1. コラム

ツイッター活用で“観戦者”増やす米スポーツ界

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 2月27日、私は米プロバスケットボール協会(NBA)の試合観戦(ニューヨーク・ニックス対メンフィス・グリズリーズ)のため、マディソン・スクエア・ガーデン(MSG)に足を運びました。運悪く2日前にこの冬一番の大雪が降った影響で(一晩で50センチほど積もりました)、マンハッタンの中は雪だらけで、当日の午前中にクライアントと視察に訪れたヤンキースタジアムもご覧の通りの雪化粧です(本来は前日に視察する予定が、大雪でキャンセルとなった)。

雪化粧したヤンキースタジアム(筆者撮影)。

 実はこの直前、私はバンクーバーにいたのですが、前回のコラムでもレポートしたように現地は雪もなく春のような暖かさ。それがニューヨークに戻ってきて一転して一晩で車が埋まるほど大雪が降り、日中も氷点下に近い寒さに見舞われたのでした。きっと対戦相手のグリズリーズの呪いにかかってしまったのかもしれません(グリズリーズは2001年までバンクーバーにフランチャイズを置いていたが、財政難を理由にバンクーバーを捨ててメンフィスに移転した)。

 しかし、アリーナに入ってみて驚きました。天候不順によるアクセスの不調にもかかわらず、ほぼ満員の2万人弱の観客が詰め掛けていたのです。観客席に目を向けると、その中でも一際盛り上がっている一角があるのが分かりました。

 「あそこは何なんだろう?」

 目を凝らしてみてみると、「ツイープ・ゾーン」(Tweep Zone)という垂れ幕が掲げられているのが分かります。どうも、今流行りのツイッターを利用した席のようです。試合中、「ニューヨーク・ニックス ツイートアップ2010」(NY Knicks Tweetup 2010)のロゴとともに、その一角がセンターコンソール“ガーデン・ビジョン”に大映しになりました。

 実はこれ、ツイッター・ユーザーを取り込むための特別企画で、米国スポーツ界でも前例のないプロモーションの一部だったのです。まさかニックスのような“殿様チーム”が米国スポーツ界で先陣を切るようなプロモーションをやるなんて思いもよりませんでした。

人気チームが仕掛けた前代未聞のプロモーション

 ご存知の方も多いかと思いますが、ニューヨーク・ニッカーボッカーズ(通称“ニックス”)は、ニューヨーク州ニューヨークに本拠地を置くNBAチームです。「ニッカーボッカー」とは、オランダ移民がはいていたズボンの一種なのですが、ニューヨークがオランダ移民により開拓された街であることから、そのように名付けられました。

 ニックスのホームアリーナは、モハメド・アリとジョー・フレイジャーの“世紀の一戦”が開催され、マリリン・モンローがジョン・F・ケネディー大統領に「ハッピー・バースデー」を歌った場所などとしても有名なマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)です。アメリカ人はMSGのことを「ザ・ガーデン」(誰もが知っている“あの”ガーデン)と呼びます。

 ニックスは、NBAが設立された1946年から存続するオリジナルチームであり、リーグ設立以来フランチャイズ都市を変えたことのない2チームのうちの1つです(もう1つはボストン・セルティクス)。世界的な都市であるマンハッタンのど真ん中に本拠地を構えていることもあり、常に注目度は高くトップクラスの人気を誇っていました。

 ニックスは、米メジャーリーグ(MLB)で言えばヤンキースやレッドソックスのように、常にそのリーグでトップクラスの人気を誇っているようなチームです。しかし、こうした人気チームは得てして業界の先例を作るような積極果敢なマーケティング活動は行わない傾向が強いものです。なぜなら、マーケティング活動に力を入れなくても観客が集まるので、その必要がないからです。

 だからこそ、前述のようなスポーツ業界初の試みになるようなプロモーションをニックスが行ったことに私は少し驚きを感じたわけです。もっとも、ニックスも2003~04年シーズン以降はプレーオフ進出からも遠ざかるなど近年は成績が低迷し、その人気にも陰りが見え始めていたからかもしれません。ニックスのような人気チームでも、危機感を募らせていることの現れかもしれません。

オピニオン・リーダーを取り込み、口コミを戦略的に誘発

 話をツイッターのプロモーションに戻しましょう。

 冒頭でお伝えした「ツイープ・ゾーン」は、特別に企画されたプロモーションチケットで、3階席のシートが様々な特典とパッケージにされて40ドル(約3600円)で販売されたものです(発売後、即完売したそうです)。

 この“ツイートアップ・チケット”には、米国スポーツ業界初の試みとして、試合前に開催されるソーシャルメディア界の大御所らによるパネルディスカッションに参加できる権利が付与されていました。登壇者は、ツイッターの共同創業者ジャック・ドーシー氏をはじめ、スポーツマーケティング会社やソーシャルメディアマーケティング会社幹部、ニックスの幹部、アルファブロガーなどで、ソーシャルメディアの可能性やスポーツビジネス界への応用などについて議論を行うというものです。このパネルディスカッションは動画共有サービスUStream(ユーストリーム)を通じてライブネット中継され、参加者からだけでなくネットユーザーからもリアルタイムで質問を受け付けるという極めて双方向性の高いイベントとして実施されることになりました。

 こうしたイベント特性からもお分かりの通り、ニックスはファンの中でもとりわけソーシャルメディアへの感度の高い層を戦略的に取り込むために、彼らが満足するようなパッケージチケットをカスタムメイドしたというわけです。こうしてソーシャルメディアにおけるスポーツビジネスのオピニオン・リーダーを集めて口コミを誘発する仕掛けを作り出していくわけです。

 そして、ニックスの目論見どおり口コミ効果は試合開始前から現れたようです。例えば、バスケットボール専門誌「ダイム・マガジン」(Dime Magazine)は、早くから記者をこのイベントに送り込むことを表明しており、パネルディスカッションの様子をリアルタイムでツイートすると告知していました。また、これに合わせてニックスとグリズリーズの選手が持っているツイッターのアカウントリスト一覧を作成したため、ニックスにとっては広報活動を肩代わりしてもらう格好になりました。

 また、何を隠そう私が書いているこの記事の写真の一部も、ニューヨーク在住の弁護士でスポーツファンのアマンダ・ライコフさんのブログ「The OCD Chick」からお借りしたものです。彼女は、ESPNのポッドキャスト番組の司会を務めるほどの熱狂的なスポーツファンで、今回のツイートアップ・イベントにも参加していました(僕は彼女との面識はないのですが、メールを通じて写真の転載依頼を行ったところ、快く応じてくれました)。

メディア消費者を観戦者に転化せよ

 この“ツイートアップ・チケット”に含まれている特典はパネルディスカッションだけではありません。チケット購入者は、特別にコートに降りてニックスとグリズリーズの試合前のウォームアップを見学することができることになっています。試合が始まれば、前述した特設の「ツイープ・ゾーン」から試合を観戦し、試合後にはニックスの選手と会って話ができるという“至れり尽くせり”ぶりです。

 また、試合中は「スクリーンにツイートしよう」(Tweep2Screen)というプロモーションが同時進行して実施されており、試合観戦を行っているファンからもツイッターを通じてリアルタイムでメッセージを募集し、ガーデン・ビジョンに表示するという試みを行っていました。


ガーデン・ビジョンに表示された「スクリーンにツイートしよう」のメッセージ(筆者撮影)。

 ちなみに、当日表示されたコメントには次のようなものがあったようです。

 「ハイチ支援を行ったNYPD(ニューヨーク市警)を称えるセレモニーは素晴らしかった」
 「子供ダンクコンテストで、司会者が“子供にブーイングしないように”と言っていた」
 「グリズリーズのユニフォームがバンクーバー時代のものと違うのは、ブロードウェーの仕業か?」

 「おっと、私のツイートがMSGのジャンボトロンで今ちょうど紹介されました」

 こうしたコメントは、ニックスがツイッターに開設している公式ページにもアップされており、ここでは試合観戦中のファンとテレビ視聴中のファンのコメントがリアルタイムに交錯しています。ニックスのツイッターには約1万7000名のフォロワーが登録されているので、これだけでも一大コミュニティーが形成されているわけです。臨場感あふれるコメントを目にしたニックスのフォロワーの中には、「何だか面白そうだな」「今度試しに3階席から観戦してみようか」などと思うファンも少なからずいることでしょう。こうした仕掛けを通じて、メディア消費者層(テレビやネットなどを中心にスポーツを消費する層)をより効率的に観戦者に転化することができるようになるわけです。

 スポーツの価値は「時間」(=結果不確実性)と「空間」(=臨場感)を共有することで最大化されると言われます。つまり、「その時」に「その場」に居合わせる(試合会場に足を運ぶ)ことが最もスポーツを楽しむことができる観戦方法だというわけです。「空間」を共有できないファンは、テレビやネットによる試合中継を見ることで、何とか「時間」だけは共有しようと試みているのです。

 しかし、ツイッターをはじめとするソーシャルメディアは、ファンによる「空間」の共有方法に、その場に居合わさなくても臨場感の一部を共有することができるという新たな選択肢を提示することになりました。既存メディアとの棲み分けをどうするか、テレビ放映権との兼ね合いをどう整理するかなど課題もありますが、スポーツビジネス界におけるソーシャルメディアの新たな可能性に注目していきたいと思います。

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