1. コラム

DFS訴訟はスポーツ賭博容認に向けた序章

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、デイリー・ファンタジー・スポーツ(DFS)の登場によりファンタジー・スポーツ市場が一気に拡大し、多くの投資家から巨額の資金が流れ込んでいる実態を解説しました。DFS事業者は、テレビCMに巨額の資本を投下しているほか、各プロスポーツ球団のスポンサーになるなど、積極的に事業拡大に舵を切っており、米スポーツビジネス界の新たな成長エンジンとして注目され始めていました。

 その矢先、DFS事業者の従業員が内部情報を利用して巨額の賞金を手にしていたスキャンダルが発覚しました。これにより、DFS事業者を取り巻く環境は一変してしまいます。

 今回のコラムでは、DFS事業者の命運を握る訴訟の行方や、スポーツ賭博に対する米国スポーツ界の変化の胎動について解説しようと思います。

DFSビジネスは違法すれすれだった?

 ラスベガスなどの印象が強いため、米国はスポーツ賭博に対して寛容だというイメージがあるかもしれません。ですが、前回のコラムでも指摘したように、実は米国では1992年に成立した連邦法「1992年プロ・アマスポーツ保護法」(Professional and Amateur Sports Protection Act of 1992。通称「PASPA」)により、ラスベガスのあるネバダ州や、モンタナ州、デラウエア州、オレゴン州の4州を除き、スポーツを対象にしたギャンブルは禁止されています。

 さらに、2006年に当時のブッシュ大統領がインターネット賭博を米国内において禁止する「違法インターネット賭博執行法」(Unlawful Internet Gambling Enforcement Act。通称「UIGEA」)に署名しました。この法律は、それまでグレーゾーンだったネット賭博を閉め出したものなのですが、実はこの際にファンタジー・スポーツはUIGEAの取り締まり対象外となっています。

 ファンタジー・スポーツがインターネット賭博と認識されなかったのは、情報分析というスキルに基づくゲーム(game of skill)として整理されたためでした。しかし、UIGEAが成立した際、DFSという形態はまだ存在していませんでした。当時、ファンタジー・スポーツといえば、1シーズンを通してプレーするものが主流だったのです。

 つまり、厳密にはDFSは「運だめし」(game of chance)なのか「技量に基づく」ゲームなのかの審判は受けておらず、PASPAとUIGEAの規制の網を潜って今日に至っているのです。その意味で、DFS事業はまだ議論や法整備が成熟していない隙間を通って急速に発展してきた、グレーゾーンのビジネスとも言うことができるのです。

やぶ蛇になったスキャンダル

 しかし、従業員のスキャンダルにより、DFS事業者を取り巻く環境は一変することになります。インサイダー取引が発覚した直後、米国におけるギャンブルのメッカ、ラスベガスを抱えるネバダ州はいち早く「DFSを賭博(ギャンブル)と認定する」と表明しました。ただ、同州はPAPSAにより例外的にスポーツ賭博を許可されている州ですから、州にライセンス料さえ支払えば、同州での事業継続は可能です。

 ところが、DFS事業者はその直後に決定的なボディブローを受けることになります。ネバダ州に続き、ニューヨーク州もDFSを賭博と認定したのです(同州にはDFS事業者大手のファンデュエル=FanDuelが本社を置く)。同州はPASPAによる例外措置を受けておらず、スポーツ賭博は違法となります。そのため、同州司法長官はDFS大手2社に対して、違法賭博による業務停止命令を出しました。

 ファンデュエルとドラフトキングスの大手2社は即座にこの命令に異議を唱え、NY州司法長官を相手取って業務停止命令の差し止めを求める訴訟を起こしました。両社は、ファンタジー・スポーツを規制の対象外とする前述のUIGEAを盾にその事業の合法性を主張しているのですが、同法案成立時にDFSが存在しなかったことを考えると、両社の旗色は悪いと言わざるを得ません。

 この訴訟により、実質的に初めてDFS事業の合法性が問われることになります。もし万が一、NY州の主張が認められ、DFS違法判決が下されることになれば、これから爆発的な成長が期待されていたDFS事業そのものの存続が危うくなるかもしれません。スポーツ組織やメディアらDFSのステークホルダーが固唾を飲んで訴訟の行方を見守る中、注目の初公判が11月25日に開かれました。

 初公判では、NY州は司法長官自らが出廷し、「DFSは参加者がコントロールできない運動選手の未来のパフォーマンスに立脚する運に頼ったゲームであり、違法賭博に当たる」と主張しました。一方のDFS事業者は、統計を専門とする大学教授の力を借り、DFSが高度なスキルに基づくゲームであることを証明する報告書を提出するなど、これに応戦しました。

 早ければその日のうちにも業務停止命令が裁判所により承認されるのではないかとの憶測も流れましたが、裁判所は判断を保留し、DFS事業者は命拾いした格好です。

現実主義に舵を切るスポーツ界

 UIGEAは共和党政権下で誕生しましたが、その後民主党(オバマ)政権となり、オンラインギャンブルに対する政府の見方も柔軟になり、2011年12月にはそれまで政府が規制していたオンライン賭博も解禁されています。現在、オンライン賭博の合法性は州単位で判断する形になっています(ただし、PASPAのためスポーツを対象としたオンライン賭博は依然として違法と解釈できる)。

 以前「米国でスポーツ賭博が合法化される?プロスポーツ界とニュージャージー州が全面戦争に突入」でも解説しましたが、今まさに米国ではスポーツ賭博が過渡期を迎えています。苦しい台所事情のため、PASPAに反旗を翻してスポーツ賭博合法化に向けて歩を進める州が増えてきています。

 これに対してブレーキを踏んできたのが、ほかでもないスポーツ界でした。先のコラムでも触れましたが、PASPAの成立趣旨自体が元NBA選手による「スポーツ賭博の合法化は選手の八百長を招き、競技の純粋性を損なう」との考えに立脚したものです。“ブラックソックス事件”(1919年のワールドシリーズで発生した八百長事件。8選手が永久追放処分を受けた)以来、八百長との決別を誓っている米メジャーリーグ(MLB)を筆頭に、米4大スポーツリーグや全米大学体育協会(NCAA)が、その法案成立に尽力しました。

 2012年3月にニュージャージー州がスポーツ賭博合法化法案を可決した際も、4大メジャースポーツリーグとNCAAがこれに異を唱え、同州を提訴しています。しかし、スポーツ組織の姿勢にも変化が見られるようになりました。

 MLBとNBAのコミッショナーがいずれも今年に入りスポーツ賭博解禁に理解を示すスタンスを見せるようになったのです(MLBは2015年1月に、NBAも2014年2月にコミッショナーが代わり、世代交代が進んでいる)。

 これは、いわば「建前主義」から「現実主義」への転換とでも言うべきもので、スポーツ賭博が常態化している中で建前ばかり述べても果実は得られないとする考えへのシフトのように筆者には見受けられます。言い換えれば、ここにきて州政府とスポーツ組織の歩調がようやく合ってきたということになるでしょう。

スポーツ界や自治体の本音

 このように州政府やスポーツ組織のスポーツ賭博への姿勢の変化を理解すれば、DFS訴訟についても、違った景色が見えてくるかもしれません。つまり、州政府が最終的に目指しているのは、訴訟によるDFS事業者の排除ではなく、共存関係の構築なのかもしれません。

 これまで、DFS事業者は通常のビジネスとして一般的な法人税の適用を受けてきたわけですが、例えばDFSが合法的な賭博として認可され、仮に現行のカジノ税が適用された場合、ニューヨーク州であれば60~69%の累進課税が適用されることになります。州政府にとっても、新たな財源ができることになります。

 DFSが大きく成長している産業だけに、言葉は悪いかもしれませんが、州政府としては違法ギャンブルとして殺してしまうよりは、カジノや競馬のように州政府公認の賭博として生かし、事業継続を認める代わりにライセンス料を取得する形が現実的という判断です。仮に違法賭博として業務を停止させたとしても、賭博はなくならずに地下に潜るだけですから。

 スポーツ組織としても、当然八百長対策はしっかり行う一方で、DFS事業者をスポンサーに迎えたり、州政府経由でライセンス収入の分配を受けるなどにより果実を手にする形を思い描いているはずです。米国のような規制のない欧州では、スポーツだけでなく選挙やGDPの成長率、天気などまでが賭博の対象となっています。賭博業者(ブックメーカー)がプロサッカークラブのユニフォームに広告を出すことも今や珍しくありません。

 このようなシナリオに持っていくためには、少なくとも訴訟に勝利して「DFSは違法賭博」という司法判断を受けるか、あるいは和解に応じる形で合法賭博に持っていくしかありません。今回のニューヨーク州による訴訟は、まさにそのせめぎ合いの最前線と見ることができるのです。

DFS訴訟はスポーツ賭博容認への序章

 前述のように、米国ではネット賭博への対応は州政府に任されているため、本事案も州により対応が異なります。

 例えば、ドラフトキングスが本社を置くマサチューセッツ州は、DFSを違法賭博とは認定せず、一定の年齢制限(参加は21歳以上に限る)や広告制限(大学キャンパスなど教育機関内での広告を控える)を受け入れる前提で事業の継続を認める方針を明らかにしています。リベラルな学術都市としてブランディングしているボストンを擁する同州ならではのスタンスだと感じます。

 一方、財政難にあえぎ、アトランティック・シティなどのカジノを擁するニュージャージー州では、DFSを賭博と整理する一方で、ライセンス制度を導入することで合法的に事業を許可する法案作りに着手していると報じられています。

 今後、各州政府はニューヨーク州の訴訟の行方を見守りつつ、DFS事業への対応の検討を求められることになるでしょう。その際、そもそも地域による制約という概念を持たないインターネット事業に州政府による規制が実効的なのか、PASPAとの整合性はどうなるのかといった課題もありますが、全体としては緩やかにスポーツ賭博容認の方向に進んでいくのではないかと考えています。

 DFS訴訟は、スポーツ賭博の排除を目指したものではなく、むしろその容認への序章になるのではないかと個人的には思っています。

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