1. コラム

統一球問題の影に隠れた日本プロ野球の真の病巣

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 日本野球機構(NPB)が統一球の規格を無断変更したとされる、いわゆる「統一球問題」で日本球界が揺れています。事実関係を調査する第三者委員会が設置される運びとなり、加藤良三コミッショナーの進退問題にまで発展しています。

 一方的に労働条件が変更されていたことに対し、日本プロ野球選手会は、NPBと第三者委員会に対して「統一球問題に関する当会の要望と見解」と題した5項目からなる要望書を提出しました。この問題を機に、NPBに組織改革を促す構えです。

 世論はメディアが報じるNPBの隠蔽体質や加藤コミッショナーの進退問題に大きく反応し、この問題で記者会見を行ってから2日間で4000件を超える抗議の電話やメールがNPBに殺到したそうです。一方で、読売ジャイアンツの渡辺恒雄会長は「コミッショナーの責任は関係ない」と発言したと報じられるなど、混沌とした様相を呈しています。

 しかし、今回の統一球問題は、NPBが抱える問題点の1つではありますが、多くの経営課題の本質的な原因はリーグ機構としてのNPBのガバナンス(意思決定プロセスや組織体制など)が老朽化し、今日のビジネス環境に適切に対応できなくなってきている点にあると考えます。ですから、今回の統一球問題だけをワイドショー的にやり玉に挙げて、解決すべき課題をコミッショナーの資質問題に矮小化すべきではないと思います。

 今回のコラムでは、日米のコミッショナーに与えられた権限やコミッショナー事務局の陣容を比較し、日本球界の発展のためにNPBのガバナンスという観点から何が必要なのかを考えてみようと思います。

コミッショナー制度誕生の歴史

 日本でコミッショナー制度が導入されたのは、セ・パ2リーグ制に移行した1950年の翌年、1951年シーズンからでした。一説には、戦後のプロ野球再開時に球団間の選手の引き抜きが過熱したため、球界の自治を促すために占領軍の指導によってメジャーリーグ(MLB)を参考に導入されたとも言われています。

 本家MLBでのコミッショナー制度は、日本より約30年早い1920年に誕生しています。1919年に起こったワールドシリーズでの八百長問題(いわゆる“ブラックソックス事件”)で球界浄化のための強力なリーダーが求められ、判事のケネソー・ランディス氏が初代コミッショナーに就任しました。

 MLBは1903年にアメリカン・リーグとナショナル・リーグが合併してできたリーグですが、ランディス氏がコミッショナーになる以前は、両リーグの会長と球団オーナーの3人からなる「ナショナル・コミッション」が合議制でリーグのガバナンスを行っていました。

 ランディス氏は、コミッショナー就任の条件として球団オーナーからコミッショナー裁定への訴権や解任権を放棄するよう求め、合議制を廃止した強力なコミッショナー制を導入します。同氏は、強大な権限に裏付けされたリーダーシップで、オフィスで急死する1944年までの24年間の任期中、ブラックソックス事件に関与した8選手を含む13人の球界関係者を永久追放処分にしています。

MLBコミッショナーの権限の変遷

 ランディス氏のコミッショナー就任と同時に制定されたのが、「球界の最大利益条項」(Best Interest of Baseball Clause)です。これは、簡単に言えば野球界の最大利益のためならコミッショナーは何をやってもいいというもので、当時の条文を見ればその権限の強大さがよく分かります。

『球界の最大利益の弊害となる行為については、それが申し立てによるものかコミッショナー独自の判断かによらず、コミッショナーはそれを調査し、適切と考える救済・予防・懲罰措置を講じることができる(investigate, either upon complaint or upon his own initiative, an act, transaction or practice, charged, alleged or suspected to be detrimental to the best interest of the national game of baseball, and to determine and take any remedial, preventive or punitive action he deemed appropriate)』


(翻訳は著者による)

 今でもこの条項は存在し、コミッショナーの強大な権限を支える支柱になっていますが、その権限が及ぶ範囲は歴史的に見ると縮小しています。その理由は2つあります。

 1つは、ランディス初代コミッショナーに与えられた絶大な権限を球団オーナーが嫌ったためです。八百長事件の火消しという、いわば非常時に与えられた強大な権限に対し、球団側からの揺り戻しが起こったのです。

 具体的には、ランディス氏の死後、最終とされたコミッショナー裁定を裁判で争えるようになり、またリーグ規約に反しない行為に対してコミッショナーが「球界の最大利益に反する」という判断を下せなくなりました。

 2つ目の理由は、選手との間の労働条件を規定する労使協定が整備されていったためです。労使協定の中で、違反行為の基準やそれに対する制裁が明示されるようになり、いちいちコミッショナーの裁定に頼る必要がなくなったのです。

 とはいえ、今でもMLBコミッショナーには大きな権限が付与されています。アメリカ社会における存在感・ステータスも際立って高いものがあります。

 例えば、今年3月にワールド・ベースボール・クラッシック(WBC)の決勝ラウンドが開催されたサンフランシスコを訪れた時のことでした。タクシーで球場に向かっていると、突然交通が警察により遮断され、数台のパトカーに先導されたリムジンが猛スピードで横を通り過ぎて行きました。その厳戒態勢にオバマ大統領でも観戦しに来たのかと思ったのですが、後で関係者に聞いたところ、現MLBコミッショナーのバド・セリグ氏が球場入りしたとのことで、その対応に驚きを禁じ得ませんでした。

 そのWBC決勝ラウンド中、幸運にもセリグ氏との打ち合わせに同席する機会があったのですが、周りにいたMLB職員の緊張度合いや、大げさに言えば現人神へのそれのような気の使い方に、単なる上司への敬意を超えたアメリカ人の持つコミッショナーへの畏怖を見た気がしました。

(注)米スポーツ界のコミッショナーの権限については、同志社大学政策学部の川井圭二教授による『スポーツビジネスの法と文化―アメリカと日本』(マサチュセッツ大学スポーツ経営学部グレン・ウォン教授との共著、成分社)に詳しいので、興味がある方はご参照ください。

日米のコミッショナーの違い(1):意思決定プロセス

 日米の野球界において、リーグ経営の意思決定上のコミッショナーの役割は具体的にどう違うのでしょうか? MLBの最高規約である「メジャーリーグ協約」(Major League Constitution)を読むと、コミッショナーに求められる職責が明解に記載されています。

 『MLBの最高経営責任者としての任に着く。また、労使関係における執行責任を持つ(To serve as Chief Executive Officer of Major League Baseball. The Commissioner shall also have executive responsibility for labor relations)』(翻訳は著者による)

 つまり、オーナー側の最大利益の調整者としてMLB経営を執行して行きながら、選手会との労使交渉を通じて球界全体の最大利益を追求するのです。

 MLB経営の意思決定機関は、「実行委員会(Executive Council)」と「メジャーリーグ会議(Major League Meetings)」の2つです。どちらが上位という決まりはなく、開催頻度と議題により役割分担しているイメージです。事実上は、開催頻度の高い実行委員会が取締役会のような形で機能し、実務はコミッショナー事務局およびその関連企業が行う形になっているようです。

 実行委員会は、コミッショナーと彼に指名された8球団の代表(ア・リーグ、ナ・リーグそれぞれ4人)の9人で構成され、コミッショナーが議長を務めます。議決は多数決により行われ、少なくとも2カ月に1回以上の開催が求められます。

 メジャーリーグ会議は、全球団が参加する会議で、4半期に1回の頻度で開催されます。リーグ経営全体に関わる経営課題が議論され、議決は議題の性質により過半数(労使関係、試合日程など)もしくは4分の3以上(球団売却・移転、リーグ編成の変更、規約の変更など)の賛成で行われます。

 一方、NPBでのコミッショナーの役割はどうでしょうか? 日本球界の最高法規である「日本プロフェッショナル野球協約」に、コミッショナーの「職権および職務」として第一に以下が掲げられています。

 『コミッショナーは、日本プロフェッショナル野球組織を代表し、事務職員を指揮監督してオーナー会議、実行委員会及び両連盟の理事会において決定された事項を執行するほか、この協約及びこの協約に基づく内部規程に定める事務を処理する』

 NPBの意思決定機関は「オーナー会議」と「実行委員会」の2つです。意思決定機関としては、オーナー会議が「最高の合議・議決機関」であり、実行委員会は「オーナー会議の指示監督を受ける」と定められています。

 オーナー会議は全球団オーナーによる会議で、年2回以上の頻度で開催されます。球界の最重要事項が討議され、議決は4分の3以上の賛成が必要です。実行委員会は球団代表による会議で、毎月開催され、議決には同様に4分の3以上の賛成が必要です。

 実は、日本球界では野球協約が2009年に改定され、コミッショナーの権限が強化されました。具体的には、旧協約ではオブザーバー的な立場だったコミッショナーに、実行委員会(オーナー会議ではない)で議長として議事運営に関与することができるようになりました。

 権利能力を持たない任意団体(法人格を持たない社団)だった日本プロフェッショナル野球組織も、社団法人日本野球機構の内部組織とするよう改められ、野球協約で付与した権限に法的な裏付けも与えられています。

 とはいえ、経営執行におけるコミッショナーの権限を比較すると、日本のコミッショナーは意思決定に主体的に関与し、リーダーシップを発揮するのが制度的には難しい面もあるようです。最も大きな違いの1つは、MLBでは実行委員会やメジャーリーグ会議の開催を必要に応じてコミッショナーが随時求めることができるのに対して、日本ではコミッショナーにそれが認められていない点です(議題の提案は日米ともに可能)。

 つまり、MLBではコミッショナーのペースでリーグ経営を執行していることができるため、能動的なリーダーシップを発揮することが可能ですが、日本では最高意思決定機関であるオーナー会議の開催・運営をコミッショナーが掌握できないので、受動的なリーダーシップになりがちなのです。

日米のコミッショナーの違い(2):事務局の組織体制

 次いで指摘したいのが、日米のコミッショナー事務局の組織体制の違いです。MLBが設立されたのは今からちょうど110年前に当たる1903年ですが、特筆したいのは、ビジネス環境の変化に応じて柔軟に陣容を変えている点です。

 もともと20世紀前半は、MLBもビジネスとしての位置づけは弱く、サーカスのように純粋に野球という競技を観戦してもらう球団単位の興業でした。それが大きく変わったのが、20世紀半ばからのラジオやテレビの登場です。球場に足を運ばない「メディア消費者」が誕生したため、市場が一気に拡大したのです。

 この環境変化を受け、MLBは1966年に関連会社MLB Propertiesを設立し、テレビ放映権などのメディアライツを一手に担わせます。その後、MLBPは商標ビジネスやスポンサービジネスなど権利ビジネスの主体として大きく成長して行くことになります。

 同様に、インターネット市場が生まれればMLB Advanced Mediaを作り、リーグのネット事業を一手に引き受けさせます。慈善活動を本格的に展開する必要があればMLB Charitiesを、国際市場が伸びるとあれば、ワールド・ベースボール・クラッシックを運営するWBC, Inc.や海外プロ野球リーグに投資するAustralian Baseball Leagueを設立しています。自社ケーブルテレビ局MLB Networkも設置しました。

 こうした関連会社を合わせれば、MLBのリーグビジネスを担当する職員数は1000人を超えます。専門的なスキルを有したプロフェッショナルがリーグビジネス拡大のために活動しているのです。

 一方、NPBの職員数は現在約60人と言われています。多くの職員は、公式戦やオールスターゲームを成功裏に運営するための業務に従事しているため、リーグビジネスという観点から野球市場を拡大させる意識は希薄なのかもしれません。

 何をするにつけても手足となる部署がない、人材もいないという状況では、この先どんなに優秀な方がコミッショナーになっても「手足を縛られたまま泳げ」と言われているようなものでしょう。

 結果責任は免れませんが、今回の統一球問題にしても、仕様変更の事実を隠蔽していたのではなく、単に担当者が忙しくて適切な情報共有ができていなかった、さらにそれを管理する組織上のチェック機能が欠落していたという理由も十分に考えられると個人的には思います(課題のレベルとしてはお粗末ですが)。特に今年はWBC開催で公式戦開幕前も例年になく多忙を極めていたわけですから。

「緊急度」だけでなく「重要度」からも優先順位を考える

 誤解なきように言っておくと、だから今回の統一球問題におけるNPBの失態を許せというつもりはありません。フェアな競争環境を整備するのはコミッショナー事務局の大切な役割です。しかし、リーグ機構に今求められているのは、そうした競技運営面もさることながら、リーグ全体のパイを広げて行くというリーグマネジメントの役割です。

 過去のコラムでも度々書いていますが、約20年前の1992年、日米のプロ野球が生む年商はほぼ同額でした(NPB:1200億円、MLB:12億ドル)。GDPの差を補正すれば、当時は日本球界の方が市場は大きかった計算になります。

 しかし、MLBの昨シーズンの年商は75億ドル。その後20年で年商を6倍以上に伸ばしています。一方NPBの年商はほとんど変化ないと言われています。

MLBの売り上げと平均観客動員数(1試合)の推移

 MLBは1994年のストライキで観客動員は2割以上落ち込み目が覚めました。1992年に就任したセリグコミッショナーを中心に改革を断行し、今の繁栄があるのです。その際、MLBが徹底的にフォーカスしたのがリーグマネジメントの機能でした。

 グラフを見ても分かるように、年商が6倍以上になっているのに、観客動員数に大きな変化はありません。球場に観客を呼ぶのは球団のビジネスですが、MLBはそれ以外のリーグ管轄のビジネス領域を拡大して増収につなげていったのです。

 確かに、統一球などの競技運営に関する問題は「緊急度」の高い課題と言えます。しかし、それと同時に、あるいはそれ以上にNPBに求められているのは、リーグ全体の共存共栄をどう進めて行くのか、新規収益源をどう作り出していくのか、MLBやほかの競合エンターテイメントとの競争をどうサバイブしていくかなどの「重要度」の高い課題をどう解決していくかという役割なのです。「緊急度」にばかり目が行き、「重要度」によって課題の優先順位をつけることを怠る愚は避けたいものです。

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