1. コラム

チームと都市のパワーゲーム(上)

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 その瞬間、シアトル市民はがっくりと肩を落としました。今月2日、全米バスケットボール協会(NBA)に所属するシアトル・スーパーソニックスの本拠地移転が決まり、その歴史に終止符が打たれることになったのです。チーム名の「スーパーソニック」は「超音速」を意味し、シアトルの代表的企業である米ボーイングを筆頭とする航空産業にちなんでつけられたものでした。それだけに、シアトル市民が落胆するのも無理はありません。

 もともと、スーパーソニックスはスターバックスコーヒーの創業者で、今年からCEO(最高経営責任者)に返り咲いたハワード・シュルツ氏が保有していました。しかし、2006年にはオクラホマの事業家、クレイ・ベネット氏率いる投資家グループが3億5000万ドル(約350億円)で買収しています。このチーム売買に当たって、シュルツ氏はベネット氏に「誠意をもってチームをシアトルに残すように努める」と約束を取りつけたとしています。ところが、蓋を開けてみると、ベネット氏は本拠地であるキー・アリーナの老朽化が球団経営を圧迫しているとして、シアトル市に公的資金による新アリーナの建設を求めました。そして、これが拒否されると、アリーナのリース契約がまだ2年残っているにもかかわらず、自身の故郷であるオクラホマへの移転を表明したのです。

 実は、ベネット氏は昨年9月に、2008年でリース契約を解除できることを求める調停を起こしていました。これが却下されると、今度はシアトル市側が反撃に出ます。リース契約で定められている2010年まで、球団がシアトルにとどまる義務があることを確認する訴訟を起こしたのです。実は、今月2日に判決が下されることになっていましたが、そのわずか45分前、両者が電撃的な和解に踏み切りました。和解内容は、チームが違約金4500万ドル(約45億円)を市に支払う代わりに、即時移転を認めてもらうというものでした。チーム存続を望むシアトル市民の思いが砕かれた瞬間でした。

日本メーカーの海外移転と同じ発想

 当然、今回のシアトル市民のように、球団が去ってしまう都市の住民からは、「結局カネがすべてなのか」「地域密着の掛け声は嘘だったのか」といった批判が巻き起こることも珍しくありません。あるいは、逆に「カネの亡者なら、こっちから願い下げた! とっとと出ていけ」といった声も聞こえるくらいです。可愛さあまって憎さ百倍、といったところでしょうか。確かに、地域密着は、球団経営において非常に大切な考え方です。しかし、だからといって、特定の都市にフランチャイズを置くことがビジネスである球団経営を過度に圧迫してはいけない、というのが球団オーナーの一致した考え方のようです。

 日本の製造業が1980年代から日本国内の工場城下町を捨て、安い人件費を求めて中国や東南アジアに進出していったように、米国のプロスポーツ球団も経営の効率性を高めるために、より収益性の高い施設を求めてフランチャイズを移転することは珍しいことではありません。

移転という切り札を作ったドジャース

 米国プロスポーツにおいて、球団移転を巡る都市とのパワーゲームが初めて展開された例は、ブルックリン・ドジャースのロサンゼルス移転だと言われています。およそ50年前、ドジャースのオーナーであったピーター・オマリーは、手狭になったエベッツ・フィールドに代わり、交通の便の良い近隣地区での新スタジアムの建設をニューヨーク市に求めていました。本格的な自動車社会が到来しつつあったのに、エベッツ・フィールドには駐車場も少なかったのです。また、周辺の治安悪化も問題になっていました。

 しかし、ニューヨーク市から色よい返事がもらえないと、オマリーは一転して西海岸への移転を検討するようになります。1956年、ロサンゼルス市長は、オマリーに移転を強く勧め、ロスのダウンタウン近郊にあり交通の便も良い地区を移転候補地としてオファーしました。最終的に、ドジャースは300エーカー(約1.2平方キロメートル)にも及ぶ土地と、高速道路の整備など500万ドル(約5億円)のインフラ整備予算をロサンゼルス市から引き出しました。

 この好条件に加えて、テレビ普及に伴う放映権収入の増加や、都市として急成長が予想されていたカリフォルニア州のポテンシャルも魅力でした。1958年、オマリーはドジャースのロサンゼルス移転に踏み切りました。

 ドジャースのケースは、球団経営の収益性・効率性を高めるために地元都市に見切りをつけた最初の例となったのです。ドジャースが移転した際、ニューヨーク市民は深い悲しみに包まれたと言われています。そのため、「俺はオマリーが嫌いだ」と言えば、年配のニューヨーカーとはすぐに意気投合できるというジョークがあります。

 余談ですが、来年オープンするニューヨーク・メッツの新スタジアム、シティ・フィールドは、往年のニューヨーカーの郷愁を誘うべく、その外観をエベッツ・フィールドに似せて作っています。

600億円の新スタジアムを手にしたナショナルズ

 今年はドジャースの移転から50周年に当たりますが、この半世紀に米国4大プロスポーツでは、48のフランチャイズ移転が行われました(MLB:12、NFL:9、NBA:18、NHL:9)。そうして老朽化したスタジアムに別れを告げ、税金がふんだんに投入された最新鋭スタジアムを手に入れることに成功しています。今年新スタジアムをオープンしたメジャーリーグ(MLB)ワシントン・ナショナルズは、その典型的な例と言えるでしょう。

  ナショナルズの前身であるモントリオール・エクスポズは、カナダに設置された初めてのMLB球団でした。1969年に創設され、81年と94年に地区優勝を飾るものの、野球熱の高くないカナダという土地柄もあって慢性的な人気低迷に悩まされ続けました。2001年の営業収入はMLB最低の3417万ドル(約34億円)で、これはトップのヤンキースの2億4220万ドル(約242億円)の7分の1にも満たない額です。球団収支は、3852万ドル(約38億円)の赤字というありさまでした。

 2002年、業を煮やした球団オーナーのジェフリー・ローリアは、遂に球団を手放す決断を下します。しかし、こうした弱小貧乏球団に買い手がすぐに現れるはずもなく、MLBは窮余の策として、いったんリーグ機構がエクスポズを買い取るというスキームを思いつきます。結局、ローリアはエクスポズをMLBに1億2000万ドル(約120億円)で売却します。

 29球団による共同運営という形になったエクスポズは、新たな移転先を模索します。候補となったのは、ワシントンDC、ポートランド、ノーザンバージニア、ノーフォーク、ラスベガス、サクラメント、サンアントニオなどの都市でした。驚いたことに、この時MLBは、新スタジアムの建設とその建設費をMLBが一切負担しないことを最低条件として掲げていたのです。

 移転交渉中、MLB幹部は候補都市を頻繁に訪問しました。それによって「あの都市が有利なのではないか」という憶測や報道を引き出し、他の都市にプレッシャーをかけるのです。都市間の球団獲得競争は「腰が引けたら負け」というチキンゲームです。MLBは、複数都市を競わせることで、より球団に有利な条件を引き出すのです。

 結局、ワシントンDCが6億1100万ドル(約611億円)のスタジアムを全額負担で建設することを条件に、移転先として認められました(2005年よりモントリオール・エクスポズはワシントンDCに移転してワシントン・ナショナルズとなる)。この6億1100万ドルは、ワシントンDCが地方債を発行することで全額調達し、DC地区の法人への事業税やスタジアム利用者へのスタジアム税などがその返済原資に充てられることになります。

 600億円を超える最新鋭スタジアムを自治体が建設して球団にタダでプレゼントするという気前のいい話ですが、実は自治体からのサービスはそれだけではありません。ナショナルズは、年間550万ドル(約5億5000万円)の施設使用料を支払う見返りに、看板広告や命名権、スイートボックス・クラブシート(専用ラウンジやレストランにアクセスできる高級席)、飲食販売など、スタジアムで発生するすべての売り上げを懐に入れることができる契約を結んでいます。

 特に、1990年以降建設されたスタジアムは、スイートボックスとクラブシートの席数を大幅に増やすことで平均座席単価を高めており、その収益性は古い球場とは天と地ほどの差があります。最新スタジアムは毎年数千万ドル(約数十億円)の収入を生み、ナショナルズのように、その大部分が球団にもたらされるケースも珍しくありません。

 結局、ナショナルズは移転した翌年の2006年にワシントンの不動産王、テッド・ラーナー率いる投資家グループに4億5000万ドル(約450億円)で売却されることになりました。

「脅し」で得た400億円の新スタジアム

 自治体に最新鋭スタジアムを税金で建設させ、有利なリース条件を結ぶのは、何も移転を成功させた球団だけではありません。移転をほのめかして地方自治体からより良い条件を引き出し、結局は元の鞘に納まるケースも少なくありません。

 例えば、イチロー選手が活躍するシアトル・マリナーズは新オーナーによって買収された1992年当時、シアトル近郊のキングドームをナショナル・フットボール・リーグ(NFL)シアトル・シーホークスと共同利用していました。しかし、キングドームの老朽化に伴い客足が遠のき、年間約1000万ドル(約10億円)の赤字を出していたと報じられていました。そのため、マリナーズは税金を投入した新スタジアムの建設を望んでいました。

マリナーズの新スタジアム、セーフコ・フィールド
(写真:鈴木友也)

 しかし、新スタジアム建設への公的資金投入が住民投票で否決されると、マリナーズは本格的にフランチャイズ移転の検討を開始することになります。これに対し、チームを失うことを恐れたワシントン州議会は、チーム側が要望していた総額4億1400万ドル(約414億円)の開閉式新スタジアムの建設を認める法案を自ら起草し、それを可決したのでした。この法案は、さらにスタジアム建設費3億1000万ドル(約310億円)と駐車場建設費2600万ドル(約26億円)も州の地方債発行により負担することを認めるものでした。

 こうして、マリナーズは新スタジアムを格安で手にしたばかりか、スタジアムの運営費をチームが負担する代わりに、飲食物販収入やスイートボックス、クラブシートなど、スタジアムにおけるすべての収入がチーム収入となる好条件のリース契約を結んだのです。

リーグ最悪だったスーパーソニックスのリース契約

 冒頭のスーパーソニックスの話に戻しましょう。

 スーパーソニックスが利用しているキー・アリーナは1962年に総工費2億200万ドル(約200億円)で建設された古いアリーナです。1995年に7400万ドル(約74億円)をかけて大規模な改築を実施しますが、この時にスーパーソニックスが結んだ15年間のリース契約が「NBAで最悪の契約」と呼ばれるものだったのです。

 主な契約内容は次のようなものでした。

◆ チームが市に支払う年間施設使用料は80万ドル(約8000万円)
◆ スイートボックスからの収入の80%(10年目以降は60%)は市が受け取り、残りをチームが受け取る
◆ クラブシートからの収入の60%(10年目以降は40%)は市が受け取り、残りをチームが受け取る
◆ アリーナ内外のスポンサーシップからの収入は市が受け取る
◆ 駐車場収入は市が受け取る
◆ チームは広告関連の設備投資を全額引き受け、6年間で75万ドル(7500万ドル)を市に支払う代わりに、アリーナ内部の広告収入を全額受け取る
◆ チームは飲食関連の設備投資を引き受ける代わりに、飲食収入を全額受け取る

 先のナショナルズやマリナーズの例に見られるように、施設をタダ同然でもらっておいて、スタジアムからの収入がほとんどすべてチームの懐に入るといった契約が珍しくない中で、スーパーソニックスの契約はかなり見劣りしたものであると言わざるを得ないでしょう。

 こうしたリース契約がチーム経営に与える影響は小さくありません。事実、報道によれば、スーパーソニックスは1999年以降毎年赤字を出し続けており、最近5年間の累計赤字額は5500万ドル(約55億円)に上っていると言われます。2007年には、ついに単年で1700万ドル(約17億円)もの赤字を計上したようです。一方、公判中にベネット氏は「チームがオクラホマに移転した場合には、初年度に1880万ドル(約18億8000万円)の黒字が見込まれる」との情報を公表しています。同じチームであっても、施設を変えるだけで収益が3500万ドル(約35億円)以上違ってきてしまうのです。

 では、米国プロスポーツ球団はなぜ移転プロセスにおいて強い交渉力を得て、有利な条件でスタジアムやリース契約を手にすることができるのでしょうか? また、移転という、一見すると地域密着型球団経営と相反する行為が、長期的な視点から球団経営やリーグ経営に悪影響を与えることはないのでしょうか? 次回のコラムでは、こうした視点から球団移転を考えてみようと思います。


コラムの最近記事

  1. ZOZO球団構想を球界改革の機会に

  2. 東京五輪を“レガシー詐欺”にしないために

  3. 米最高裁がスポーツ賭博を解禁

  4. 運動施設の命名権、米国より収益性が低い訳は?

  5. 米国で急拡大、ユーススポーツビジネスの不安

関連記事

PAGE TOP