1. コラム

中国3億人のバスケ人口を取り込め (上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 米国4大プロスポーツの1つ、バスケットボール。リーグを運営する全米バスケットボール協会(NBA)に所属するヒューストン・ロケッツの本拠地は、「トヨタセンター」と呼ばれています。2003年に新設されたアリーナの命名権を、トヨタ自動車が1億ドル(115億円)で購入したからです。これは20年間の総額です。

 このトヨタセンターの客席には、トヨタの北米戦略車のピックアップトラック、「タンドラ」が展示されています。スター選手に混じってタンドラは、スタジアムに足を運んだ観客だけでなく、テレビ電波に乗って全米の家庭に映し出されます。

 米国ビッグスリーの牙城であるピックアップトラック市場では、世界のトヨタといえども、普通の売り方では顧客の心をつかむのは容易ではありません。そうした中で考え出されたのが、トヨタセンターであり、客席に置かれたタンドラなのです。

 「今日の試合は、ここトヨタセンターからお送りしております」。そんなテレビアナウンスに乗りながら、タンドラは北米市場で好調な販売実績を記録しています。

トヨタがバスケに託した野望

 今、NBAは国外の選手のスカウトや、海外にもNBAのファンを獲得する国際戦略を展開しています。NBAの国際戦略にいち早く目をつけた企業の1つがトヨタで、ロケッツの新アリーナの命名権を購入したのは、その一環です。つまりトヨタがロケッツに投資をした背景には、北米市場でのマーケティング戦略にとどまらず、米国以外での市場開拓にも役立てる意図があったのです。その1つの国が中国です。

 ロケッツでは中国のスーパースター、姚明(ヤオ・ミン)選手が活躍しています。姚明選手は2002年にドラフト1位指名で入団すると、ルーキー・イヤーから5年連続でオールスターに選ばれる活躍を見せています。そんな彼の勇姿は、本拠地の米国内にとどまらず、実は中国の家庭でも見ることができるのです。

 あまり知られていませんが、中国でのバスケットボール熱は非常に高く、人口13億人の中国でのバスケットボール競技人口は約3億人と言われています。この数字は、米国の全人口に匹敵する数です。そして、中国では既に51ものテレビ局がNBAの試合中継を行っています。51局の視聴世帯数は3億1400万世帯にもおよび、15歳から24歳までの男性の実に75%がNBAファンだと言われています。また、公式グッズを取り扱う店舗は、中国で5万店にも達しているそうです。

 中国ではいまだに人口は増加し、経済は急成長を遂げています。投資銀行ゴールドマン・サックスが今後急成長を遂げる国々をBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と名づけたのは4年前のことでした。BRICsの一角を占める中国は、今や外貨準備高は1兆ドルを超え、国内2つの株式市場の時価総額の合計は東京証券取引所に迫るほどの規模となるなど、ある意味で経済大国の仲間入りを果たしたと言っても過言ではない状況です。

 しかも、2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博を背景としたインフラ投資を牽引役に、さらに成長を遂げようとしています。成長で膨れ上がる中国マネーを取り込もうと、多くの企業が中国マーケットの開拓を狙っています。米国のプロスポーツはその1つで、そうした彼らの動きを利用して、企業も中国市場に食い込もうとする構図が、ロケッツのトヨタセンターには隠されているのです。

中国に眠る超巨大スポーツ市場

 もう1つ興味深い事実があります。中国戦略を急展開させているNBAが顧問契約を結んだのは、BRICsの名づけの親であるゴールドマン・サックスだったのです。同社によると、中国には、約20億ドル(約2300億円)もの潜在的なバスケットボールマーケットがあるといいます。

 NBAが60年以上かけて築き上げてきた米国内のマーケット規模が40億ドル弱です。この数字からも、中国に莫大な市場が控えていることが分かります。ちなみに、日本のプロ野球の市場は約1200億円と言われていますから、中国のバスケ市場は、その倍近い規模になります。

 今年9月、NBAはさらに中国に深く入り込みます。中国支部「NBAチャイナ」を設立したのです。そのCEO(最高経営責任者)の経歴は、スポーツ関係者を驚愕させました。

 CEOの名は、ティム・チェン。チェン氏は、NBAチャイナに移る直前は、マイクロソフト中国現地法人のCEOで、さらにその前職はモトローラ中国現地法人の社長という経歴の持ち主です。

 NBAがチェン氏を引き抜いたのには、それだけの実績があるからです。マイクロソフト時代には、ソフトウエア販売シェアを大きく伸ばし、モトローラ時代にも、中国国内でのモトローラの携帯電話シェアをトップに押し上げました。テクノロジー企業の凄腕経営者をプロスポーツ組織のトップに抜擢したのは、NBAの深謀遠慮があるからです。それは、NBAの中国戦略の歴史をひもとくと見えてきます。

 次回はNBAの中国戦略の詳細を見ていきます。

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