1. コラム

マイナー球団経営の旨みを生かす秘密の“レシピ”

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、独立リーグ球団セントポール・セインツが実施している掟破りな球団経営の一端についてご紹介しました。

 「楽しいことは良いことだ」(Fun Is Good)

 セインツの破天荒なプロモーションはとにかく枚挙に暇がありません。面白いアイデアであれば野球に関係なくてもどんどん笑いのネタとして採用していきます。セインツは重複しないように毎試合違ったプロモーションを実施しているので、ご紹介していくときりがないのですが、例えば今シーズンはこんなバカバカしい? ゲームデー・プロモーション(試合毎にテーマを設定して盛り上げる)を実施しています。

・「最少観客動員試合(観客動員数ゼロ)の記録達成を祝う日」(試合が成立する5回の裏終了時まで、ファンは球場の外でBBQパーティーを実施して待つ)

・「マリオブラザーズの日(3月10日)」(3月10日の英語表記「MAR10」が「MARIO」に似ているというタダそれだけの理由)

・「水洗トイレ発明100周年を祝う日」

・「子供の日」(文字通り大人は入場禁止となる)

・「コンパス(羅針盤)の日」(飛行機型のコンパスを入場者先着2500名に無料配布)

 特に最後の「コンパスの日」は、教えてもらった私も笑いが止まらなかったのですが、昨年、球場近郊のミネアポリス・セントポール国際空港に到着する予定だったノースウエスト航空(当時)188便が交信を絶ち、空港を行き過ぎて240kmも飛行を続けた事件受け(飛行機は引き返して無事着陸した)、飛行機が行き先を間違わないようにとシャレをきかせたものです。

 配布されたコンパスの針は飛行機に、4つの方角表示は全て北西(=ノースウエスト)を示しており、行き過ぎた飛行機が旋回したウィスコンシン州の観光局がプロモーションに協賛するという徹底ぶりで、ファンの中から1名に抽選で飛行機が上空で折り返したとされる同州オー・クレア市までの旅行がプレゼントされたということです。シャレもここまで極めれば天晴れです。

 また、後述するようにセインツはこのノウハウを複数のグループ球団で横展開して収益性を最大化しているほか、他のマイナー球団や野球以外のスポーツ、ひいてはスポーツとは関係のない他業種の企業へのコンサルティングにも乗り出しています。つまり、「楽しいことは良いことだ」は単なるスポーツ球団のプロモーション技術という範疇を超え、1つの業界横断的な経営手法として確固たる地位を築いているのです。

 今回のコラムでは、球団のDNAとも言うべきこの「楽しいことは良いことだ」という哲学を持つセインツが目指している姿や、そのフィロソフィーが生まれた背景などについて皆さんにご紹介しようと思います。

ファンを楽しませるにはまず社員から

 スポーツはエンターテイメント産業でありサービス業ですから、ファンに球場に足を運んで頂く数時間を心から楽しんでもらい、最高の笑顔で帰途に着いて頂けるような体験を提供することがプロスポーツ球団としての使命ということになるでしょう。

 例えば、あなたは自分の会社が作った洋服を社員がプライベートでも着ているようなアパレルブランドの服を着てみたいと思うでしょう(社員が心から自分の会社のアパレルを好きだと思っている)。社員がプライベートでは寄り付かないようなレストランにはあまり足を運びたいとは思いませんよね。

 スポーツもこれと同じで、ファンに試合観戦を心から楽しんでもらうためには、まず球団スタッフが自分達の仕事を心から楽しんでいなければ話にならない。こうした考え方がセインツの球団哲学「楽しいことは良いことだ」のベースにあるわけです。もし球団スタッフが仏頂面で黙々と仕事をこなしているだけのチームだったら、見ている方まで固くなってしまいそうですよね。逆に、球団スタッフに笑顔に溢れ、何だか面白そうな人が揃っていたら、「1回くらい試合を覗いてみてもいいかな」という気持ちになるでしょう。

 前回のコラムでは、球場の雰囲気作りの「勝負は最初の10歩で決まる」というセインツの考え方をご紹介しましたが、球場のプレゼンテーションに限らず、セインツは球団経営のどの部分を切り取っても金太郎飴のように「何だか面白そう」という雰囲気が滲み出ているのです。

 例えば、球団公式ウェブサイトにあるスタッフ紹介ページ。多くの球団ではスーツにネクタイ姿か、ポロシャツ姿の球団職員が紹介されていますが、セインツは少し違います。段ボール箱を脇に抱えて忙しげに階段を駆け上がるポーズの副社長や、球場入口のブタの置物に跨って実況を行っている放送・メディア担当者、スヌーピーと記念写真に納まっている顧客サービス担当者など、写真を見るだけで思わず笑みがこぼれてしまいそうになります(実は、昨年までセインツはスタッフ紹介に子供の頃の写真を使っていました。私は個人的にこちらの方が好きだったのですが、さすがに顔と名前が一致しないのでやめてしまったのかもしれません…)。

 また、球場コンコースにある球団事務所入口のドアには、ご丁寧に上写真のような“警告文”が張られています。「このドアから離れて下さい。“楽しいことは良いこと”ですが、ドアにぶつかるのは楽しくありません」。とにかくファンが触れるもの、目につくもの全てがこの調子なのです。

ファン・フロント・選手の壁をぶっ壊せ

 こうした面白おかしい雰囲気を醸成するために、セインツはファン・フロント(球団スタッフ)・選手の間にある“見えない壁”を壊すことに心を砕いています。多くの球団には、ファンと球団の間に1つ壁があり、球団の中にも選手とフロントの間に壁があります。

 サービスを「受ける」側(=ファン)と「提供する」側(=球団)。野球を「プレーする」側(=選手)と「興行する」側(=フロント)。そうした認識・意識に基づいた立場の違いとでも言えばよいのでしょうか。しかし、「楽しさ」を追求する上でこうした見えない壁・立場の差が障害になることもあるとセインツは考えます。

 例えば、球団によっては「グラウンドは神聖な場所だからファンや職員に使わせるなんてもってのほか」「選手はプレーすることが仕事だからファンサービスにはあまり協力できない」といった意識が強いところもあります。良し悪しは別として、これはこれで1つの考え方であり、球団経営の哲学なのですが、楽しいことが至上命題のセインツには相容れません。

 前回のコラムでご紹介した、選手のウォーミングアップ中にグランドキーパーが打撃練習をしていたり、ファンが外野看板にぶら下がって“特別観戦”したりするのは、「ファン」「フロント」「選手」3者の壁を取り除き、皆が同じ立場に立って盛り上がってしまおうというセインツなりの意識的な試みだったのです。

 ちなみに、セインツは萩本欽一氏率いる社会人野球クラブチーム「茨城ゴールデンゴールズ」(通称“欽ちゃん球団”)と“爆笑球団世界一決定戦”と題した交流戦を行っています。試合と平行してマイクパフォーマンスでファンを魅了する欽ちゃん球団のスタンスは、どこかセインツと通ずるものがあります。

セインツの経営哲学のルーツ

 「楽しいことは良いことだ」というセインツの経営哲学は、同球団オーナーであるマイク・ヴェック氏の“発明品”です。同氏には文字通り「楽しいことは良いことだ」の血が流れているのです。

 実は、同氏の父親であるビル・ヴェック氏(1914~1986)は米国スポーツビジネスの黎明期を創り出したパイオニアでした。シカゴ・カブスの球団社長だった父親の紹介でポップコーン売りとしてアルバイトを始めたビル・ヴェック氏は、生まれながらのアイデアマンだったようで、有名なリグレー・フィールドのツタは彼の発案で植えられたものだそうです。

 父親の死後、カブスに球団職員として働き始めた同氏は、27歳の時にミルウォーキー・ブリュワーズの球団株式を取得したことをきっかけに球団オーナーとしての道を歩み始め、その後クリーブランド・インディアンズやシカゴ・ホワイトソックスなどのオーナーを歴任することになります。当時(20世紀中盤)の米スポーツ界にはまだ「競技を見せる」という意識が強く、現在のようなエンターテイメントという考え方はほとんどない時代でした。

 オーナーとなったビル・ヴェック氏は、興行師としてとにかくファンを楽しませることを第一に考え、様々な奇抜なアイデアを実施しました。今でこそ「スポーツマーケティングの父」とも呼ばれるような評価を受けていますが、当時は“奇才”として異端児扱いされたようです。彼の逸話も紹介するときりがないのですが、有名なところでいくと、次のようなエピソードがあります。

・何もなかったユニフォームの背中に選手名を入れた(選手が誰だか分らないため)

・ホームランが出た際に花火を打ち上げた

・夏に半ズボンのユニフォームで試合を行った

・チャンスに代打を出すかどうか観客の多数決で決めた

・観客席を明るい色に塗り替えた

・スタジアムから最寄り駅まで街灯を設置し、ファンが足を運びやすい環境を整備した

・7回表終了時に「私を野球に連れてって」(Take me out to the ballgame)を歌うようにした(歌好きの実況アナウンサーが歌うところに隠しマイクを仕掛けて球場中にオンエアしたのが始まりと言われている)

 彼の実績を見てみると、確かに奇抜なアイデアも数多いのですが、中には今では当たり前になっているものも含まれていることに気付くはずです。その意味では、スポーツをエンターテイメント化した元祖と言えるでしょう。

 その息子であるマイク・ヴェック氏は、父親のこうした取り組みを目の当たりにしていますから、「楽しいことは良いことだ」というDNAがセインツに刻まれているのは、むしろ当然と言った方が良いのかもしれません。

複数球団の経営でレバレッジを利かす

 父親のビルがスポーツビジネスの黎明期に道なき道を進んでいったトレイル・ブレイザー(開拓者)であったとするなら、息子のマイクは父親の取り組みを「楽しいことは良いことだ」というフィロソフィーとして昇華させたと言えるかもしれません。

 マイナーリーグの名物オーナーとして有名なマイク・ヴェック氏は、セインツの他にもハドソンバレー・レネゲーズ(タンパベイ・レイズ傘下のシングルA球団)やチャールストン・リバードッグス(ニューヨーク・ヤンキース傘下のシングルA球団)、フォートマイヤー・ミラクル(ミネソタ・ツインズ傘下のシングルA球団)などのマイナー球団を保有し、「楽しいことは良いことだ」に基づいた球団経営を実践しています。

 実はマイナーリーグでは球団保有ルールがメジャーほど厳しくない上(メジャーでは複数球団の保有は禁じられているが、243チームが7階層にわたって全米中に散らばるマイナーリーグでは、リーグが異なれば複数球団の保有が認められる)、メジャーのように収益分配制度(高収入チームの売り上げの一部を低収入チームに移転する)もないため、考えようによってはメジャー球団を保有するよりも経営的な旨みがあるのです。つまり、合理的なマーケティング手法を複数チームで一斉に展開してターンアラウンドに成功すれば、場合によってはメジャー球団を保有するよりも多くの営業利益をたたき出すことができるのです。

 現在、マイナーリーグではこうしたマイナーならではの特性に目をつけた投資家グループが複数球団を保有・運営することが1つのトレンドになっています。マイク・ヴェック氏がパートナーを勤めるゴールドクラング・グループもその1つなのですが、彼の凄いところはそのノウハウを用いて効果的な経営を実現しているだけでなく、そのノウハウを惜しみなく公開しているところでしょう。

 同氏は父親から譲り受け、自らが球団経営でブラッシュアップした「楽しいことは良いことだ」哲学を用い、定期的にセミナーを開催しているほか、他のマイナー球団や、全米バスケットボール協会(NBA)や全米ストックカーレース協会(NASCAR)など野球以外のスポーツ、ひいては3Mや食品大手のジェネラルミルズ社といった他業種の企業へのコンサルティングにも乗り出しているのです。

 日本にも、このセインツのように他球団や他業界にレクチャーできるくらい突き抜けた破天荒な球団経営を行っているチームが1つくらいあっても悪くないかもしれません。

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