない飲料メーカーを育て上げたのです。

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