1. コラム

「テレビの失敗」からの大逆転劇(下)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

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 プロスポーツビジネスにおけるネットビジネスの分野では断トツの収益力と展開力を誇るMLB(米メジャーリーグ)ですが、果たしてBAM(MLB Advanced Media)が推進するようなリーグ主導統合モデルだけがプロスポーツにおけるニューメディア戦略の「正解」なのでしょうか?

 確かに、各チームに散らばっていたリソースを一元管理し、ファンに対して統一されたプラットフォームを提供することで、インターネットを介したビジネスの収益性を最大化するリーグ主導モデルを他のスポーツリーグが追随する動きも出てきています。NBA(全米バスケットボール協会)やNHL(北米アイスホッケーリーグ)などもチームに分散したネットコンテンツの権利をリーグに統合する動きが見られます。NFL(米アメリカンフットボールリーグ)がウェブサイトの外注化をやめ、ネットビジネスに本腰を入れる決断を下したのは記憶に新しいところです。

 しかし、違いも見られます。例えば、YouTubeやスリング・ボックスなどの新テクノロジー企業への対応です。

 MLBは、YouTubeに対しては著作権に反してアップされた違法コンテンツの速やかな削除を求める態度を取っています。しかし、NBAやNHLは既にYouTubeと収益分配契約を基本とした提携を結んでおり、ハイライト映像などを中心とした特別チャンネルを設置しています。

 このシリーズの最初の記事でもご紹介した通り、MLBはYouTubeと提携する代わりに“MLB版YouTube”とも呼ばれるアクトーバー・コムという動画共有サイトを自ら作ってしまいました。これなどは、NBAやNHLと対照的です。

 また、スリング・ボックスなどの、いわゆる“ロケフリTV”(自宅のテレビ映像をネット経由でパソコンに届けるサービス)に対しても、MLBは敵対的な姿勢を崩していません。なぜなら、例えば、ニューヨーク在住のヤンキースファンがロサンゼルスに出張した場合、このファンはロサンゼルスにいながらヤンキースの試合をパソコンで視聴できます。

 しかし、これはMLB.TVや衛星放送業者が提供するアウターマーケットの試合中継とコンフリクト(衝突)を起こしてしまうからです。そのため、MLBはスリング・ボックスに対して何らかのライセンス料を支払うように求め、法的手段も辞さない構えです。

 スリング・ボックスは今夏より「クリップ+スリング」と呼ばれる新サービスを開始しました。これはスリング・ボックスで視聴している映像の一部を録画・編集して共有できるというもので、例えば「9回裏の逆転サヨナラホームラン」や「残り時間2秒での逆転タッチダウンパス」などの場面を友達と共有できるというものです。NFLやNHLは既にこの新サービスを通じてハイライトシーンなどを共有できる基本合意を得ています。

 こうしてみると、何でもかんでもリーグに集約して内製化すればいいというわけでもなさそうです。では、こうした判断を分ける要因とは何なのでしょうか?

テクノロジーに惑わされず、ビジネスの本質に立ち戻る

 大きな要因は2つあります。1つは、そのスポーツの興行形態です。

 MLBは年間162試合が開催されますが、NBAやNHLはその半分の81試合、NFLに至ってはMLBの10分の1以下の16試合しかありません。MLBは1週間で6試合ほど開催されますが、NFLは基本的に週末に1試合しか行われません。そもそも、「商品」の数や販売タイミング自体が全く違うわけです。

 平日と週末のライフスタイルは全く違います。平日の夜7時からスタジアムに足を運んだり、自宅のリビングルームから試合観戦できる人はそれほど多くないでしょう。その分、ネットによる視聴の可能性が大きいのです。

 つまり、興行形態から見てMLBではネット中継がテレビ中継と並ぶ“主要商品”になる可能性が高いのに対して、MLBほど試合数が多くないスポーツでは、ネットはテレビ中継の補完的なメディアとしての位置づけが強くなるのです。

 MLBは昨年8月、携帯端末ブラックベリーを開発・販売するカナダのRIM(Research In Motion)と業務提携し、ブラックベリーからワンクリックでMLB.comにアクセスできる仕組みを構築しました。ブラックベリーは米国でベストセラーとなっている法人用携帯端末で、全世界に500万以上のユーザがいます。ブラックベリーのユーザーはビジネスユースがほとんどですから、平日のメディア消費を狙ったMLBならではの提携と言えるでしょう。

 2つ目は、スポーツの望ましい消費形態です。象徴的な例を挙げるなら、NFLは基本的にネット中継を実施していません。これは、技術的に“できない”のではなく、意図的に“しない”のです。

 なぜなら、NFLは試合をスタジアムかテレビで見てほしい(できればネットで見てほしくない)と考えているからです。NFLの醍醐味は大男たちがフルスピードでぶつかり合う迫力であり、スタジアムを埋める7万人の観客からの大声援です。こうした、商品特性がネットではうまく伝わらないとNFLは考えているのです。

 こうした要因から、ネットを「補完的なメディア」と捉えるか、「主要商品」と考えるかの差が生まれるわけです。前者として考えれば、多くのパートナーと提携して「統合より拡散」という意識が芽生えるでしょうし、後者なら大事な売り物を違法にコピーさせるわけにはいきません。

 テクノロジーに惑わされず、ビジネスの本質を見極める――。それなくして、どんな新規事業展開も成功しないことが、米スポーツ界のネット事情からも見えてくるようです。

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