1. コラム

Jリーグを遙かに凌ぐ、米大学NCAAの稼ぎ方

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 日本では、現政権がアベノミクス効果で名目GDP600兆円を2020年までに達成することを目標に掲げています。昨年度の名目GDPは約499兆1000億円でしたから(内閣府発表)、あと5年で約100兆円の積み増しが必要になる計算です。

 折しも、昨年10月にスポーツ庁が発足し、長官に就任した鈴木大地氏も「スポーツで稼ぐという風土を作る」と明言し、日本では主に教育の一環として実施されてきたスポーツ政策をビジネス面にも展開していく姿勢を見せています。同庁は今年2月に「スポーツ未来開拓会議」を立ち上げ、有識者などを交えてスポーツ産業の活性化に向けた議論も開始したところです。

 米国におけるスポーツビジネスの隆盛を参考に、日本における有望な成長分野の1つとしてスポーツの産業化にも目をつけている政府は、策定する「ニッポン一億総活躍プラン」のメニューの1つに米国の大学スポーツ(NCAA)を参考にした「大学スポーツのビジネス化」を盛り込みたいようです。実は、私も先日スポーツ庁からこの件でヒアリングを受けました。

 実際、日本が参考にしているNCAAがどの位の収益を稼ぎ出すのかご存知でしょうか? 実は、英プレミアリーグを軽く抜き去り、米国の主要プロスポーツを軒並み上回っています。数字は少し古いですが、以下は2010年の主なプロリーグの売上と比較したグラフです。

●主なプロスポーツとNCAAの売上比較(2010-11年シーズン)(単位:億円)

注:1ドル=100円、1ユーロ=130円で計算。NCAAはカンファレンス、大学を含む全ての収入の合計
(出所:トランスインサイト)

 日本でも学生スポーツのビジネス化が進めば、そこに大きな市場が生まれる可能性があります。後述するように、その道は簡単ではありませんが、民間企業にとっても大きなビジネスチャンスになる可能性を秘めているのは間違いありません。良い機会なので、ここで米国のNCAAのビジネスモデルや巨額の収益を生み出す「光」の部分を解説するとともに、日本ではあまり知られていない「影」の部分についても言及してみようと思います。

 今回は、まず「光」の部分から解説を進めて行くことにしましょう。

NCAAの組織構造

 米国の大学スポーツは3層構造になっています。「大学」(University/College)と、その上位にあり、5~12校程度の大学がグループとなって構成している地域リーグ「カンファレンス」(Conference)、そしてカンファレンスを統括する「NCAA」(National Collegiate Athletic Association=全米大学体育協会)の3つです。

●3層構造のNCAA

 イメージしやすいように日本のプロ野球に例えるなら、「大学」は読売ジャイアンツや日本ハムファイターズのような「球団」に相当し、「カンファレンス」はセ・リーグやパ・リーグのような「地域リーグ」に、「NCAA」は地域リーグを統括する「日本野球機構」に当たります。

 現在、NCAAには約1100の大学が加盟しており、これらの大学が100程度のカンファレンスを構成しています(地域性が強い)。NCAAは、この組織体制のもと23のスポーツ競技に関して約90の大会を運営しており、約4万人の学生アスリートが競技に参加しています。これがNCAAの全体像です。

 NCAAは所属大学をその規模に応じて「ディビジョンI」(D1)、 「ディビジョンII」(D2)、「ディビジョンIII」(D3)の3つに階層化しており、D1で最も高いレベルのスポーツ競技が実施されています。ちなみに、D1からD3までそれぞれ約350校、300校、450校の大学が所属しています。ディビジョン間の昇降格はありません。

大学レベルのビジネス

 前述した3層構造に応じて、NCAAのビジネスを解説してみます。まず、大学レベルから。

 今年4月、USA Today紙が2014-15年シーズンにおける大学体育局の収入ランキングを発表しました(体育局とは、大学内の全ての運動部のビジネスを統括する部署)。トップに輝いたのはテキサスA&M大学で、その収入は約1億9260万ドル(約202億円)、営業利益は8300万ドル(約87億円)を超えています。

●大学体育局の収入ランキング(2014-15年シーズン)(単位:百万ドル)

(出所:USA Today)

 数字だけ聞いてもピンとこないかもしれませんが、同年Jリーグで最も収入が多かった浦和レッズが58億5400万円だったといえば、その規模が何となくイメージできるでしょう。ちなみに、日本のプロ野球(経営情報を開示しないため、正確な球団収支は不明)は12球団で1500億円の市場を形成していると言われており、それを前提に考えれば1球団の平均収入は125億円となります。つまり、米国のトップレベルの大学は、Jリーグ球団を大きく凌駕する収益力を有しており、日本のプロ野球球団にも引けを取らない規模のビジネスを展開しているのです。

 以下は、テキサスA&M大学の収入の内訳を示したグラフです。

●テキサスA&M大学の収入内訳(単位:百万ドル)

(出所:USA Today)

 グラフを見ると、寄付金による収入が半分近くを占めていることが分かります。実は、テキサスA&M大学は建設費4億ドルを超える新スタジアムの建設を計画しており、その原資として特に近年寄付金が増えているようです。

 このように、寄付金が収入の大きな比率を占めるのは米国における大学スポーツの大きな特徴の1つで、トップスクールになれば毎年3000万ドル前後の寄付金がコンスタントに集まります。米国では多くの卒業生が強い同窓意識を持ち、母校の活躍のために寄付を行うことが当たり前になっています。

 寄付金を除けば、チケット販売と権利ビジネス(スポンサーシップやライセンス収入)が大学の体育局にとっての主な収益源となります。

 また、同校の体育局は大学(学生からの授業料収入)からの援助を受けておらず、体育局が独立採算で運用されている点も特筆すべきでしょう。日米の大学スポーツを比較した場合、この点が最も大きな違いです。日本の体育会の多くは、大学からの支援と部員からの部費でかろうじて運営しているレベルに過ぎず、米国のように多額の事業収入を持つ大学はほとんどありません。

 体育局で働くスタッフは、チケットを販売し、協賛企業を探すスポーツビジネスのプロです。アマチュアスポーツと呼ばれるのは、学生である選手が報酬を受け取れないためで、NCAAでは学生以外は体育局のスタッフもコーチもその職務を専門とするプロフェッショナルとして採用されています。フットボール部の一流ヘッドコーチにもなれば、その年俸は700万ドル(約7億3500万円)を超えます。

カンファレンスレベルのビジネス

 次いで、カンファレンスのレベルのビジネスを見てみましょう。以下は、Forbes誌が調べた2014-15年シーズンのカンファレンス収入(NCAAや大学の収入は含まない)のトップ5です。

●カンファレンスの収入ランキング(2014-15年シーズン)(単位:百万ドル)

(出所:Forbes)

 カンファレンス収入でトップに輝くのは、先のテキサスA&Mなど14大学が所属するSEC(Southeastern Conference)です。カンファレンスの収入で特徴的なのは、権利ビジネスが大半を占める点です。特に収入の大部分を占めるのはテレビ放映権収入です。

 スポーツビジネスの興行を行う場合、その要諦となるのはチケット販売です。チケットが売れなければ(お客が入らなければ)、その周辺の収益源であるスポンサーシップ収入やテレビ放映権収入なども望めないからです。チケット収入は他の収益源に「お金」という血液を循環させる心臓のような役割を果たしているのですが、これを担当するのが大学の役割です。大学はNCAAビジネスの心臓なのです。

 カンファレンスが担当するのは、大学の集客力をテコにした権利ビジネスです。SECの収入内訳は以下の通りですが、テレビ放映権収入が全体の7割以上を占めています。

●SECの収入内訳(2014-15年シーズン)(単位:百万ドル)

(出所:USA Today)

 以前「ネットフリックス上陸は日本スポーツ界にも黒船?動画配信サービスがスポーツメディアにもたらす地殻変動(上)」でも解説しましたが、米国スポーツ界では2012年を境にテレビ放映権が急騰しています。この流れをつかみ、更に収益性を高めるべく近年はスポーツ組織(球団やリーグ機構)が自らテレビ局を設立して番組を制作し、広告ビジネスを展開しています。そして、このトレンドは大学スポーツにも押し寄せています。

 SECも2014年にスポーツ専門局ESPNと共にSECの競技スポーツを中心に放映する「SEC Network」を設立しました。自身のテレビ局を設立すれば、ケーブル事業者からの加盟料収入やテレビCMからの広告収入が期待できるため、単にテレビ局にテレビ放映権を売るよりも大きな収益を見込むことができるためです。

 また、競技普及のために意図的にマイナースポーツの中継を行ったり、学生スポーツには相応しくないお酒やギャンブルのテレビCMを控えるなどのコントロールができる点も自らテレビ局を設立する利点です。

NCAAのビジネス

 最後に、構造的に最高位に位置づけられるNCAAのビジネスです。米国というお国柄もあり、NCAAも米プロフットボールリーグ(NFL)のように中央集権・トップダウン型で強力な事業権を持っているようにイメージされるかもしれませんが、実態はそうではありません。それはNCAAの設立経緯を見れば分かります。

 NCAAが設立されたのは、今から110年前の1906年。フットボールの試合中に死亡事故が多発したことや部活動の学業への悪影響が社会問題化し、ルーズベルト大統領(当時)がスポーツの適切な運営管理を求めたことが契機となりNCAAが誕生しました。NCAAが誕生する前から多くの大学やカンファレンスは既に存在しており、NCAAはそれらの監督組織としての位置づけで誕生したのです。後発の組織だったゆえ、事業権は主に大学とカンファレンスが有しています。

 今もNCAAの位置づけは大きく変わっていないものの、全国的な人気を誇る男子バスケットボール全米トーナメント(通称“March Madness”=3月の狂気)の放映権を保有していることから、近年収益を大きく伸ばしています。2015年のNCAAの収入(カンファレンス、大学の収入は含まず)は過去最高となる約9億3400万ドル(約980億円)で、その内訳は以下の通りでした。

●NCAAの収入内訳(2015年)(単位:百万ドル)

(出所:NCAA)

 ご覧の様に、NCAAは収入の8割以上をテレビ放映権に負っているのですが、この大部分が先に触れた男子バスケットボール全米トーナメントからの収入です。NCAAは地上波テレビ局CBSと、ケーブルテレビ局ターナーとの間に2011年に14年間で総額108億ドル(約1兆1340億円)という巨額の放映権契約を結んでいます。

 実は、米国の大学スポーツで巨額のマネーが動くのは男子バスケとフットボールの2競技にほぼ限られるのですが、フットボールの場合は体力的な消耗が激しく全米トーナメントを開催できないため、NCAAが保有する権益はほぼ男子バスケの全米トーナメントの放映権のみとなっています。

NCAAビジネスの成功要因

 ここまではNCAAのビジネスモデルを3層構造の視点から解説してきました。ビジネスのエンジンは大学の体育局にあり、その上位にあるカンファレンスやNCAAは大学の集客力をテコに権利ビジネスを展開しているのがポイントです。

 では、このビジネスを成功足らしめている要因は何でしょうか? ここでは、KSF(主要成功要因)として、以下の3つを挙げたいと思います。

  1. 徹底したコスト削減
  2. フェアな競争環境の構築
  3. プロ・アマの共存

 順に説明して行きましょう。まず、徹底したコスト削減から。

 プロスポーツの球団経営を行う場合、最大の費用項目は選手に支払う報酬です。米国プロスポーツの場合、球団収入の約50%が選手年俸に充てられます(つまり、収入1億ドルの球団の場合、約5000万ドルが選手年俸となる)。

 米国では、主要プロスポーツの選手はほぼ例外なく労働組合(選手会)を組織しており、経営陣との間に団体交渉を行います。選手会の交渉力は強大で、経営側の提示する労働条件に合意できない場合はストライキも辞しません。こうした選手会の活動により、選手年俸が大きく伸びてきた背景があります。

 翻って学生スポーツを見た場合、最大のコスト要因である選手年俸を極小化できる点が経営的に見た場合の最大のメリットになります。NCAAはアマチュア規定により学生選手がプレーの対価として金銭的な利益を得ることを禁じており、選手年俸はゼロです。

 実際には、学生に提供するスカラシップ(奨学金)などを実質的なプレーの対価と考えることもできるため、厳密に「報酬ゼロ」とは言えないのですが、それでも微々たる金額です。事実、ノートルダム大学教授(経済学)のリチャード・シーハン氏が著書「Keeping Score」(1996年)の中で、フットボールとバスケットボールの学生選手(D1所属)の時給を計算しています(実質的な対価をスポーツの活動時間で割った数字)。少し古い値ですが、それによるとフットボール選手の平均(中央値)は7.69ドル(約845円)、バスケットボール選手は6.82ドル(約750円)でした。

 意地の悪い見方をすれば、NCAAはマクドナルドのバイト以下の賃金で選手を雇い、巨額の収益を生むことに成功しているとも言えるのです。

囲い込みを許さない競争主義

 第二の成功要因は、フェアな競争環境の構築です。これには大学間の競争と、カンファレンス間の競争の2つに大別できます。

 NCAAは、競技ごとに大学が発行できるスカラシップ(奨学金)の数に上限を設けています。例えば、フットボール部なら85選手、バスケットボールなら13選手までといった具合です。これはプロスポーツの一軍選手登録枠と同じ発想で、保有できるタレントの数を揃えることで競争の公平性を担保するという考え方です。

 タレントを無制限に獲得できてしまえば、当然規模が大きく、収益力の高い大学が有利になってしまいます。また、ライバル校に行かれるぐらいなら自分の大学で押さえてしまえと、タレントの飼い殺しのような状況も発生してしまうかもしれません。これを抑止するのです。

 また、大学間だけでなく、カンファレンス間にも競争関係が存在します。NCAAは非営利組織として設立されており、利益はNCAA傘下のカンファレンスに分配されます。その分配金を巡る競争です。

 前述の通り、NCAAの収入の大部分は男子バスケの全米トーナメントの放映権収入から生まれています。この収益の分配には、より多くの勝利を得たカンファレンスに多く分配される傾斜分配方式が採用されています。

 具体的には、トーナメントの1試合に出場すると「1バスケットボール・ユニット」が得られ、過去6年間に所属大学が合計で何ユニットを獲得したかに基づいて、その年の収益がカンファレンスに分配されることになっています。勝てば勝つほど獲得ユニットが増えるため、分配金も増えるのです。

 これにより、カンファレンスの経営力が試されることになります。経営力が低く、所属大学が多くの勝利を挙げることができないカンファレンスからは有力大学が別のカンファレンスに移籍することも珍しくありません。

 以上から分かるように、大学もカンファレンスも常にそのスポーツ経営力が試され、タレントを囲い込むことができないシステムになっているのです。

見事なプロ・アマの共存戦略

 3つ目の成功要因はプロ・アマ間の共存関係です。

 日本で「プロ・アマ」と聞くと、野球界のプロ・アマ問題を真っ先に思い浮かべる方も多いと思います。日本の野球界では、1961年に起こった「柳川事件」(プロ側が社会人野球との紳士協定を破棄し、中日ドラゴンズが日本生命の社会人選手だった柳川福三外野手と無断で契約を結んだ)をきっかけにプロ・アマ関係が断絶してしまった経緯があります。以来、日本球界では長きにわたりプロ・アマ間でのコミュニケーションが遮断されてしまいました。

 これとは対照的に、米国スポーツ界では、プロ・アマ間で双方の利害が尊重された絶妙な協調関係が構築されています。例えば、それはテレビ放映の棲み分けにも見ることができます。

 スポーツ組織にとって、テレビ放映権収入は最大の収入源であり、高視聴率を得ることは至上命題です。その点、見方によってはプロとアマは同じ視聴者を奪い合う競合と捉えることも可能でしょう。極端な例を挙げれば、同じ時間帯にプロとアマが試合中継を行えば、視聴率を喰い合うことは間違いありません。

 米国フットボール界では、このカニバライズを防止するために、巧妙な“時間差戦略”が採用されています。高校フットボールは金曜日の夜に試合を行い、土曜日は大学フットボールが、日曜日と月曜日はプロ(NFL)が試合を行うという形で、週が深まるにつれてレベルの高いフットボールが観戦できるようになっています。

 これは相撲の取組やコンサートの運営に似ているかもしれません。相撲では、レベルの低い幕内力士の取り組みから開始され、最後に横綱が登場します。コンサートでも、最初は前座のバンドが場を盛り上げた後にお目当てのバンドが登場します。

 同様の協調関係は、タレントの獲得時にも見られます。先に、大学スポーツに大きな収益をもたらすのはフットボールと男子バスケだと述べましたが、これにはワケがあります。この2競技のプロリーグ(NFLとNBA)にはマイナーリーグがなく、大学が実質的にその機能を提供しているのです。

 実際、NFLでは高校卒業から2年以上、NBAも高校卒業から1年以上経過しないとドラフト資格を取得できません。つまり、高校での有力選手は必ず大学でプレーしなければならない環境が制度化されているのです。

 かつて甲子園を熱狂させたマー君とハンカチ王子を思い出して下さい。田中将大選手は楽天イーグルスからニューヨーク・ヤンキースに進み、斎藤佑樹選手は早稲田大学を経て日本ハムファイターズに進みました。二人はそれぞれの環境で大きくメディアに取り上げられてきましたが、もし二人の競演を1年でも2年でも大学で見ることができたなら、大学野球は大きく盛り上がっていたことでしょう。

 このように、米国の大学スポーツは最大のコスト要因である選手年俸を極小化しながら、適切な競争環境と協調関係を構築することで大きな成功を収めています。しかし、教育機関たる大学が商業主義に走るというジレンマにより、その経営手法には多くの問題点も指摘されています。「光」の部分だけに焦点を当て、形だけNCAAの真似さえすれば日本でも学生スポーツの事業化が上手く行くと考えるのは早計です。NCAAが抱える「影」の部分や、日本版NCAA創設に際して留意すべき点などについては、次回のコラムにて解説しようと思います。

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