1. コラム

センバツの“誤審”が注目された日本と「リプレー」制度を広める欧米スポーツ

このコラムは日経ビジネスオンライン「鈴木友也の米国スポーツビジネス最前線」にて掲載されたものです

 ご記憶の方も少なくないかと思いますが、4月1日に行われた第84回選抜高校野球大会の準々決勝、横浜高校対関東第一高校の試合で、誤審騒動がありました。

 0対2の2点ビハインドで迎えた5回裏、1点を返して1点差に詰め寄った横浜が、さらに1死1、3塁で同点スクイズを敢行。3塁走者はホームに生還し、試合を振り出しに戻したかに見えました。しかし、3塁走者が本塁を踏まなかったという関東一側の主張が認められてアウトとなり、同点なおも追加点のチャンスのはずが、一転して3アウトチェンジになってしまったのです。

 横浜高校の渡辺元智監督は、その判定を不服として審判委員に抗議しました。しかし、大会規則は「審判委員に対して規則適用上の疑義を申し出る場合は、主将、伝令または当該選手に限る」と定めているため、判定が覆らないばかりか、同監督は高校野球連盟から口頭注意を受ける事態になりました。結局、この同点機を逃した横浜は4対2で敗れてしまいます。

 しかし、スポーツ紙などに三塁走者のかかとがホームベースを踏んでいるように見える写真が掲載されたため、物議を醸す結果となります。現在の高野連の規則では、ルールの適用に誤りがあった場合を除き、審判の判定は最終とされ、一旦下された判定が覆ることはありません。

 アウトとセーフすれすれの際どいプレーは野球の醍醐味の1つです。野球に限らず、スポーツのレベルが高くなり、その戦術が高度化するに従い、クロスプレーが起こる確率は高くなります。審判も人間ですから、誤審は一定確率で必ず起こります。

 米国スポーツ界は、「人間の目には限界がある」「誤審は起こるものだ」という前提に立ち、インスタント・リプレー制度(ビデオ判定)を部分的に活用して判定精度を上げる方向に舵を切りつつあります。しかし、「誤審もスポーツの一部であり、そうした喜怒哀楽の積み重ねそのものがスポーツの醍醐味である」という意見も根強く、議論を重ねながら、スポーツそのものの本質を変えない範囲での適用が進められています。

 今回のコラムでは、各スポーツ組織によるリプレー制度活用の取り組みを整理し、その適用範囲や活用目的の違いなどを見てみることにします。

“世紀の大誤審”で選手に謝罪したベテラン審判

 この誤審騒動の一報を知り、私が思い出したシーンがあります。今から約2年前の2010年6月2日の米メジャーリーグ(MLB)、デトロイト・タイガース対クリーブランド・インディアンズ戦です。

 当日、タイガースのアルマンド・ガララーガ投手が9回2死まで完全試合を続けていました。しかし、神様のいたずらか、最後になるはずだった打者のセカンドゴロが誤審でセーフになってしまったのです。タイガースのリーランド監督の執拗な抗議でも判定は覆らず、大記録達成は夢に終わってしまいました。

 しかし、試合後ビデオで誤審を確認した1塁塁審のジム・ジョイス氏は、シャワーも浴びずに5月16日にメジャーに昇格したばかりの28歳の投手の元に謝罪しに向かったそうです。「完全試合を台無しにしてしまった。審判人生で最も大きな判定だった」と悔やんだそうです。これに対して、完全試合を逃したガララーガ投手は「誰も完全ではない」(Nobody’s perfect)と答え、その謝罪に応じたそうです。

 世界中を敵に回す中、過ちを確認すると、シャワーも浴びずに謝罪に向かう。過ちは誰もが犯すことですが、過ちを認めることは誰にもできることではないでしょう。ジョイス氏は審判歴20年超で、ワールドシリーズでも審判を務めたことがある大ベテランでした。ジョイス塁審は“世紀の大誤審”を犯した審判として今後も記憶されるでしょうが、彼の潔さも、併せて語り継がれることになるでしょう。

判定精度の向上だけが目的ではない

 MLBは判定に疑義がある場合、審判がビデオ映像を利用してその判定を再確認する「インスタント・リプレー制度」を2008年から導入していました。当初、その対象となるのは本塁打判定に限られ、打球がフェンスのどの部分に当たったのか、観客による妨害があったのか、ポールのどちら側を通過したのかなどの確認に限定されていました。

 しかし、先の“世紀の大誤審”を契機に、MLBもリプレー制度の対象となるプレーを拡大する方向で検討が進められてきました。そして、昨年更新された労使協定により、その適用範囲が「フェアかファウルか」と「直接捕球したかワンバウンドしたか」の判定にも拡大されることで合意されました。ちなみに、日本のプロ野球でも2010年から本塁打の判定に限りビデオ判定が認められています。

 このようにリプレー制度の対象が拡大しているMLBですが、実は米国の4大メジャースポーツ(NFL、NBA、MLB、NHL)の中では、最後にリプレー制度が適用されました。

 インスタント・リプレー制度が最も広範に適用され、ファンからも市民権を得ているのが、米プロフットボールリーグ(NFL)です。NFLの同制度が進んでいる点の1つは、リプレー要求を行える権利(チャレンジ)がチーム側に認められている点です。NFLでは、審判の判定に異議を唱え、リプレー映像を利用したプレーの再確認を求める権利がヘッドコーチに与えられています。

 チャレンジできるのは、パスの成否やターンオーバー(攻撃権が相手に移る)など、試合の流れに重要なインパクトを与えるプレーに限定されていますが、1試合中2回のチャレンジを行う権利が与えられています(ただし、2回のチャレンジが共に成功した場合に限り、3回目のチャレンジが認められる)。

 ちなみに、昨年からすべての得点プレーについて、プレスボックスに常駐するリプレー・アシスタント(リプレー映像分析のために特別に訓練を受けた独立した審判員)がその必要を認めれば、リプレー映像を用いて判定が再確認されることになりました。

 NFLのリプレー制度で面白いのは、判定が覆らなかった(チャレンジに失敗した)場合、前後半それぞれ3回ずつ与えられているタイムアウトの権利を1つ失うことになる点です。つまり、チャレンジはタイムアウト喪失というリスクを賭けて行うもので、その都度ヘッドコーチにはリスクとリターンの評価能力が求められることになるというわけです(そのため、タイムアウトを使い切った状態でチャレンジを行うことはできない)。

 アメリカンフットボールでは、タイムマネジメントが勝敗を分ける大きな要素になります。60分という試合時間をいかに有効に活用できるかが、得点機会の創出に大きく影響するため、時計を止めることができるタイムアウトを失うことは、大きな不利益になります。NFLは、リプレー制度に「リスクとリターン」の概念を導入することで、その戦術性を高めるツールとしても活用しているのです。

リプレー制度採用は国際的な趨勢

 インスタント・リプレー採用・拡大の動きは、MLBやNFLに留まりません。

 米プロバスケットボール協会(NBA)は、2002年より同制度を採用しています。当初は、ブザー・ビーター(各クォーターや試合終了と当時に放たれたシュート)の判定を目的として導入されたものでしたが、その後、適用範囲がファウルを犯した選手の特定やゲームクロックやショットクロックの修正、シュートが3ポイントか否かの判定、アウト・オブ・バウンズ判定などに順次拡大されていきました。

 こうした流れは、米国のプロスポーツに限りません。国際テニス連盟は2006年より「ホーク・アイ」(鷹の目)と呼ばれる映像解析システムを導入しており、ライン際の微妙な判定についてビデオ映像を用いた再確認の権利を1セットにつき3回まで選手に認めています。この制度は、既に全米オープンやウィンブルドンなどでも活用されているため、見覚えのある方も多いと思います(CG映像によりボールの軌跡が再生されるあれです)。

 従来までテクノロジーの介在に消極的な立場を取っていた国際サッカー連盟(FIFA)も、2010年に南アフリカで開催されたワールドカップにて試合の勝敗に影響を与える誤審が相次いだため、ビデオ判定の導入を視野に入れた技術検証を続けています。FIFAは、100%の正確性や、プレー後1秒で審判が映像を確認できることなどを基準として掲げ、ゴール判定を行う映像技術(ゴールライン・テクノロジー)の採用を早ければ今年の7月にも決定する予定です。

 もはや、最新の映像技術を用いて審判の判定を補足するシステム構築は、国際的な趨勢と言えるでしょう。

リプレー制度の活用に見られる組織の見識

 こうしたインスタント・リプレー制度は、プロスポーツが主導的な立場を取って行われています。チームの勝敗や個人記録に選手の生活が懸かっているプロスポーツで、その判定の正確性が求められるのは当然の帰結かもしれません。エンターテイメント的要素の強いプロでは、NFLや国際テニス連盟のように、リプレー制度を競技の戦略性やショーとしての要素を高めるツールとして活用する動きも合理的と言えます。

 しかし、同制度採用の動きはプロスポーツだけに見られるものでもありません。例えば、米大学体育協会(NCAA)は、2006年からフットボールへのインスタント・リプレー制度導入を開始していますし、今年からカレッジ・ワールドシリーズ(大学野球のナンバーワン決定戦)にて試験的に同制度が導入されることになりました。当面は、MLBの導入時と同様にホームランの判定に限り用いられるようです。

 そして、意外にも、米球界で最も広範にインスタント・リプレーが認められているのは、リトルリーグです。リトルリーグについては、「視聴率至上主義ではいられない!~“もう1つのワールドシリーズ”に見るESPNの使命感」でも解説しましたが、青少年の健全育成という理念の下、「安全に」「楽しく」プレーするという創設者の思いから、「全員参加」や「投球制限」など独特のルールが定められています。

 リトルリーグは、2008年からリトルリーグの世界王者を決める「リトルリーグ・ワールドシリーズ」にリプレー制度を採用していました。当初は、本塁打の判定など、ボールデッドになる(プレーの帰結として試合が停止される)プレーのみを対象としていましたが、2010年よりその適用範囲が「ストライク判定以外の全てのプレー」に大幅に拡大されることになりました。各チームの監督には、試合中審判の判定に対して疑義がある場合、インスタント・リプレーを利用して判定の再確認を求めることができるようになりました(リプレー要求は、監督が2回チャレンジを失敗するまで可能)。

 リトルリーグ関係者は、この広範なルール改正の理由について、ロサンゼルス・タイムズの取材に対して「物事を正しく行い、その結果試合の質を向上させるため」と答えています。リトルリーグは、12歳までの小学生が参加する野球リーグですが、この年頃の少年少女に「物事を正しく行う」ことを教える教育的役割はとても重要です。

 リトルリーグは、「ルールに則り、事実を正しく見極める」ことが「物事を正しく行う」ことだというメッセージを、このインスタント・リプレー制度の活用を通して子供たちに伝えようとしているのではないでしょうか。事実を見極めず、権威に盲目的に従う思考停止が未曾有の大災害をもたらした悲劇は、私たちが身をもって体験したはずです。

 インスタント・リプレー制度は、単なるツールに過ぎません。それを、判定精度向上に使うのも、競技の戦略性やショーマンシップ向上に用いるのも、青少年に人間として大切にすべき価値観を伝える教材として使うのも、それぞれのスポーツ組織の見識次第なのです。

コラムの最近記事

  1. ZOZO球団構想を球界改革の機会に

  2. 東京五輪を“レガシー詐欺”にしないために

  3. 米最高裁がスポーツ賭博を解禁

  4. 運動施設の命名権、米国より収益性が低い訳は?

  5. 米国で急拡大、ユーススポーツビジネスの不安

関連記事

PAGE TOP