1. コラム

プロより儲かる大学スポーツ(下)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

(前回から読む)

 前回のコラムでは、大学スポーツがプロ顔負けの規模のビジネスとして成長しており、とくにアメリカンフットボール(アメフト)部が大学運動部からの全収入の大半を稼ぎ出している構造を解説しました。

 例えば、今年、学生アメフトで全米チャンピオンになったアラバマ大学を例に挙げると、19ある運動部からの収入(2007~08年シーズン)は約8890万ドル(約80億円)でしたが、そのうちアメフト部からの収入はその3分の2に当たる約5740万ドル(約52億円)にも及びます。同部のニック・セイバン監督の年俸400万ドル(約3億6000万円)も、こうした巨額の収入があるから可能になっているわけです。

 たかだか大学運動部の監督に、8年総額3200万ドル(約28億8000万円)もの巨額の長期契約を提示する…。日本では、まずあり得ない出来事でしょう。しかし、米大学アメフト界では、こうした巨額のプロコーチ契約が大きなリターンをもたらすため、多くの強豪大学が「収益の高い投資」として乗り出しています。

 今回のコラムでは、アメフトという「カネのなる木」を使って、大学がどのようにビジネスを展開しているのか、見ていくことにしましょう。

名コーチ招聘で巨大スタジアム建設へ

 2007年1月3日、アラバマ大学のキャンパスのあるアラバマ州タスカルーサは歓喜の渦に包まれました。セイバン氏のヘッドコーチ就任が決まったためです。

 アラバマ大学では、1992年の創立100周年に照準を合わせて、アメフト部が全米中から優秀な選手をかき集め、全米チャンピオンを手にしました。当時は、ちょうど私が大学に入学してアメフトを始めた年でした。アラバマ大学の「クリムゾンタイド」(Crimson Tide=深紅の潮)というチーム名は、私が所属していた大学アメフト部の名前(クリムゾン)と似ていたのでよく覚えています。しかし、100周年が終わるとともに低迷していき、全米チャンピオンの座から遠ざかっていました。

 セイバン氏といえば、2000年に長期低迷に苦しんでいた古豪ルイジアナ州立大学に監督として迎えられ、短期間でチームを立て直して2003年に全米制覇を遂げました。その手腕が高く評価され、全米プロフットボールリーグ(NFL)のマイアミ・ドルフィンズでもヘッドコーチとして采配を振るいました。米アメフト界では知らぬ者がいない「辣腕コーチ」です。

 そのセイバン氏が、再び大学チームに舞い戻ってくるということで、アラバマ州の地元住民は、「これでまた全米制覇を達成するかもしれない」と狂喜したわけです。

 そして、「セイバン効果」はてきめんに表れました。

 「セイバン監督就任」のニュースが流れると、アラバマ大学の年間シート(全試合観戦チケット)を求める人が殺到、順番待ちリストに名を連ねる人数が、それまでの3倍に膨れ上がり、1万人に達しました。そして、春の最初の練習試合には、なんと例年の2倍以上に及ぶ9万2000人の大観客が詰めかけたのです。スタジアムは超満員になり、入りきらないファンがスタジアムの外に溢れました。

 この盛り上がりを目の当たりにしたアラバマ大学体育局は、8000万ドル(約72億円)にも及ぶスタジアム改修計画をぶち上げます。38のスイートボックスや1600席のクラブシート(専用ラウンジ付きの高級席)を新たに設け、プロチームが使うスタジアムをも凌駕する内容になっています。これで1万席が加わり、来年に完成すると収容人数は10万人を超える、全米で6番目のスタジアムになります。

 こうして、セイバン氏の招聘によりアメフト部の収入は2年間で16%も増え、2008~09年シーズンには6500万ドル(約59億円)のアメフト収入と、3820万ドル(約34億円)の巨額の利益を生み出しました。スタジアムの大改修が完了すれば、高い収益が上がる高級シートが大幅に増えるため、さらに儲かるでしょう。

卒業生からもカネ集め

 セイバン氏就任の波及効果は、アメフトビジネスだけに留まりません。

 米国の大学アメフトシーズンは9月から年末までですが、この期間は日本で言えば大学受験の追い込みの時期に当たります。日本のような入試はありませんが、2月頃までに志望校に願書やエッセーを提出します。全米で放映される大学アメフトの試合は、絶好の宣伝の機会なのです。したがって、各大学はこのテレビ中継でコマーシャルを繰り返し流すわけです。

 アラバマ大学では、セイバン氏が就任後、優秀な学生の応募が急増しました。セイバン加入後、初の新入生となった2007年9月入学の学生は、高校で成績がクラス上位4分の1だった人が57%を占めました。これは、前年度の1.5倍を超える数字でした。有名コーチの就任が、大学全体に大きな影響を及ぼしたのです。

 そして、アメフト部に最も期待される役割が、寄付金集めです。

 前回のコラムでも解説しましたが、アメフト部は「感謝祭ゲーム」として卒業生と大学の交流を図り、卒業生の「同窓」意識やプライドをくすぐって、気持ちよく寄付金を出してもらう「集金マシーン」として機能しています。社会に巣立っていった卒業生が、日常生活から抜け出して、家族や友人と再会し、故郷や母校に思いを馳せる。まさに、感謝祭は寄付金を集めるにはうってつけのタイミングというわけです。

 アラバマ大学は、ここでも驚異的なセイバン効果を発揮しています。2002年からの5年間で、5000万ドル(約45億円)を目標とした「寄付金集め大作戦」を策定したのですが、セイバン氏の招聘によって、2007年までに目標を大きく上回る7000万ドル(約63億円)が集まりました。その後も寄付金は増え続け、昨年には1億ドル(約90億円)を超えたそうです。

 もっとも、大学に多額の寄付金が集まるのは、感謝祭ゲームのためだけではありません。

 寄付金を募る際、免税権がある非営利基金を設立します。すると、法人なら連邦課税所得の10%、個人では調整後総所得の最大50%の寄付控除を受けることができます。アラバマ大学の場合もCrimson Tide Foundationという非営利基金を設立して寄付金を募りました。

 つまり、税制を上手く活用することで、「どうせ税金でもっていかれるのなら、母校に寄付した方がマシだ」という心理をうまく突いているのです。母校への寄付で有名なナイキ創設者のフィル・ナイト氏は、総額3億ドル(約270億円)ものカネを母校のオレゴン大学に寄付していると言われています。

 ナイト氏は別格だとしても、通常、どの大学でも寄付金は100ドル程度から受け付けており、募集対象も数万人規模と広範に及びます。まさに、草の根から寄付金を集めるわけです。大学側も、あの手この手を使って寄付金集めに奔走します。

 卒業生に定期的に郵送するニュースレターで寄付を呼び掛けるのはもちろんのこと、大学の公式ホームページではクレジットカードを使って簡単に寄付できるようにしています。また、運動部の試合のチケット販売では、同時に寄付金を払った人には優待席を割り当てる大学も多く見られます。

 こうして集めた寄付金は、校舎や運動場といった新施設建設の原資にも使われます。したがって、寄付者に施設の命名権を与えることも、古くから行われています。米国の大学に行くと、キャンパスの建物やホール、会議室などに個人や法人の名前が付いていることが多いのですが、ほぼ全てが寄付者だと思っていいでしょう。

大学主導のブランド戦略

 集金力を最大化させるため、米国の大学は効果的なブランド戦略にも取り組んでいます。

 そのため、運動部のユニフォームの色やチーム名を統一しています。例えば、前述のアラバマ大学であれば、運動部のユニフォームの色は深紅と白(ホームゲームが深紅、アウェイが白)、チーム名は「クリムゾンタイド」と決まっています。アメフト部だけでなく、バスケットボール部から野球部まで、どんな運動部でもこの規則に従います。

 こうしたブランディングは、日本の大学ではあまり見られません。一方、米国の大学では、全運動部を統一したブランドで管理するのが当然のこととなっています。

 最大の理由は、学生や卒業生の同窓意識を喚起しやすいからです。統一されたブランドを中心に同窓意識が醸成されるからこそ、運動部の花形であるアメフト部の試合でも、アメフトに関わっていない大学関係者や卒業生をも巻き込んで寄付金活動が展開できるわけです。

 極端な例ですが、野球部が青と白の「ファルコンズ」で、その隣で練習しているサッカー部が緑と黒の「イーグルス」だったら、仲間という意識もなかなか沸いてきませんよね。それどころか、どちらが大学の花形運動部なのか、過去の伝統や戦績などを持ち出して、OBまで巻き込んだ争いが起こりかねません。ブランドを統一しておけば、こうしたコンフリクトを未然に防ぎ、全ての運動部がシナジー効果を持って活動を展開できるのです。

 当然、こうしたシナジー効果はビジネスとして大きなリターンを生みます。例えば、異なる運動部のファン同士でも、同窓意識から「一緒に応援しよう」とうい気持ちになりやすく、これがチケットセールスに好影響を与えるでしょう。名前やユニフォームの違うチームでは、なかなかそうはいきません。

 また、Tシャツや帽子、ジャージなどの大学スポーツグッズの販売においても同じデザインとスクールロゴを用いて「○○部」のところだけ変えればいいわけですから、スケールメリットが出ます。

 各運動部が、違うカラーとデザインの下で、それぞれがグッズを作っていたら、なかなか収益力は上がりません。しかし、大学主導でスクールカラーやニックネームを定めているため、スポーツと関係ない一般の学生にも当事者意識が生まれます。そのため、スポーツグッズだけでなく、文房具や日用品なども一般学生や地元住民、観光客に買ってもらえます。もし運動部主導で決められていたら、そのスポーツにのめりこんでいる一部の人にしか売れないでしょう。

 このように、米国の大学は、運動部のブランドを統一管理することで同窓意識を高め、効率よくビジネスを展開しています。こうして米国の大学でアメフト部が中心になってかき集めた事業収入や寄付金は、コーチの年俸や施設建設費、また他の運動部の運営費までまかないます。

 つまり、大学のブランドビジネスの中心に位置するのがアメフト部であり、その頂点に君臨するのがヘッドコーチなのです。そうして見ると、「常勝監督」が数億円の年俸を手にするのも、理解できるのではないでしょうか。

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