1. コラム

WBCのマーケティング活動に見た変化の兆し

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 2006年からスタートしたワールド・ベースボール・クラッシック(WBC)も今回で3回目を迎えました。参加国も当初の16カ国から28カ国に増え、国際スポーツイベントとして少しずつ定着してきた感があります。

準決勝開始前のセレモニーに臨む日本代表チーム。以下の写真はすべて筆者の撮影

 3連覇を目指した日本代表チームは、残念ながら準決勝でプエルトリコに惜敗してしまいましたが、手に汗握る素晴らしい試合でした。私はスタンドから応援していましたが、日本人として彼らの活躍を誇りに思いました。

 ところで、WBCの米国内の認知度は依然として低いままというのが現状です。今大会中、米国内で最も多くの視聴者数を集めた米国対ドミニカ戦も、視聴者数は88万3000人に過ぎません(ちなみに、決勝戦のドミニカ対プエルトリコの視聴者数は84万3000人)。米国の人口は約3億人ですから、国民340人に1人が見ているに過ぎない計算です。

 340人に1人と言われてもピンと来ないかもしれませんが、山手線の朝のラッシュ時に1車両当たり約350人前後が乗車していると言われていますので、ラッシュ時の各車両に1人ずつというイメージです。これでは「昨日WBC見た?」という会話も成り立ちません。

 日本が登場した決勝ラウンド初日の夜、米スポーツ専門局ESPNの看板番組「スポーツセンター」(その日のスポーツニュースをオンエアする1時間番組)を見ていたのですが、WBCに触れたのは番組開始45分後で、それもたった40秒だけでした。それまでは、延々と大学バスケットボールや米プロバスケットボール協会(NBA)、プロフットボール(NFL)、NASCARのニュースを取り上げていました。

 以前、「WBC連覇でも、日本球界は浮かばれない?(下)~負けてもMLBだけが輝くシステム」などでも解説しましたが、もともとWBCは米メジャーリーグ(MLB)にとって国際市場開拓ツールとして機能してきたという経緯があります。WBCの米国内人気が低かろうが、米国代表チームが敗れようが、WBCが世界各国の野球タレントの“見本市”として機能する限り、MLBは他国の野球市場の一部をテレビ放映権や協賛権、グッズ販売という形で吸い取ることができるのです。

 この位置づけは今でも変わりません。しかし、今回から米国内でのWBCのマーケティング活動にいよいよMLBが本腰を入れてきた感があります。今回のコラムでは、米国内で見受けられるWBCマーケティング活動の変化の兆しをご紹介することにします。

「第1の窓」での変化

 今大会での大きなビジネス上の変更点の1つは、テレビ放映局をESPNから、MLBが自ら設立・保有するケーブルチャンネル「MLBネットワーク」(MLB Network、以下MLBN)にスイッチした点でしょう。これはある意味賭けでもあると思います。

 というのは、視聴世帯数1億を超えるESPNに比べ、MLBNのそれは5500万世帯と言われており、カバレッジが半分になってしまうからです。実際、前述のように今大会で最も多くの視聴者を集めた米国対ドミニカ戦が88万3000人でした。しかし、これは前大会の放映権を持っていたESPNの大会平均視聴者数160万人の半分に過ぎません。

 テレビはスポーツビジネス界では、メディア消費者が最初に向かうスクリーンということで「第1の窓」などと言われますが(ちなみに、パソコンを「第2の窓」、モバイル端末を「第3の窓」と言います)、この「第1の窓」での変更はなぜ起こったのでしょうか?考えられる理由は次の2つでしょう。

 まず、WBCはまだスポーツコンテンツとしては成長期にあり、逆に言えば大きく収益化できる収穫期にはありません。この成長期にMLB自身がテレビ放映を行うことで、WBCを大きく育てて後から刈り取ろうというのです。

 MLBNでは、24時間365日MLB関係のコンテンツが休みなくオンエアされています。これは、多くのスポーツの放映権を抱える(WBCの放送枠が時間的に限られる)ESPNに対してMLBNが有利な点でしょう。つまり、WBCの試合中継だけでなく、ハイライトや過去の大会映像などWBCに関するコンテンツを多面的・戦略的に提供することで、ESPNとのカバレッジの差を挽回することができるのです。

 米国代表は残念ながら今大会でも2次ラウンドで姿を消しました。眠れる獅子がいつ目を覚ますのかは分かりませんが、開催国である米国が優勝を手にするとなれば、国内での盛り上がりに火をつけるきっかけになるかもしれません。

 2つ目の理由は、以下で解説する「第2、第3の窓」につながる戦略なのですが、MLBNが放映することで番組制作を内製化し、関連映像コンテンツを自由自在に「第2の窓」(パソコン)、「第3の窓」(モバイル端末)に流通させる仕組みを作るのです。つまり、MLBNをWBCのコンテンツ制作工場にしてしまうのです。

「第2、第3の窓」での変化

 以前、「「テレビの失敗」からの大逆転劇(上)~メジャーリーグ版YouTubeの裏に100億円近い設備投資」などでも解説しましたが、MLBはいち早くインターネットビジネスの可能性に目をつけ、ネットビジネス専門会社MLBAMを設立しました。その中心ビジネスの1つが、「MLB.TV」です。

 これは課金型のオンライン試合視聴パッケージで、ユーザは年間100ドルちょっと支払えば、年間2400試合以上がリアルタイム視聴できるだけでなく、過去のアーカイブ映像を視聴したり、ラジオ音声を聞くこともできます。MLBは「At Bat」(アット・バット。「打席に立つ」の意味)というモバイルアプリを開発し、2010年からは携帯端末でも「MLB.TV」を視聴できる環境を整えました。

 そして、今大会からMLBはこの仕組みをWBCにも流用し、モバイルアプリ「WBCBaseball」を開発、WBCの試合映像も「第2の窓」「第3の窓」で視聴することが可能となりました。現在は試験的にMLBNをキャリーしているケーブル会社の加入者のみ無料で利用できる限定サービスとなっていますが、課金の仕組みはすでにMLB.TVで整備されているので、利用者さえ集まればすぐにでもマネタイズすることが可能です。

 私は運よく、MLBNをキャリーしているタイムワーナー・ケーブルに加入しているため、このサービスを利用することができたのですが、テレビを視聴できない環境(オフィスなど)にいる場合は、パソコンやモバイル端末を利用して試合中継を見ることができます。

 また、試合会場にいても、座席の場所やアングルなどにより試合が見づらい場合や、試合を多面的に楽しみたいファンには、球場内で試合を見ながら携帯端末で試合映像を確認するという新たな楽しみを提供することができます。私も実際、準決勝の日本対プエルトリコ戦で試しにやってみたのですが、球種やコースなどの細かい部分は中継映像の方が分かりやすい場合が多く、「意外に面白いな」というのが感想です。

モバイル中継を見ながら試合観戦、という新たな楽しみ方

「第4の窓」での取り組み

 テレビ、パソコン、モバイル端末をそれぞれ「第1」から「第3」の窓とするなら、口コミは「第4の窓」と言えるかもしれません。そして、この4つ目の窓でも、WBCは今大会から新たな試みを始めています。

マンハッタンの一角に出現した「ファンの洞窟」

 MLBは2011年シーズンよりニューヨーク・マンハッタン内に「ファンの洞窟」(Fan Cave)と呼ばれる特設スタジオを設置し、ソーシャルメディアを活用したマーケティングキャンペーンを展開しています。この「ファンの洞窟」には、約1万人の応募者の中から選ばれた特派員2人が住み込み、MLB全2430試合を視聴してその経過やイベント情報などをFacebookやツイッターなどのソーシャルメディアを通じて発信しています。いわば、口コミマーケティングの拠点です。

スタジオ内には多数のモニターやオブジェが所狭しと配置されている

 約1400平方メートルの広大なスタジオには、試合を視聴するテレビモニターのほか、カフェ、バー、ビリヤードスペースなどの擬似生活空間を併設し、ライブミュージック等が披露されるほか、選手、監督、芸能人らもゲストとして定期的に訪れます。

 こうしたイベントや来客は直前まで極秘とされ、ソーシャルメディアを用いてゲリラ的に告知されるため、ファンには「何か面白いコトが起こる場所」として記憶されることになるのです。こうしたすべてを明らかにせず、秘密の部分を併せ持つことがソーシャルメディアの伝播力をより強めているようです。

 MLBは、この「ファンの洞窟」の仕組みもWBC用にアレンジして活用しています。マンハッタンのスタジオにはWBCのディスプレーが用意されるなど、WBCの雰囲気盛り上げに一役買っています。

「ファンの洞窟」に設置されたWBCを紹介するディスプレー

 さらに、WBC開催に合わせて参加国を代表する“洞窟の住人”の特別オーディションが開催されました。晴れて国を代表する“住人”に選ばれたファンには、ニューヨークまでの往復航空費、ホテル宿泊費、現地での生活費は支給され、“洞窟”で2次ラウンドまでの全ての試合を観戦、毎日ソーシャルメディアを通じ、試合の感想や観戦記を伝える任務を果たすことになります。

将来の収益化に備えてカマを研ぐ

 代表ファンは母国が敗れると“洞窟”を離れなければなりませんが、決勝ラウンドにコマを進めた4か国の代表ファンは、決選の地サンフランシスコのAT&Tパークにて母国の戦いを観戦する機会を与えられます。球場内には、サンフランシスコ名物のケーブルカーを模したWBC版“ファンの洞窟”が設置されており、ファンが記念写真を撮影することができるようになっています。

AT&Tパーク内に設置されたWBC版「ファンの洞窟」

 このように、今大会からMLBは「第1の窓」から「第4の窓」(ソーシャル)までのすべてのウィンドウを内製化し、来る収益化への臨界点に備えて既存資産を有効活用しながらマネタイズの仕組みを築き上げています。「今か、今か」とカマを研ぎながら、果実を刈り取る機会を虎視眈々と狙っているのです。

 WBCを巡っては、大会収益からの各国への分配金比率が米国に偏り過ぎだとして、“MLB中心主義”への批判も聞かれます。しかし、米国以外の国が今回ご紹介したような収益化の仕組みを作ることは簡単ではないと、今大会での変化の兆しを目の当たりにして痛感した次第です。

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