1. コラム

なぜハイチュウはレッドソックスをスポンサーするのか?(下)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 前回のコラムでは、森永製菓のチューイングキャンディー「ハイチュウ」がレッドソックスとのスポンサーシップ契約などを通じて、米国スポーツビジネスシーンで存在感を示していることをお伝えしました。

 昨年9月9日にアルゼンチンで開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会で東京が2020年の五輪開催都市に決定して以来、約半世紀ぶりの自国開催に多くの企業から熱い眼差しが向けられています。しかし、1000億円以上の企業マネーが流れ込むことが確実視されている協賛活動ですが、多くの日本企業はこれまでスポーツを本格的にマーケティング活動に活用した経験がほとんどなかったでしょう。

 東京開催決定後、私のところに舞い込む五輪案件も増えているのですが、その多くが公式スポンサーを視野に入れた企業からの相談です。しかし、こうした企業はこれまでスポーツ協賛活動を行った経験がほとんどなく、相談内容も「スポーツをどのように自社の宣伝活動や販売促進活動につなげられるのか、その可能性を知りたい」「欧米の同業他社が行っている最新事例を勉強したい」というものが多いです。

 その意味では、ハイチュウとレッドソックスの協賛事例などは、今日本企業に必要とされている「イシュー・ドリブン」の考え方を学ぶ良いお手本と言えるかもしれません。今回のコラムでは、その協賛契約の仕掛け人であり、本場米国スポーツビジネスの最前線で日夜協賛活動の仕組み作りに奮闘している同球団アジア戦略事業担当の吉村幹生さんとのインタビューをお届けします。

 レッドソックスは、昨今日系企業との協賛契約を次々と実現し、ハイチュウのほか、米国三菱電機や米国公文、そして、つい先月には米国ユニクロとの提携を本拠地フェンウェイ・パークで発表したばかりです。それらの日系企業との協賛契約の実現に舞台裏で奔走したのが、レッドソックスのアジア事業の拡大を担う吉村さんです。本日は、日米の協賛活動における違いや、東京五輪に向け日本企業に求められる姿勢について、吉村さんからお話を聞きました。

自ら成長の機会を作り出して現職に

鈴木: 吉村さんの現在のレッドソックスでのお仕事の内容を簡単に教えていただけますか?

吉村:現在は、アジア事業戦略担当兼 広報(Asian Business Development Specialist)として、レッドソックスの魅力、さらには、その価値を(日本を含む)アジアの市場、そしてファンの皆様に、「アクセスしてもらえる球団(Accessible)」 、言い換えると「日本の方々に、より親しみやすい球団」にすべく様々な取り組みを進めています。また、これと並行して上原選手や田澤選手など日本人選手の広報として、主に日本のメディアの方との調整業務を行っています。

鈴木:MLB球団の中でも、アジア事業戦略担当という形で明確な担当者を置いている球団は珍しいですよね。具体的にはどのような取り組みをされているのですか?

吉村:今は主に日本市場を対象にスポンサー企業の開拓、チケットの販売、ソーシャルメディアを用いたファン開拓、日本人向けファンクラブの運営、日本人向け球場ツアーの実施といった新規事業を柱にした取り組みを行っています。昨シーズン、MLB球団としては初となる日本語公式ツイッターも開設しまして、おかげさまで、既に1万2000人以上の方にフォローしていただいています。

鈴木:吉村さんが主に心を砕いている点は何でしょうか?

吉村:キーワードは「アクセシビリティー(Accessibility=近づきやすさ)」だと考えています。現在、フェンウェイ・パーク(レッドソックスの本拠地スタジアム)では、日本からお越しのお客様を対象に、日本語で球場ツアーを行っています。また、日本のお客様向けにファンクラブを案内したり、お話ししたようにツイッターなどを活用したファン開拓を精力的に行っています。法人のお客様の新規開拓を併せて行っているのも、レッドソックスの存在感やその価値を法人・個人の皆さんに知っていただきたい、そしてうまく活用していただきたいというのが原点になっています。

「野球外収入」をいかに増やすかが重要に

鈴木:アジア事業戦略担当という部署はどのような経緯で立ち上がったのですか?

吉村:MLBの公式戦といっても、年間162試合、ホームゲームはその半分の81試合しかありません。つまり、フェンウェイ・パークは年間260日以上稼働していない日があるわけです。球団経営はホテルと同じ箱モノビジネスですから、野球以外のイベントを開催して、その稼働率をいかに上げるかという発想が収益性を高めるために必要になってきます。

鈴木:いわゆる「野球外収入(Non-Baseball Revenue)」というやつですね。

吉村: その通りです。大きな枠組みでとらえると、レッドソックスの親会社「フェンウェイ・スポーツ・グループ」は、レッドソックス以外にも国内にホームスタジアム「フェンウェイ・パーク」、スポーツケーブル局「NESN」やレーシングチーム「ラウシュ・フェンウェイ・レーシング」などを、米国外ではプレミアリーグのリバプールFCなどを保有して幅広くスポーツビジネスを展開しています。

 組織内に蓄積されたスポーツビジネスのノウハウを最大活用する取り組みの中で、野球以外のイベントからフェンウェイ・パークの収益性を高める「特別プロジェクト」という部署が一昨年球団内に設置されました。日本のファンの皆さんにレッドソックスを知っていただきたい、企業の方にその価値を知っていただきたいと思って上司に掛け合い、プロジェクト内にアジア事業戦略担当を置いてもらうことになりました。

鈴木: 吉村さんは京都の呉服屋の倅さんですよね。そのことが今の職業観に影響を与えているということはありますか?

吉村: 直接影響しているかどうかは分からないですが、日本はモノ作りの国ですし、モノ作りに対する敬意は、父親の仕事を通して少なからず持っています。レッドソックスに貢献することが一番大切なことですが、自身の仕事を通して、素晴らしい日本の製品やサービスがアメリカでさらに活躍するお手伝いができればと思っています。そうした思いがアジア事業を手掛けるうえでの根底にあるんだと思います。

明確なビジョンを持つことがパートナーシップ成功の鍵

鈴木:名門レッドソックスには当然多くの米国企業がスポンサーとして名を連ねているわけですが、吉村さんが日系企業との協賛活動を担当している中で、日米の企業による協賛活動に違いは見られますか?

吉村:私がアジア事業戦略担当になったのはわずか1年前で、日本の企業の皆さんとお仕事をさせていただくようになってからまだまだ日が浅いので、多くを語ることはできません。ただ、アメリカ人のスポンサー部署の上司から口酸っぱく言われることは、こちらから提案するのではなく、企業の皆さんから提案、リクエストしてもらうことに努めなさいという点です。

鈴木:営業する球団側が提案しないというのは興味深いですね。

吉村:これには戸惑うことも多いのが正直なところなのですが、実際に日本の企業の皆さんとお会いすると、「レッドソックスとのパートナーシップに関してぜひ御相談をさせてください」というこちらからのアプローチに対して、「まずは、御社の松竹梅のパッケージを送ってください」と求められることがあります。こうなると、お客様の要望を聞いてこい!と上司から言われている私には打つ手がありません。

鈴木: なるほど、企業側がどのようなことを実現したいのかという話をする前に「パッケージを持ってきて」と言われても、なかなか効果的な提案ができないというわけですね。

吉村:誤解を恐れずに一言で言えば、企業主導の米国に対し、日本企業は代理店に任せることが多いこともあってか、受け身なケースが多いです。米国の企業は契約に際してスポンサーシップという枠組みを使って実現したい目的を明確に持っている場合がほとんどです。ですから、「その目的を達成するために何ができるか」という議論がすぐにできるんですね。

 とはいえ、日本の代理店の役割も理解をしていますので、実際は米国と日本の常識の間に入るような感じで、先方の情報を集めながら、できる限りビジョンを理解し、企業側からニーズを引き出しながら、それをパッケージという形にまとめて提案することもあります。我々の価値や我々とのパートナーシップがどういった可能性があるかを説明させていただき、その上で、企業にどういったビジョンがあるのか、どういったことがニーズとしてあるのかを話し合う関係を作らせていただく努力をしています。

鈴木:ちなみに、米国では協賛契約に代理店を使うというケースはあるのですか?

吉村:レッドソックスに限って言えば、基本的には、代理店を使うことはありません。場合によっては、パートナー企業の希望により代理店とお仕事をさせていただくこともありますが、基本的には球団と協賛企業が直接、やり取りしています。

米国では、すべてはイシューから始まる

鈴木:企業の主体性以外で、何か違いはありますか?

吉村:先ほどの点と多少重複する部分もあるのですが、協賛契約の使い方にも違いが見られます。米国企業は、協賛契約を企業経営上の課題を解決する手段として用いようとします。商談する時点である程度スポンサーシップの目的(ビジョン)が明確になっているのはこのためかと思います。

 これはまさに鈴木さんが前回のコラムで指摘されていた「イシュー・ドリブン」ということになるのですが、こちらのスポンサーシップはまず「イシュー」(企業経営上の課題)から始まります。イシューやビジョンを共有し、球団と企業がパートナーとして二人三脚で課題解決に取り組んでいくイメージです。

鈴木:それに対して日本企業による使い方はどうなんでしょう?

吉村:一方、日本の場合は「テレビCMを打つ」「広告を買う」のと同じ感覚で協賛契約を結ぶような意識が強いようです。露出の手段としてのスポンサーシップという認識が強く、その前提で話を進められるような感じです。ですから、露出度で差をつけた「松竹梅のパッケージ」という話にすぐなってしまうのかもしれません。

 もちろん、企業のマーケティング活動において、露出は今でも非常に大切な要素です。しかし、イシューによっては露出以外の「プラス・アルファ」の部分が大事になることもありますから、露出だけでは協賛効果は限定的な場合も少なくありません。

鈴木:なるほど。日本では代理店が手取り足取り対応してくれるので、企業自身が主体的に動く必要がないのかもしれませんね。  広告主と媒体企業(メディア)の双方を同時に代理する日本の広告代理店のモデルは、実は世界的には稀で、少なくともアメリカにそのような企業はありません。こうした日本の広告代理モデルが、日本で露出中心の協賛契約を作り出している一因なのかもしれません。

吉村:すべてではないかもしれませんが、アメリカの企業には社内にスポーツマーケティングの専門知識を持った担当者が多いのが特徴です。スポーツマーケティングの専門部署を持っている企業もあるくらいです。一方、日本の企業には、宣伝部・マーケティングの方が担当しているケースが多いかと思います。これなども、日米の広告・協賛モデルの違いが影響しているのかもしれません。

アメリカ本土での正面対決を狙ったハイチュウ

鈴木:前回のコラムではハイチュウとレッドソックスの協賛契約について書かせていただきました。実際、ハイチュウは露出から購入に至るまで様々な取り組みを通じて包括的なアクティベーション(協賛権の活用)が実現されています。こうした取り組みのアイデアはどのように生まれていったのですか?

吉村:ハイチュウの例を取ると、きっかけは、ご存じの様に選手(田澤選手。詳細は前回のコラム参照)でした。選手のおかげで米国森永製菓社との関係が生まれました。米国森永製菓さんが、明確な目的(ビジョン)や課題(イシュー)を持っておられたので、その目的や課題解決をするためには、我々に何ができるだろうという話し合いがとてもスムーズに進みました。

鈴木:森永製菓さんはどのようなビジョンと課題認識を持っていたんですか?

吉村:担当者の方と特に意見が一致したビジョンとして、日本のお菓子としてアジア食料品店やスーパー内のアジアコーナーといった場所だけで売れるのではなく、アメリカの普通のスーパーでアメリカのほかのお菓子と並んで勝負するということですね。そういった目的において、ニューイングランド、東海岸は、アメリカの中では重要なマーケットだと考えておられました。

 そこで、地元ファンや地元仲買業者を意識した協賛パッケージを作らせていただきました。後は、個人的な意見ですが、ハイチュウの商品力は僕も子供の頃から慣れ親しみ、十分に知っていましたから、どれだけファンの方々に実際に口に入れてもらうかという点にも配慮をしました。引き続き、ニューイングランドでハイチュウがさらに楽しんでいただけるようにご協力できればと思っています。

鈴木:それ以外に成功要因を挙げるとすれば何かありますか?

吉村:選手たちが協力してくれたことも非常に大きい要素だと思います。田澤選手をきっかけに、その他の選手もとても協力をしてくれています。やはり我々は野球を中心としたビジネスですので、選手達の協力なしには物事はうまく回りません。

 また、当然のことですが、私1人で1から10まで協賛プログラムを遂行することはありませんし、できません。スポンサー部門(Corporate Relations)を中心とした他の部署としっかりと連携しながらの作業ですので、そういった部署が私の取り組むプログラムに協力してくれなければ、何もできません。ハイチュウに関して言えば選手だけでなく、レッドソックス社員、同僚もハイチュウのファンですから(笑)。

東京オリンピックの協賛活動に向けて

鈴木:東京オリンピックまであと6年。オリンピックを何らかの形で自社の企業活動に利用したいと考える日本企業は、どのようにこの期間を過ごしたらよいでしょうか?

吉村:何度も言いますが、日本の企業の方々と協賛活動のお仕事をさせていただくようになってから、まだ、2年目でまだまだ企業の皆さんや代理店の方々からいろいろなことを教えていただく立場ですので、どうしたらいいかというのは言えませんが、東京オリンピックは、日本のモノ作り、日本のサービス、日本の素晴らしさを伝える最高の舞台になることは間違いありません。その世界最高の舞台で、是非素晴らしいメッセージを発信してほしいと思いますし、そういった企業を応援できるように私も今、置かれている立場の中で一生懸命頑張りたいと思います。

鈴木:東京オリンピックを最高の舞台にするために、何をまず気をつけたらいいのでしょう?

吉村: 私どもとしては、企業の皆様の目的(ビジョン)そして、その企業の抱える課題(イシュー)を勉強し、理解する関係をお客様と作らせていただき、我々の持つ価値や課題解決能力をパートナーシップとしてご提供できればと思います。

鈴木:まずはしっかりとした課題認識と、スポーツビジネスを活用してそれを解決していく上で目指すべき明確な方向性(ビジョン)を企業自らがしっかり持つことが効果的なパートナーシップの第一歩ということですね。今日はどうもありがとうございました。

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